【天川賞受賞式】(第2回 短編で魅せる・読ませる)前半


 それでは、発表に入りたいと思います。



 今、改めて候補作品と印象深い作品とを読み返し、作者様に伝え忘れたことがないかを今一度黙考し、発表の場に立つこの気持ちは…………


 一つの作品の中の、ある男と重なる思いが致します。




 最初に紹介する作品はこちら




【天川への宿題】


 ◯ 死刑囚が残した最後の叫び。『それでも私は』そして『万物流転』

               /  榊琉那@屋根の上の猫部 さま

 https://kakuyomu.jp/works/16817330668219590500




 心に残る作品……それは間違いない。

 しかしそれ以上に、彼が最期に書き付けた文章からの、言葉そのものではなく魂からこぼれた波紋のようなものが、今私を支配しているような気がいたします。


 ────殺人犯に心を寄せるなど、どうかしている。


 当然、彼の犯した罪は許されざるものなのですが、それが為に彼の言葉は意味を持たないのか、というと……そうともいい切れないのではないか、と。

 むしろ、既に死を味方につけたとさえ云える彼はこの世の何者をも畏れずに真実を語ることが出来たのではないか────。



 実際には、彼の綴った最期の文章の羅列はロックな歌詞のシャウトのようでもあり、ややもすると外連味けれんみさえ感じてしまうほどです。これだけだったら響かない人もいたことでしょう。


 しかし、この作品は小説なのです────。


 彼の言葉を汲んだ神の声とも云うべき添えられた文章が彼の真意を余すこと無く代弁してくれた事で、この物語のとなり読み手に訴えてきます。むしろ、彼の文が乱暴で一方的であるほど……その裏に秘められた魂の慟哭が耳に突き刺さるようでもありました。






 【以下の文にて物語の核心が語られますので、未読の方はご注意ください】







 ────もしあの教誨師のような人徳のある人が周りにいたなら




 彼の最後に流した涙は、そんな出会いに恵まれなかった縁の無さを嘆いてのものだったのかと思うと………ひとの運命とは何なのだろうか、という根源的な疑問をも飛び越えて……命の儚さをただ見送る以外に選択肢を持たない一傍観者である読者としての我が身が、恨めしくさえありました。


 人は生まれ落ちたときから既に平等ではありません。

 一方で、すべての人に平等に与えられているものもあります。

 それが、一生と一死です。


 その平等の中に、『人の縁』というものが含まれていないということを嘆き、訴えずにはいられません。彼の遺した一粒の麦が、どのような芽を吹くのか……。せめて読者の心には、届いたと信じたいです。



 当初、本作品は【天川の翼賞】として挙げようかと検討していたのですが、これまでの翼賞作品の内包するテーマとはどれとも似ていない、という作品でもあり……。また作中のテーマを取り上げるにあたり……これが受け付けられない人もいるだろう、というのもまた事実です。(幾ら語ろうと彼は殺人犯ですから)


 私は、罪を犯す前に教誨を受けられないものだろうか? ………などと、突拍子もない感想を作者様に残してしまったのですが……。

(教誨は罪を犯した者を教え諭すという意味であるため罪を犯す前だとそもそもではない)

 罪を犯す前の彼には、が果たして一度でもあったのだろうか、という部分には考慮するものがあっていいのではないかと思い……そして、この事は物語に触れた読者様にも考えてほしいと思う部分でもありました。

 我々が教誨を受けられないのなら、せめて彼のを活かさねば、命への冒涜であるとも思ったからです。


 よって、これは私の生きるうえでの【宿題】として、袂に仕舞って持ち帰らせていただこうと思うに至りました。もし、どなたかひとりでも一緒に考えていただける読者様がいらっしゃいましたら、この受賞作品に感想を寄せてください。




 次に紹介する作品……前述の一作と、こちらが……今回の私の選考を苦しめました。



【天川の翼賞】


 ◯ 特別になった男  /  松松 さま 

 https://kakuyomu.jp/works/16818093080422474946



 本作は目を通していただければ分かる通り、先の【宿題】として持ち帰った作品と同様に殺人犯を題材にした作品でした。


 偶然にも、同日に読むことになった、この二作品。


 この二つの作品を読み進めながら、奇妙な既視感と共感、そして死の気配と社会からの拒絶を肌で感じながらも、一方でこの二者からは明確に全く違う個性を受け取ることとなりました。

 私の場合、先に読んだのがこちらの『特別になった男』でした。

 双方とも物語の前半の部分で既に、受賞作品の列に並ぶことを予感させるほどの作品でした。


 こちらの作品では、前述のもう一作とは違い複数殺人犯でありながら死刑ではなく無期懲役となり、その後犯人は自殺を遂げる。そして……その犯人の書いた手記を読み進める、一人の編集者の視点で物語が進行していきます。






 【以下の文にて物語の核心が語られますので、未読の方はご注意ください】






 ……………


 この犯人の男は、世間では完全犯罪を成し遂げたとして、ある一部の層から天才と呼ばれ半ば神格化までされて語られている。そんな男が生前書き遺した手記が出版されるとあって、その書籍の発売日の書店はまるでアイドルの握手会のような有り様であった。

 そんな状況を苦々しく思いながらも、その新刊を手にする……物語の語り部。


 その手記の中で語られたのは『完全犯罪の神』という世間の印象とは真逆の、「平凡でつまらない男の泣き言のような独白」………。


 三ツ子の次男であった彼は、勉学に優秀な兄とスポーツに優秀な弟に挟まれた、どこまでも凡な男。その比較に常に晒され苛まれ、彼はそれを避けるためにどこまでも「没個性」な物ばかりを選び取るようになっていった。

 やがて、兄弟から距離を置きとしての生き方をようやく見出し始めた頃……彼は再び兄弟との比較、いやもっと残酷な……兄弟の付属物としての役割を求められた。


 ────彼のアイデンティティは、ここで終焉を迎えることとなる。


 彼は、自分を平凡足らしめた兄弟をその刃にかけた。皮肉なことに、彼はその行為によって世間からは「特別」な存在となってしまった。さらに皮肉が重なり、彼の遺したその文章から彼の非凡なる作家性が見出され……死して後、彼はなお「特別」になってしまったのだ。


 そんな彼が遺した、手記の題名が『人並みの』


 彼は手記の中で、自分の過ち、そして自分のようになってはいけないと、その踏み外した人生をつまびらかにした。彼の神としての皮は剥がれ落ち、一部の信者はその凋落を蔑み笑っていた────。


 物語の内容と、その顛末を見れば一人の犯罪者の意外な独白が明らかになるという、重い内容ながらも……ともすれば平凡にも思える終わり方。


 ────しかし、この物語には読者の他に、もう一人の観測者がいるのだ。


 その彼が、殺人犯の遺した最後の叫びを受け取り、自らの生き方を変えていくという……前述のもう一つの犯罪物語とはまた一味違った展望を伺わせて幕を閉じるという───似て非なる結末となる。読後感も、かなり違ったものとなるだろう。


 ……………


 奇しくも、近いテーマを扱った二作が同時に手元に舞い込んでくるという、ある種の奇跡と苦難が同時に私に課されることとなり………今回の選考を一層難しいものにしてくれました。

 当初、似たような内容テーマなのでどちらか一作を、と思っていたのですが………実際読んでみたところ全く違う物語と言って差し支えないほどに印象が違いました。


 一方が………人間に与えられた機会と云う不可侵の力による無力さと無情をテーマとし【宿題】として私に染み込んだのに対し………こちらの物語は、作中の人物が悩みながらも一つの答えを導き出してくれたため、【翼】として帰結するという、二作に対する私の解釈です。



 今の私には、これが精一杯でした────。

 どうか皆さん、この二作……ぜひ読み比べてみてください。そして、なるべく多くの感想を寄せてください。



 発表内容が思いのほか長くなりましたので、ここで一旦の休憩を挟みたいと思います。しばしの休息ののち、後半の発表とさせていただきます。




 ──── 消灯 ────




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