第023話 希望……

「それじゃあ、よろしく」

「ちょ……ちょっと待って……ください」


 街まで戻ってくると、ノラが満身創痍になっていた。


 いったい誰がこんなことを……私か。


 少しテンションが上がり過ぎたみたい。


「ごめん」


 私は謝罪とともにノラのローブから手を離す。


「い、いえ、お気になさらず。無事にデスペナなしで街に帰って来れましたから……ふぅ、それじゃあ、行きましょうか」

「うん」


 呼吸を整えた後、ノラが先導するように歩きだした。期待を胸に後をついていく。


「異邦人さん、おかえりなさい」

「ただいま」

「お疲れ様です」


 門番さんに挨拶して城門を通りぬけた。


「あっ」

「どうしました?」


 そこで、ふとボスから手に入れたアイテムのことを思い出した。


「寄り道してもいい?」

「勿論です」

「ありがと」


 デスペナルティでなくさないように倉庫に預けておく。


 その後、生産者ギルドに向かうと、ノラが受付嬢さんに声を掛けた。


「すみません、作業室を使用したいのですが」

「かしこまりました。現在空きがございますので――」


 話を聞く限り、問題なく使えそう。


「すみません、クエストの報告とお金を預けたいんですが……」

「かしこまりました」


 私もその間に別の受付嬢さんに話しかけてクエストの報告をし、受け取った報酬も含めて、全財産をギルドに預けておいた。


 もうこれで同じ失敗はしない。準備万端。いつ死んでも大丈夫。


「いきましょう」


 作業部屋を確保し終えたノラに促され、ギルドの奥へと向かう。


 この辺りは初めて見る。ノラの歩きに迷いがない。もう何度も足を運んでいるんだろうね。私もそのうち毒薬や毒料理を作りたいな。


 道なりに進んでいくと、沢山の扉がついた廊下が姿を現した。


「私たちの作業室はここですね」


 ノラは扉に掛かれた番号を確認しながら進み、お目当ての部屋の前で立ち止る。


 そして、扉を開けた。


「ふーんっ」


 室内は簡素で必要最低限の設備が揃っている程度。


 テーブルや釡、かまど、金床、作業台など、大きなものはある。でも、それ以外は全て自分で準備しなきゃいけないみたい。お金がかかりそう。


 私が部屋を観察している間、ノラはテーブルの上にアイテムを取り出して準備をしていく。


「それで、どんな装備をご所望ですか?」

「耐性を弱体化してくれる装備。無効にしてくれるならそれが一番いい」


 本当なら全ての耐性と称号を無効にしてくれる装備がほしい。でも、それは流石に私でも難しいことは分かる。


 実現可能な目標としては、どれか一つの耐性スキルを弱体化、もしくは無効化できれば、それでいい。


 そうすれば、少なくともその方法では死に続けることができるんだから。


「耐性ですか……耐性そのものを弱体化できるかは分かりませんが、装備した人を特定の攻撃に弱くすることはできます。今のレベルと材料で作れるのは毒に対して弱くなる装飾品でしょうか」


 少し面倒だけど、はじまりの森に行って試そう。デスグラスは毒耐性がレベル9でも耐えられない猛毒。あれならちょうどいい。


「じゃあ、それでお願い」

「分かりました。錬成」


 ノラはアイテムをテーブルの上の紙の上に置いた。紙は羊皮紙っぽくて、朱色のインクで魔法陣が描かれている。


 ノラが手をかざして一言呟くと、アイテムたちが光を放ちながら融合しはじめた。


 液状の金属みたいになって空中に浮かびあがり、ウニョウニョとうごめきだす。


「おおっ」


 初めて見る光景に思わず見入ってしまう。


 なんだかスライムみたいで面白い。


 ノラがその金属を両手で包み込むようにしながら手を動かすと、金属の動きに指向性が生まれ、どんどん装飾品の形が作られていく。


 最終的に出来上がったのはドクロがついた、いかつい指輪だった。


「ふぅ……えへへっ、可愛いですねぇ、ご主人様に可愛がってもらうのですよぉ、うへへへっ」


 ノラが羊皮紙の上にゆっくりと落ちてきた指輪に頬ずりしながら口元を歪ませる。


 普段の雰囲気とのギャップが凄い。もしかして私も……いや、やめよう。これ以上はいけない。


「できたの?」


 ノラは手で包み込むようにして指輪を差し出してきた。


「あ、はいっ、完成しました。毒ロの指輪ちゃんと言います!! 毒に弱くなります。とっても美少女になりました。可愛いですよねぇ……うふふふっ。特にこの――」

「凄い」


 ノラがふやけきった顔で何か言っているけど、何も聞こえない。


 私は初めての呪いの指輪に目を奪われる。


「ぜひ可愛がってあげてくださいね!!」


 手渡しは非常に危険。一歩間違えば、生産者ギルド殺人事件になってしまう。容疑者は私しかいない。犯人まっしぐら。


「大切にする。でも、手渡しはダメ。取引画面にして。私に触ったら死ぬ」

「え、あ、わ、分かりました」


 ノラが慌てながら取引画面を呼び出した。私は装備を受け取って指にはめる。


 おどろおどろしい音楽と共に通知がなった。


『あなたは呪われました』


 呪いの装備は外すことができない上に、デスペナにも引っかからない特性を持つ。


 ああっ、この装備は私の希望だ。すぐに試したい。


「ありがとう」

「いえいえ、お役に立てて良かったです。この程度でお礼になるとは思っていませんので、気軽に連絡してください」

「分かった」


 私はノラとフレンド登録をして別れた。


「あっ、ローブは毒の浄化をしてもらって、洗って。多分、首元辺りをうっかり触ったら死ぬから」

「ひょえっ!?」






 高鳴る気持ちに突き動かされてはじまりの森にやってきた私。


 デスグラスを探して、見つけた瞬間、すぐに飲み込んだ。


「あひぃっ!!」


 私は死んだ。

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