【掲示板2・天川の一葉】『自販機~ありふれたテーマの域を超越する』

 自動販売機というテーマ、自分でも気に入っておりました。様々な作者さまが、それぞれの視点で自販機を見つめ通りすぎて行く。


 自分で描くならどんな物語に仕立てるだろうか?


 自販機というのは、いつもそこで待っていてくれて、ひとときの温もりと安らぎを提供して、その人をそっと見送る……。


 敢えて彼と呼ばせてもらいますが、彼らはいつも見送る側の立場であるような気がします。見返りを求めず労いも受けとらず、雨の日も風の日も変わらずそこに立っている……。


 この物語の自販機も、最後はその役目を終え錆びて動かなくなり、それでもそこに変わらず立っていました。


 主人公が最後に投入したプルタブの輪は、彼への手向けか憐憫か、或いは思い出との惜別か──。

 その思い出の残滓を共有するように、自販機は寂しさを受け止めてくれた。たとえ、もう動くことは無くても……


 『夢中、夢中よ、トロピカル~ン♪』


 残念ながら私はこのCMを知りませんでした。年代は恐らく適合していると思うのですが、作中にもある通りこれはローカルだったのかもしれません。私の住んでいる地方では販売されていなかったと思います。

 作品を読みながらメロディを想像したりもしましたが、曲を検索し実際に聞いてみて……まさかここまで南国的で明るい曲だとは思いませんでした。


 この作中の雰囲気は、曲とは全く似つかわしくなくどこまでも、もの寂しさと切なさが漂っているのです。しかし、読み返してみるとそのギャップがいっそう胸を締め付けました。


 年上の女性……

 男の子にとって、この憧憬と懸隔はいつの時代も普遍的で、ある種の麻薬的な甘い痛さとなって心を支配します。常に前を歩き、優しさをくれるのに受け取ってはくれない、手が届くのに触れられない──


 付かず離れず、いつもと変わらない日常。でも、この安らぎはやがて終わりが来ることを知っている。

 ほんの一瞬、繋いだ手の温もりで、二人は想いを通わせあった。

 そして、お互い気づいているからこそ、言葉で確かめ合うようなことはしない。


 何処までも美しく儚く、そして哀切に満ちている。


 移り行く季節と時間に、想いと現実が交錯し、いつしかそれは過去の記憶となっていく。そして彼は思い出の道を、今は一人で歩いている……。


 狂おしいほどに切ないのに涙を流すことができない、そんな胸の痛みを深く深く刻み付けた、罪な作品、そして至高の名作だと思います。


 今回の企画の中で、文句無く断トツの印象を残した作品でした。

 前回までの企画で何度も悔しい思いをしたことが、ご提供いただいた過去の作品の中からも感じられました。そんな思いから目を背けずに真摯に創作に向き合い、遂に情熱と意思が結実、結晶化したかのような作品に思えます。


 僭越ながら、当作品は敢えて自販機企画とは別立てで【天川の一葉】として、ここにご紹介したいと願った次第であります。


 素晴らしい作品でした、ありがとうございます✨



【天川の一葉】

○ 自動販売機まで歩く。  /  ぬりや是々

https://kakuyomu.jp/works/16818093082044076448



自主企画

【自動販売機】往き交い、すれ違う場所

https://kakuyomu.jp/user_events/16818093082042184846


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