第002話 かくして少女は死に憑りつかれる
「がはっ!?」
私は悪夢から醒めたように、勢いよく体を起こした。
初めての死の衝撃で現実に強制的にログアウトさせられたみたい。
つい先ほど感じた鮮烈な痛みがフラッシュバックする。仮想世界での出来事なのに、体が熱を持って呼吸が荒くなった。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
あれが……死?
一瞬だったけど、太陽の光によって体が焼かれ、雷に打たれたかのような痛みが全身を支配した。
それと同時に太陽に晒された部分から体が消失していく感覚。
あの喪失感には本能的な恐怖を感じた。
死の体験を思い出して体がガタガタと震え、思わず自分の体を抱きしめる。
実は、下級吸血鬼という種族は太陽の下では一切生きられないという設定。光に当たっただけで一瞬で灰になって死んでしまう。
しかも、月が出てる夜以外はステータスが減少してしまうという雑魚種族。その上、弱点も多い。
だから、パーティプレイや長時間プレイには向かないし、ピーキーすぎるため、使いたがるプレイヤーは少ないという。
太陽に焼かれて、体が消えていって意識を失う瞬間、本当に死んだとさえ思った……でも、私は今ちゃんと生きてる。
「あ……」
少しだけ所詮ゲームだと侮っていた部分もあった。でも、実際に死んでみて、それが間違いだったと思い知らされた。
あの鮮明な感覚はリアルそのもの。
「あは……」
やけどする痛みを何百倍も凝縮させたような濃密な痛みは、現実で味わうのさえ難しい。味わったとしたら、多分本当に死んでる。
確かにあの痛みは、一般人には耐えられないかもしれない。
精神に異常をきたす可能性があると何度も注意が入るのも分かる。
「あははは……」
でも、私はナニカが外れていた。
今、あの一瞬の強烈な痛みと同時に、それ以上の快感が体を襲っている。
私は今まで性的な興奮を覚えたことはない。でも、下腹部に感じる疼きは、それに一番近いのかもしれない。
「あははははははははっ!!」
あの痛みと喪失感を何度も味わえると思うと、もう笑いが止まらない。
ゲームの中では死んでも復活できることも実際に経験した。もう私を縛っていた鎖はない。これからは今までできなかった沢山の死を味わうことができる。
私は興奮さめやらぬまま再びITOにログインした。
そして、死んだ。
「あははっ」
死んだ。
「あはははっ」
死んだ。
「あははははっ」
死んだ。
「あはははははっ」
死んだ。
「あははははは――」
死んだ。
何度も何度もログインしては太陽に焼かれて死んだ。
その度に、太陽に身を焼かれる痛みと体が消失しながら意識が消えていく感覚を味わい、体の奥が熱くなるのを抑えきれない。
おそらく第三者には見せられないような気持ちの悪い顔になっている自信がある。
何度死んでもこの快感は忘れられそうにない。癖になりそう。
しばらく繰り返していると、突然太陽に焼かれなくなった。周りを見回すと、日が落ちている。
死ぬことに夢中になって時間が経っていることに全然気付かなかった。
ゲーム内では現実とは時間の流れが違う。今、ゲーム内は夜だけど、現実ではまだ夜になってない。
だから、まだまだゲームをプレイできる。
「森……」
夜になってようやく私は自分のスタート地点を把握した。
通常、こういうゲームは街からスタートすることが多いと聞く。でも、人外を選んだ私は、森の中の少し開けた空間に立っていた。
多分そういう設定なんだと思う。
「すぅー、はー」
改めて空気を大きく吸い込み、ゲームの世界を体全体で感じ取る。
涼やかな風が肌を撫で、木々の青臭い匂いが鼻腔をくすぐり、虫や獣の声が耳朶を打った。
そのクリアな感覚は現実と区別がつかない。んーん、下手をしたら、現実よりもハッキリとしているかも。
空は晴れ、月の光が差し込んでいる。
なんだか体の内側から抑えきれない力が湧いてくる。多分これが月夜に強くなるって特性が発揮されている状態なんだ。
現実では感じられない不思議な感覚に、準備体操のように体を動かしてみると、はるかに柔軟かつ自由自在に動かすことができた。
面白い。
よし、ゲームの世界はもう十分堪能した。ここからはまた死の時間だ。
森の中での死ぬにはどうすればいいのかな。第一候補はモンスターによる殺害。次に毒草や毒キノコによる毒死かな。
餓死……はやろうと思えばできないことはないだろうけど、時間がかかるのでひとまず保留。
まずはモンスターを探そうと思う。
「その前に――」
私はいそいそと初期装備を全て外した。
防御力があると死ににくくなるし、モンスターを倒すつもりも一切ないから攻撃力も不要。
私は白いTシャツと黒っぽいハーフパンツだけの姿になる。これは装備を全て脱いだ状態。
仕様上、基本的に他人の目に触れる可能性がある場所で下着姿にはなれない。性犯罪を防ぐためみたい。少しスースーするけど死ぬためなら背に腹は代えられない。
「ある~日、森の中、くまさんに、出会った」
気分が高揚している私は、普段絶対にしないのに歌を歌いながら森を歩く。
やっぱり森の中と言えば、この歌で間違いない。くまさんに出会えるかもしれないからね。
くまさん、くまさん、まっだかなぁ?
くまさんなら私を一撃で殺してくれそうだし、噛みつかれたり、食べられながら死んでいくおぞましい感覚を味わえるかもしれない。
考えるだけでゾクゾクする。
――ガサガサッ
「ん?」
願いが通じたのか、数分程歩いていると茂みが揺れ、何かが近づいてきていた。
ワクワクしながら待っていると、茂みから姿を現したのはくまさんではなく、真っ白なニワトリさんだった。
普通のニワトリさんと違い、凶悪な
ニワトリさんの上に文字が浮かんでいて『ワイルドクック』と書いてあった。それがニワトリさんの種族名みたい。
「コケェッ!!」
私を視界に入れたニワトリさんは、闘牛が走り出す前に地面を蹴るような仕草をしながら威嚇する。
さほど大きくないので威圧感とか全然感じない。多分嘴で突き刺してきたり、爪でひっかいてきたりするんだと思う。
正直がっかり。あれじゃあ太陽に焼かれた時のような鮮烈な死は迎えられそうにない。勿論、だからと言って死んでみないという選択肢はないけど。
私は無防備のまま迎え入れるように手を広げた。
「コケッ!!」
ニワトリさんは私に向かって凄い速さで突進。格闘技などの経験がないと咄嗟に動けないくらいのスピードだ。
でも、私は元から避けるつもりはない。
ニワトリさんは私の腹部に吸い込まれた。
「ギュッ!?」
「えっ?」
本来であれば、そのまま腹部に嘴が突き刺さるはずだった。でも、ニワトリさんの嘴は私のお腹に刺さることなく、逆に跳ね返されてしまった。
なんで嘴が刺さらなかったんだろう。
私は今の現象が理解できなくて呆然とする。
防御されたの癪だったのか、いきり立ったニワトリさんは体勢を立て直して再び突進してきた。
「コケェエエエッ!!」
今度こそ、と思ったけど、結果はさっきと同じ。ノーダメージ。
そこで思い出す、月の出ている夜は無類の強さを発揮する、という吸血鬼の特性を。
もしかしたら、ニワトリさんは弱すぎて、私の防御力を貫けないのかもしれない。
「そんなはずない」
私は嫌な仮説を払拭するためにその場に大の字になった。
これなら無防備そのもの。ニワトリさんの攻撃も通るかもしれない。
「コケェエエ!? コケコェエ!! ギュッ!?」
でも、私の淡い期待は脆くも崩れ去る。
ニワトリさんの攻撃をどれだけ受けても、私には傷一つつけられなかった。
さらに、近くに居たニワトリさんを何匹も集めてみたけど、ノーダメージ。
夜も簡単に死ぬことができると思っていた私は、絶望感に包まれた。
いや、こんなことで死ぬことをあきらめている場合じゃない。森の奥ならもっと強いモンスターがいるはず。
私は強いモンスターを求めて先へと進んだ。
「ゴブゥッ!!」
「ウォンッ!!」
「シャーッ!!」
「なんで……」
歩いていると、ゴブリンさんや、狼さん、それにキツネさんとか、いろんなモンスターが現れる。
でも、そのどれもが私にはダメージを与えられなかった。
月夜の下級吸血鬼は予想以上に強くなっているみたい。
私は少しだけ種族選択を後悔した。
そして、モンスターを求めて歩いている内に、ゲーム世界の夜が明ける。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
私は再び太陽に焼かれて死んだ。死んだ。死んだ。
――ピピピピピッ
気づけば、就寝時間を知らせるアラームが鳴り、ゲームからログアウト。
体を起こして窓を見ると、外はアラームが知らせたように真っ暗だった。
「うっ!?」
お尻のあたりに冷たい感触を感じる。
見てみると、部屋着の下腹部あたりとシーツにシミが広がっていた。どう見てもおねしょしてしまったように見える。
でも、今までゲーム内で死んだ時の感覚と下着に残る感触から、それは全然違うものだと分かっていた。
幸い両親は出張で留守。すぐに寝具や服の処理をしてお風呂に入り、証拠隠滅。
「おむつ買おうかな」
何も対策しないでゲームをプレイすると、今日の二の舞になる。
私は良い対処法が無いか調べている内に寝落ちした。
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