運営さん、ただ死にたいだけなのにシステムが全力で私の邪魔をしてくるんですが
ミポリオン
第001話 死に焦がれる少女は運命と出会う
荒野の真ん中で、男たちが恐怖を含んだ声で叫んだ。
「うわぁああああっ、裏ボスが来たぞぉおおおおっ!!」
「インモータルだ、すぐに陣形を整えろぉおおおおっ!!」
彼らが指し示した方角には一人の人影があり、その影はゆっくりと近づいてきている。
男たちの後方には、人間が一万人以上。彼らは人影を倒すために集められたメンバーだ。各々武装していて、物々しい雰囲気を醸し出していた。
もはや軍隊と言って差し支えない。
「合唱火炎魔法、用意!!」
その先頭に立つ煌びやかな鎧を纏った青年が声を張り上げる。
青年の指示に従い、後方でローブを身に纏う人間たちが杖を掲げた。
彼らが声を揃えて呪文を唱えると、杖の先に大きな炎の塊が生まれる。その炎が融合し、小さな太陽ともいえる真っ赤な球体となって、空中へと浮かび上がった。
「ってぇ!!」
男の号令と共に放たれた炎の塊は、砲弾のように人影目指して飛んでいく。
「やったか?」
吸い込まれるように人影に直撃……したかに見えたが、誰かがポツリと呟いた瞬間、事態が急変した。
炎の塊は爆発を起こすことなく、まるで逆再生するように軍隊に返ってくる。その上、サイズがどんどん大きくなっていった。
「おい、インモータルが魔法を反射するなんて聞いてねぇぞ!!」
「あいつ、また強くなりやがったのか!?」
「ゲームの運営は一体何を考えてやがる!!」
「チート過ぎんだろ!!」
「合成防御魔法展開!!」
その光景を見た人間たちが狼狽えるが、先頭に立っていた青年の号令によって半透明の壁が出現。炎の塊を阻んだ。
その様子を見て、集まっている人間たちはホッと安堵のため息をつく。
「おおっ、これなら大丈夫だ」
「焦って損したぜ」
「すぐに次の準備に移るぞ」
しかし、彼らの気持ちはすぐに裏切られてしまう。
――パリィイインッ
なぜなら、その壁が炎の塊を止めることなく、あっさりと壊れてしまったからだ。
炎は軍隊全てを包み込めるほどまで巨大化し、そのまま軍隊に直撃して大爆発。
――ドォオオオオオオオオンッ
全員を飲み込んで焼き尽くした。
『ぐわぁああああああああっ!!』
人間たちの断末魔が荒野に鳴り響く。
後に残されたのはたった一人の人影。
炎が消え、砂埃が晴れてその姿が白日の下に晒される。
正体は可憐な美少女。容姿だけ見れば、天使のようにさえ見える。しかし彼女は、その見た目とは裏腹に、たった今1万人以上の人間を虐殺した悪魔だ。
彼女は銀髪をたなびかせ、何もかも見透かすような赤い瞳で軍隊がいた場所を見つめる。
ため息を吐いた少女は、憂いを帯びた表情で天を見上げる。
「誰か私を殺して」
◆ ◆ ◆
「死んでみたい……」
私――
生物は誰しもいつかは死を迎える。
死ぬ間際、どういう気持ちで、どういう感覚で、どういう過程を経るのか。
動かなくなった生物を見つめながら、幼い私はよく考えていた。
本をいくら読んだところで、結局それは体験した人にしか分からない。
だから、できることなら死を体験してみたいとずっと思っていた。でも、死んだらもう二度と目を覚ますことはない。
私は死に強烈に惹かれながらも、実際に自分という個が消失してしまうという事実に怯え、一線を越えることなく今まで生きてきた。
そして、今はもう高校生になった。
「冥、また変なこと考えてるの?」
隣から私の顔を覗き込んできたのは、友達の
天真爛漫で明るいクラスの人気者。
「変なことって?」
「死にたいとかでしょ~?」
「悪いの?」
「どう考えても華の女子高生が考えることじゃないじゃん!!」
「どうせ普通の女子高生じゃないし」
しばしば私にお小言を言うけど、晴愛は死への興味で頭がいっぱいの私を見捨てることなくずっと仲良くしてくれる、よくできた友人だ。親友と言ってもいいと思う。
彼女とは家が隣同士で、幼稚園からの付き合い。今は同じ高校に通っていて、クラスも一緒。
ここまでくると、親友よりも腐れ縁と呼んだ方が良いかもしれない。
「不貞腐れないでよね。それよりもさ、土曜日どっかに出かけようよ!!」
「えぇ……」
休日は本を読んでのんびりと過ごしたいのに……インドア派だからあまり外に出たくないんだよね。
「そんなに考えたって結局体験しなきゃ分からないよ!! それよりも素晴らしい死を迎えるために今を精一杯生きようよ!!」
彼女の言うことも一理ある。
これまで死に関する本を沢山読んできたけど、実のところ、その結論にたどり着いてしまうのは間違いない。
考えすぎも良くないか。たまには気分転換してみるのも良いかもしれない。
「どこ行くの?」
「もうすぐ夏だし、夏物の服、見に行こ!!」
「5月だもんね」
最近は5月でも暑い。
夏服じゃないので、太陽のせいで額に汗が滲むのを感じる。
「全くもうっ!! 全然服に興味を持たないんだから。冥は見た目が良いんだからちゃんとオシャレしないと!!」
「はいはい」
まるでお母さんのような晴愛に少し辟易としつつ、他愛のない話をしながら学校からの帰り道を並んで歩いていく。
「ん? あれは……」
その途中、ビルのショーウィンドウで大々的に宣伝されている何かが目に入った。
物語のような幻想的な世界の中で、剣士や魔法使いの格好をした人間が動いている姿がホログラムで映し出されている。
死への興味が最優先の私でも、あれだけ大きく取り上げられていれば、興味も湧く。
「あ、あれって最近めちゃくちゃ話題になってるゲームだよね、面白そう!!」
晴愛はワクワクした様子で近くに駆け寄った。
「どんなゲーム?」
「えっとねぇ、現実と変わらないくらいリアルな仮想世界に意識ごと没入して、まるで異世界で実際に生きているかのようにRPGを楽しむことができるらしいよ!!」
詳しく聞くと、ゲームの名前はインフィニット・テイルズ・オンライン。通称ITO。
日本初のフルダイブ型のバーチャルリアリティオンラインゲームだという。
仮想現実の世界でも五感がしっかりと再現され、現実だと錯覚するほどにリアルに感じられるらしい。
ゲーム世界の住人たちは高性能なAIによって、本当に生きていると見間違うほどのクオリティを実現しているとのこと。
そんな世界の中で、武器や魔法を使ってモンスターを倒すのは当然として、鍛冶や裁縫や料理などの生産活動や、畑や田んぼを作って農業、そして牛や豚などを飼って畜産なんかもできる。
そして、制限はあるものの、見た目も変更できるし、スキルも無限のようにある。だから、唯一無二のキャラクターとして、別の人生を歩めると言っても過言じゃないという。
「もしかして……」
脳内でゲームの話が反芻されていると、ふと閃いた。
「何? どうしたの?」
「あの中なら死ねるかなって」
現実と変わらないというのであれば、可能性はあるはず。
「あぁ、どうなんだろ。でも、リアリティ設定を上げれば、現実に近づけられるらしいし、擬似体験できるかもね」
「……あのゲーム買う」
答えを聞いた瞬間、「これだ!!」と思った。
あのゲームを必ず手に入れてみせる!!
「えぇえええええっ!? あれ凄く高いんだよ? 服は?」
「そんなのいらない」
死を体験できるのなら、服なんて買ってる場合じゃない。ゲームを手に入れることが最優先事項に決まってる。
「でも、買えるかどうかは抽選らしいよ。今はまだ応募中だったと思うけど……」
「帰る」
「あ、冥、待ってよぉっ!!」
抽選に応募するため、全速力で家に走った。
「やった」
「落ちたぁあああああっ!!」
「どんまい」
「むきーっ!! その顔ムカつく!!」
時は過ぎ、私は奇跡的に抽選に受かった。
これもゲーム内で死を体験せよという神様の思し召しに違いない。
逆に晴愛は落選。こればかりは運だからどうしようもない。
そして、念願のITOが私の許に届いた。
晴愛には悪いけど、一足先にプレイしよう。我慢できそうにない。
一応抽選で落ちた人たちは、次回以降の追加募集で優遇されるシステムになっている。最初に応募していた人ほど抽選にどんどん受かりやすくなるらしい。
だから、そのうち晴愛も手に入れるはず。それまでは一人でやってみよう。
私は自室で準備を始める。
ゲームに合わせて購入したハードウェアはヘルメット型で、横になって被ることを前提に造られていた。
コンセントをつなぎ、ハードウェアを被った私は、ベッドに横になって初期設定を行う。
ハードウェアを起動すると、サポートAIの声が聞こえきた。
案内に従ってユーザーネームや体のスキャンなどの設定とゲームのインストールなどを済ませる。
これでやっとゲームを始めることができるんだ。
私はワクワクした気持ちで仮想世界にダイブする。
「ダイブ、スタート」
『仮想空間へとダイブを開始します。5、4、3、2、1。ダイブ』
サポートAIのカウントダウンが終わった瞬間、私は意識を消失。目を覚ますと、真っ暗な空間にレーザーで方眼紙のように線が描かれた空間に立っていた。
私は近未来的な雰囲気を漂わせるオペレーター風の女性に出迎えられる。その女性は、耳が尖っていて金髪碧眼。いわゆるエルフと呼ばれる種族の特徴を持っていた。
違和感もないほどに自然に見える。
「ようこそ、ITOにお越しくださいました。ナビゲーターのミミルと申します。はじめに名前を設定してください」
「はじめまして。メイでお願いします」
「かしこまりました」
ミミルに従い、ゲームの設定を進めていく。
「次に種族をお選びください」
「
「かしこまりました」
ITOでは多数の種族の中から好きな種族を選択できる。私は事前に調べていた中で既に種族を決めていた。
それは下級吸血鬼。
だって、月が出ている夜には無類の強さを発揮するんだけど、その反面致命的な弱点が多い、という説明を読んでいたから。
弱点が多いということはそれだけ多くの死を体験できるということ。それは私にとっては願ったり叶ったり。
キャラクターの見た目は、素の姿をベースに髪型や髪色などをいじる。銀髪に、吸血鬼特有の青白い肌と赤い瞳。これだけでも私だと分かる人はほぼいないと思う。
戦闘はあまりする気がないので、スキルは生産系を主に。装備は二の次。残りの設定は適当に決めておく。
そして一番大事なのは、痛みやグロなどの現実の再現度を最大値まで上げること。
ここがとても大変だった。
まず、最大値に設定することのメリットやデメリット、その危険性、精神や体に異常があった場合の対応などなど、事細かな説明を聞かされた。
それが長いのなんの。ゲームの中なのに寝そうになった。
その上その後で、免責事項や家族の同意などを含む百以上のポップアップウィンドウに対して『はい』を選択させられた。
一瞬、最大値に設定できないようになっている可能性も頭をよぎったけど、諦めなくて本当によかった。
『最大値に設定しました』
「手ごわかった……」
たぶん、万が一を考えての設計なのだと思う。
ゲームのプレイ中に精神異常を起こしてしまったり、死んでしまったりすれば、いかに自己責任と言っても開発会社に対する批判や訴訟は免れない。
でも、ここまで幾重にも確認を行えば、企業側も自分たちが止めたという証明ができるし、落ち度がない限りは批判もしにくいはず。
最大の難関を超えた私は、初期設定を終えた。これでようやくゲーム世界に旅立てる。
「それではメイ様、いってらっしゃいませ」
「ありがとうございます」
ミミルに見送られ、私はゲーム内へと転送された。
「あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
気づいたら、全身を焼けるような痛みが襲い、目の前が真っ白に。
『あなたは死亡しました』
そして私は死んだ、太陽の光に焼かれて。
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