陰気な民

 岐阜県には隠された都がある。岐阜県のあるその都では、それが真実であるかどうかわからないが、遥か古代から伝承が残されている。その都には異形の植物が生えており、真面目な学者によると、それは人類と親近性のある植物ではないとされている。そして、異形の神々を祭った宴の儀式が伝えられており、その神々をただ陰気に祭っている。夏至になると、都民たちは一人一人が踊り始め、異形の神々を讃える祭りを始める。

 都民たちは、神々は交替するものだといって踊り、支配者は交替するものだといって踊る。都民は自分たちが祭っている神々が何なのか知っているのだろうか。都民にとって祭りは踊ることが目的になっていて、祭りで讃えられる神々が何なのかはどうでもよいのだろう。祭りの目的を忘れた都民はひたすら陰気に進化している。

 私はその都が正気なのかどうか疑いを抱く。私にとっては、この都が祭っている異形の神々は、地上が侵略された証拠、地上が敗北した証拠であるからだ。敵対者の神々を祭ってどうするというのか。異形の神々がどれほど危険なものなのか、都民たちは知っているのだろうか。

 しかし、都民たちは陰気に踊る。かつての勝者を讃えて踊る。都民たちは、踊りを捧げる神々の偉大さを少しも疑ってはいないかのようだ。

 この都の伝承を調べていると、神聖で清浄なるものではなく、邪悪で卑濁なるものを讃えるについては、世界有数の由緒を持つ場所だということがわかってきた。都民は、異形の神々の出自がどのようなものであれ、気にしてはいないようだ。しかし、それでよいのだろうか。

 この都は、かつて、人類が誕生する前に地上を征服していた旧支配者の棲み家だったのである。その頃から、動物たちは来訪した旧支配者を讃えて踊りを踊っていた。この土地に来た鳥たちが世界中に飛び立ち、旧支配者についての歌を伝えていた。そして、人類がこの都に辿りつくより先に、旧支配者はどこかへ立ち去ってしまった。それでも、動物たちの祭りは続いた。やがて、その後でこの土地にたどり着いた人類も、陰気に踊りつづけた。旧支配者を讃える祭りは、この都で栄えに栄えた。

 人類が正気になり、理論的な思考を構築するようになり、やがて、この旧支配者が何ものなのかということがわかり始めたことにより、慎重な学者たちは旧支配者を祭ることに警告を発するようになった。しかし、学者たちの警告は、陰気な都民の踊りを止めることができず、旧支配者を祭る踊りはつづいていった。

 都民は踊りに踊る。旧支配者を讃えて踊りに踊る。

「かつて、別の神々を祭って踊っていた。その次はこの神々を祭って踊っていた。その次は、悪魔を祭って踊るようになった。その後は、また別の神々を祭って踊っていた。そして、また、この神々を祭って踊っている」

 つまり、何が何だかよくわからないのだ。

 この都には予言がある。いつか、旧支配者が地上に帰って来ると。

 私は、この都の踊りが恐ろしい。知っているのか。旧支配者が外宇宙からの侵略者であることを。異形の植物は、それがとても異質なことを物語っている。

 社会学者は、人類の誕生よりも普遍的な社会原理がこの祭りに象徴されているといっている。交替する神々に対する踊り。地上の動物は、正邪を問わず、ただひたすら強かったものに対して、陰気な踊りを捧げるのだろうか。いや、動物たちはそうではない。動物たちの踊りは自分たちの勝利のためにある。しかし、この都の踊りは、勝者など関係なく楽しくなれるまで進化した感情で作られた踊りなのだ。この都の動物は、勝者に関係なく踊る。この都の民も、勝者に関係なく踊る。相同進化だ。

 誰が勝とうが踊る。どんどん踊る。踊りは加速する。それでよいのだろう。

 いいや、わからない。しかし、この都の踊りに意味なんてない。この土地に、外なる神が帰って来るのだ。

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