第3話 メリッサ・オフィキナリス

 数年前から、ハーブを育ててみたくて、いくつも苗や種を植えてみたが、ことごとく枯らしている。

 唯一、レモンバームだけは、いくつかの冬と夏を越え、いまだその子孫・同胞を増やす意志を衰えさせていない。


 少し前に、鉢を置いてある我が家の一階ベランダスペース外の、アスファルトの間から生えているのに気が付いた。


 アァ、あれはきっと、うちから種が飛んだものだなァ、取らなければならないなァ、と思いながらしばらく放置していたところ、先日、忽然と姿を消していた。

つい前日には、たしかに見た記憶があるのだが。


 監理会社の清掃が入ってむしられたのだろうか?

いや、玄関前はともかく、こちらはたぶん、清掃に入っていない。それ以外のゴミは、まったく片づけた様子がないのだから。

レモンバーム好きが抜いていった?しかし、そばにあるもっと状態の良い鉢のものは、そのままである。

 それとも暑さで枯れたか?これは一番ありそうだが、奇妙なことに、枯れたあとの残骸さえ見当たらない。


 これは、足が生えて勝手にどこかに歩いて行ったとでも考えるべきだろうか?


 中学校の教科書に、薬缶が夜な夜な台所を抜け出して空を飛んでいく詩があった。


 薬缶でさえ、空を飛ぶのだから、誰もが生命体として認識している植物に足が生えてどこかに歩いて行ってしまうなど、よほどありそうに思える。


 薬缶が空を飛ばないとも限らない。

 レモンバームが歩いて行かないとも限らない。


 人が見ていない隙に、何が起こっているともわからない。


 レモンバームがどこか居心地の良い新天地を見つけて、仲間を増やしていくところなど、想像してみる。



(2022作)

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