第020話 アイ キャン フライ!!

「うーん」


 ここに着くまでしっかりボスを探してきた。


 それなのに影も形も見つからない。


 おじいさんの墓のボスも大きかったし、ボスっていうくらいだから多分フィールドボスも大きいはず。見落とすとは考えにくい。


 ということは、もう攻略組が討伐しちゃったのかも……。


「はぁ……」


 急いできたのにがっかり。


 もっと早く気づいていれば、殺してもらえたかもしれないのに……。


 でも、倒されちゃったものは仕方ない。ボスは諦めよう。手が届かない死よりも、手が届く死。ボスと違って渓谷は逃げたりしない。とりあえず中に入って流水死をしよう。


 まず渓谷の入り口にあったポータルの女神像の開放と復活場所の登録を済ませた。


 これで簡単に渓谷まで来れるし、死んでもここで復活できる。


 ダイス渓谷は木々に覆われていて、どことなく日本の景色を思わせる。入り口付近は道がある程度整備されていた。道に沿って歩いていく。


 まだボスが討伐された知らせが届いていないのか、プレイヤーが全然いない。死ぬなら今がチャンスだ。


 ――サーッ


「この音は……」


 そして、程なくして待望の音色が耳に届く。私は音源を目指して走り出した。


 道を外れ、草木をかき分けた先にあったのは、美しい渓流。今では中々見ることができない日本の田舎の原風景みたいだ。


 景観が美しく、底まで透き通る程水が綺麗。リアルなら観光地になっていてもおかしくない。


 深さも申し分なくて、まさに最高の流水死ポイント。


 もう……死んでもいいよね?


「あはははは――あ゛は゛は゛は゛は゛は゛は゛は゛は゛っ」


 私はすぐさま競泳選手も顔負けのフォームで川に飛び込んだ。


 久々に周りを気にせずキメた流水死は格別の味。


「あはははっ!!」


 川の水はキンキンに冷えている。


 焼けるような感覚と体の芯から冷えるような感覚がないまぜになり、泉での流水死とはまた違った快感がある。


 最っ高っ!!


 他人の目から解放された私は、死んで、死んで、死んだ。


『流水耐性を習得しました』


 気づけば、もう耐性を手に入れてしまった。


 それもこれも、称号とリアリティ設定最大による条件緩和のせい。もう本当に邪魔。何度も運営にメッセージを送っているのに、返事の一つもない。


 でも、私は屈しない。今日も運営に抗議のメッセージを送っておいた。


「あははははっ、もっと!!」


 流水に触れる時間が長くなるにつれ、凍える寒さを味わいながら、外側から体が焼かれていく、という稀有な体験を味わいながら死んでいく。


 ビクビクと体を震わせながら、何度も何度も川に飛び込んだ。


『流水耐性のレベルが上限に達しました。流水無効へと進化しました』


 そして、程なくして流水も無効へ。


「また一つ死ねなくなってしまった……」


 悲しい。


 気づいたら、辺りはすっかり夜の帳が下りていた。


 今度は転落死するため、道なりに渓谷を登る。夜目が効くので暗い道もなんのその。


「ブクブクブクッ」


 歩いているとモンスターが出現した。ダイス渓谷で初めての遭遇。


 そのモンスターは大きなカニさん。体長1メートルくらいある。渓流にいるせいか見た目はサワガニっぽい。サワークラブという名前なんだって。なんだか駄洒落みたい。


 カニさんは私にその大きな鋏を振り下ろす。


「よっと」


 私は当たらないように身を反らした。


 以前の私ならそんなことしない。だけど、今はそうも言っていられない。


 だって、私に触れただけでモンスターが死ぬ可能性があるし、物理攻撃は反射されてしまうかもしれないから。


 モンスターを倒せば、経験値が増えてしまう。だから、倒したくない。だったら、直接私に触れるような物理攻撃は回避一択だ。


 私は振り回される鋏を躱し続ける。


「ブクブクブクッ!!」


 嫌気がさしたのか、カニさんの攻撃パターンが変わった。


 口元から出ている泡が大きくなって私に襲い掛かる。

 

 おおっ、この攻撃なら回避する必要はないし、ダメージをうけられるかも。


 ――パチンッ


 そう思って期待していたら、泡が私に当たっただけで消えた。


「え?」


 なんでダメージがないの?


 物理攻撃の大半は無効になってしまったけど、それ以外はまだあまり耐性を習得していない。ダメージを受けないわけがないんだけど……。


「ブクブクッ!?」


 表情はないけど、その動きからカニさんも狼狽えているように見える。泡を連発して放ってきた。


 でも、その全てが私に当たっただけで弾けて消える。


 理由は分からないけど、どうやら泡攻撃で私を傷つけるのは不可能。カニさんは私を殺せないみたい。少し期待していたのに残念。


「ばいばい」

「ブクブクブクッ」


 仕方ないので、狼狽しているカニさんに別れを告げ、先を目指した。


 1、2分ほど走ると開けた場所に出る。そこには、あちこちで淡い緑色の光が立ち上るように舞う、幻想的な光景が広がっていた。


「綺麗……」


 それは今はもうほとんど見ることができなくなった、沢山の蛍みたい。


 とっても風情がある。


「あはははははっ!!」


 私は迷わず崖から飛び降りた。

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