書庫の中から

 なんでだよ。なんでなんだよ。なんで、おれは牢の中に怪物と一緒に閉じ込められているんだよ。

 おれは罪を犯した。深く深く重い罪だ。二十年間ずっと書庫に閉じこもって本を読んでいたのだ。飲食物を家族に書庫の中へ運んでもらい、書庫のトイレを使って生活していた。風呂と掃除と着替えはなしだった。

 書庫の中には、古典原典集成、世界文学全集、奇書全集など、量を目指した収集録が並んでいて、一日中、おれは本を読んでいた。

 活字活字活字。ひたすら文字を読んでいた。好奇心を刺激する話に埋もれ、ひたすら気になる作家の本を読み漁り、読むのを止めることのできない中毒症状に陥っていた。本を読むこと以外にすることがあるなどとは考えたりはしなかった。ひたすら、誰かが書いた書物を読み漁った。

 死ぬまで読んでいられる書物があればそれだけでいい。おれはそう考えていた。幼い頃に見た書庫の外の光景。強い陽射しに茶色い庭、迷路のように混乱する建物の中。複雑な窓の内装。一度は書庫の外を見たことはおれの知性に大きな影響を与えていた。書庫の外は天国なのかもしれない。そんな期待を抱きながら、おれはずっと書庫で本を読んでいた。本の中には、天国かもしれない外の世界の物語が書き連ねてあり、いつか書庫の本をすべて読み終わったら、書庫の外へ出かけようと思いめぐらしていた。

 扉の向こう側が天国かもしれないのに、扉を開ける行動力を持たないおれは、するべき努力として、本を読みつづけた。扉を開けないことに正解があることを期待して、おれはひたすら本を読んだ。扉の向こうにある天国は、空想の世界だとおれは思った。本に書いてあることから推測するに、人は罪を避けて生きるべきなのに、殺人をしてしまい、戦争を起こす。男女の出会いがあり、たくさんのたくさんの物語がある。おれは本を読んだ。

 親戚の女たちが遊びに来て、書庫の中に入ってきた。おれは女たちと本を読んだ。おれは書庫に通じる廊下以外の建物の中を見なかった。女たちは意外に読書家で、おれのおすすめの本を喜んで読んだ。女たちは本を最後まで読み終えることはなかった。おれはそれでも本を読んだ。女たちが読みかけの本のつづきを読みに来るのを待った。

 女たちは時々、読みかけの本を読みに遊びに来て、時々、本を読み終えた。そんなことがあってから、五年以上がたった。おれは、書庫の外がどうなっているのか知らないので、書庫の外に人類が何人いるのか知らなかった。書庫の外を気にする暇がないほど、書庫の中にはまだたくさんの本があった。おれは本を読んだ。

 おれは、意欲的に読んでいた文庫本を読み終わると、ふと、そろそろ書庫にこもって二十年がたったことに思い至った。ずっと物心がついた時から本を読みつづけて生きてきた。本を読む以外に何も知らない。本を読むことが最も有意義な選択肢であるはずだった。本を読む以外には、扉の向こうが天国なのかを確かめることしか存在しない。そろそろ、一度確かめておこうか。おれは、書庫の本を読み終えることなく、外に天国があることを期待して書庫の扉を開けて向こう側へ歩き出した。

 書庫に通じる廊下を進むと、想像だにしなかった怪物がそこにはいた。おれは家族を探した。しかし、家族を一人見つけるより早く、警察がやって来ておれを逮捕した。書庫の外に天国はなかった。想像だにしない広大な街が存在するようだった。ここで本に書いてあったような物語が起こるのだろうか。

 おれは二十年間、書庫にこもって本を読んでいたことは犯罪であるといわれた。そして、牢に閉じ込められた。牢には、看守が食事を持ってきてくれる。牢の中で本を読むことは認められており、おれは看守に頼んで本を入れ替えて読みつづけた。しかし、困ったことに、牢の同部屋にあの怪物が一緒にいることになり、おれは怪物にどう接したらよいのかわからず困惑した。この怪物は、おそらく外なる神なのだろう。

 この怪物は、おれが書庫に二十年間いた時、同じ家の中に住んでいたのだろう。

「おい、怪物。きみはここから飛んで行って、鳴き声で助けを呼んでくることができるかい。おれは牢から出て、また書庫に帰りたいんだよ」

 すると、怪物は牢の窓から飛んで行って、遥か彼方、宇宙の外にまで助けを呼びに行った。おれを書庫に戻すために外なる神が一斉にやってくるのだ。そして、思う。二十年間、人類の本を読みつづけたおれはいったい何者なのかということだ。ひょっとして、おれは人類の言語文化を調査していた魔王なのではないか。おれの命令を聞いた外なる神が従うような位の高い魔王なのではないか。

 おれは人類ではない。外なる神の魔王だ。おそらく、家族や親戚とは血はつながっていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る