第014話 冥様、怒りの咆哮
このおじいさんが大賢者グリムなんじゃないかな。
そこで私の体が動くようになった。
「後継者?」
『うむ。お主にはワシの遺産を受け継ぐ資格がある。どうだ、嬉しかろう?』
おじいさんはニヤニヤした笑みを浮かべ、私の周りをくるくると回る。
「いらないけど?」
大賢者なんて凄い人の遺産なんているわけない。絶対死ぬのの邪魔になる。
『うむ、そうだろうそうだろう――なぬ!?』
「だから、遺産なんていらない」
『バ、バカな!! この大賢者グリムの遺産じゃぞ!? 誰もがこぞって欲しがるものなんじゃぞ!? それをお主はいらぬと申すか!?』
おじいさんが目が飛び出しそうなくらい驚いた顔で私に顔を近づける。
そんなに驚くことかな?
「うん」
『はぁ~、お主は異邦人か?』
おじいさんはしょんぼりしてしまった。
悪いことしたかな。でも、いらないんだからしょうがない。
異邦人はプレイヤーのこと。NPCたちはプレイヤーをそう呼ぶらしい。
「そうだけど?」
『異邦人にとっては喉から手が出るほどに欲しい物なのじゃぞ?』
「どんな遺産なの?」
絶対受け取る気はないけど、とても言いたそうなのでちょっと聞いてみる。
『まず、おぬしに絶大な魔力を与える。そして、魔法の習得がとんでもなく早くなるぞ。それに敵が放った魔法の効果を半減――』
「いらない」
『は?』
「だから、要らないって言ってる」
もうお腹いっぱい。能力アップのオンパレード。そんな説明をいくらされても全然響かない。特に魔法を半減されるとかもってのほか。
能力が下がったり、死にやすくなる遺産なら喜んで受け取ったのに……がっかり。
『な、なぜじゃ、これほど有能な遺産はないはずじゃぞ?』
「私は死ぬこと以外に興味ない」
自分の力にとても自信があったのかな? でも、誰もが強力な力を必要としているわけじゃない。私は死ねればそれでいい。
『まさか誰もが私の研究の成果を望んだというのに、一切興味を持たぬとは……』
「用はこれで終わり? 私は行く」
もう体は自由に動くし、部屋を出て行っても大丈夫なはず。
ぼんやりしているおじいさんの幽霊を放置して私は出口に向かう。
『いや、待て』
呼び止められたので振り返った。
「何?」
『お主、名前はなんという?』
「メイ」
『そうか、メイ、お主を正式に儂の後継者として認め、遺産の所有権を譲渡する』
「だから、いらない――『条件が満たされました』」
私の声に被るように通知が鳴る。
『大賢者グリムの後継者の称号を獲得しました』
『シークレットクエスト:大賢者グリムの足跡が開始されました』
『大賢者の指輪が自動的に装着されました』
続けて称号を獲得して、私の指に勝手に指輪が嵌められた。
「はぁ!?」
なぜか私の意思とは無関係に後継者になってる。そんなの許せるはずない。
「何をしたの!!」
『かーっかっかっ!! 儂はお主が気に入った!! 是が非でも後継者になってもらう。異論は認めん』
怒って問い詰めるけど、おじいさんはどこ吹く風。飄々とした態度で空を漂う。
その顔を見ているとイライラする。
「と、とれない!?」
せめてもの抵抗に指輪を外そうしたけど、びくともしない。
指輪を鑑定すると、全ての情報を見ることはできなかった。でも、着脱不能の文字は読み取ることができた。
この指輪は自分では外せないらしい……いったいどういうこと!?
『無駄じゃ、無駄じゃ。もうお主が後継者なのじゃからな~』
混乱していると、おじいさんが空中で横になり、おちょくるような態度で話す。
多分おじいさんの力で外せないようになってるっぽい。
くぅっ、その顔が憎い!! NPCがプレイヤーの自由を奪うなんて反則もいいところでしょ!!
「外して」
私は手を差し出しておじいさんを睨みつける。
『いやじゃ、もう決めたんじゃもーん』
おじいさんは子供のような態度でプイッと顔を背けた。
キレそう。
「どうしても?」
『どうしても、じゃ。ワシの遺産をどう使おうとお前さん次第じゃ。それにワシの墓はここだけではない。ここは大賢者グリムの墓ファースト。他にもセカンドやサード以降もある。ここは儂の墓の中でも最弱。ただの始まりに過ぎない。探すがいい。そこにお主が探すものがあるかもしれぬぞ? それから儂の遺物が世界中に散らばっておる。もし、それらが悪さをしている時はお主が回収してくれ。それではな』
「待って」
大賢者はそれだけ言うと、成仏したのか、姿を煙のように消してしまった。
言いたい放題言ってくれちゃって……。
私はため息を吐いた後、思い切り息を吸い込む。
「はぁ…………うんえぇええええええええええええええええええいっ!!」
たまらず叫んでいた。
◆ ◆ ◆
突然、開発室に緊急警報が響き渡り、場が騒然となる。
「なんだ!? どうした!?」
『シークレットダンジョン:大賢者グリムの墓がクリアされました』
直後、ITOの管理システムからアナウンスが流れた。
「はぁ!?」
「なんだって!?」
「バカな!!」
「まだリリースして間もないんだぞ!?」
その報告によって、開発室は蜘蛛の子を散らしたような喧騒に包まれる。
「誰だ、誰が攻略したんだ!!」
場を納めるために山岸が声を張り上げた。
指示を聞いたメンバーの一人が端末を操作してプレイヤーについて調べ始める。
「分かりました!! メイというプレイヤーです!!」
「情報を出せ!!」
「は、はい!! こ、これは……」
「どうした、早くしろ!!」
「あ、わ、分かりました!!」
冥の情報を一目見たメンバーは一瞬困惑してしまった。しかし、山岸に急かされてすぐに空中にプレイヤー情報を映し出す。
「な、なんだこのプレイヤーは……」
山岸を始めとして、メイのステータスやログを見て言葉を失った。
なぜなら、そこには信じられない内容が含まれていたからだ。
「死亡回数2万7432回だと……ありえない」
開発メンバーとしても、流石にリリースして1週間も経たずに2万回以上死亡するプレイヤーは想定できなかった。
しかもリアリティ設定が最大。それは、一般的なプレイヤーが200万回死亡するのに相当する。
開発者たちが予想できないのは無理もない。
そしてそのデータは、彼女のステータスにある多くの耐性や称号が、正当に得たものであるという証拠でもあった。
「まさかたった数日でこれだけの隠し要素を発見されてしまうとは……」
山岸はどれだけ早くても見つかるのに数年はかかると思っていた。それがたった数日で発見されたのは、嬉しい反面、悲しくもある。
「どうしますか?」
「はぁ……どうしたもこうしたもない。彼女はまっとうにこの力を手に入れたんだ。これは彼女の正当な権利だ。このまま何もせずに続行するに決まっている」
「わ、分かりました」
山岸は暗になかったことにしようとするメンバーの一人を窘める。
きちんとした手順で手に入れたものを運営の都合で取り上げるなんてあってはならない。そんな横暴を許せば、いずれプレイヤーたちは離れていってしまうだろう。
「あぁっ、この子は!!」
開発者の一人がしばらく冥のステータスを見てハッとした。
「どうした?」
「この子ですよ、連日こんなふざけた称号を作るなとか、条件が簡単すぎるとか、難易度を調整したら称号を外してくれとか、クレーム入れてきてたの。内容がふざけていたんで無視していたんですけど、まさかこんな大事を引き起こすなんて……」
どこかで見た覚えがあると思っていたメンバーはようやく腑に落ちる。
「そんな人物があの隠しイベントを引き当てるとはな」
その話を聞いた山岸は、苦笑いを浮かべる他ない。
でも、だからこそ面白い。想定内のことばかりじゃつまらない。
「いかがしますか?」
今度は冥の要求にこたえるかどうかの質問。
「そのプレイヤーのバイタルに問題ないのか?」
「はい。ゲーム内で初めて死亡した際に強制ログアウトされた以外は正常です」
「なら問題ない。要求には応じない。メイ……か。覚えておこう」
運営が横暴をしてはいけないように、いちプレイヤーの要求をすぐに飲んだりもしない。まるで現実のような世界のゲームなら尚更だ。
山岸は冥のステータスが映るホログラムを見上げながら不敵に笑った。
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