32 街に来た



 というわけで、見た目、ただの紫髪紫目の女の子となったマナナをゼルに見せ、侍女に新しい服を用意してもらい、街に向かったのは夕方になった。

 このままマックスが泊まっている宿で一泊し、翌日、鍛冶屋に行くということになった。


「初めての外泊だな」


 なんとなくウキウキする。

 カシャも付いてきたそうにしていたが、ゼルに止められた。

 なんでだ?


「後、マナナは自分で歩けよ」

「う〜」

「よしよし、偉いっ!」

「うう〜」


 そんな感じでノッシノッシと歩くマックスに付いていき、俺たちはエルホルザの街に到着した。

 竜に荒らされた名残はまだ残っているが、街の雰囲気は悪くない。


「おや、旦那。今日は寄らないんですかい?」

「旦那、子連れですかい?」

「旦那、また遊びにきてね」

「旦那」

「旦那」


 デカくて目立つマックスが歩いているだけで、そこかしこから声がかかる。


「マックス、人気だな」

「ああ、まぁな」

「遊んでんだな」

「遊んではない」

「お祖母様に会う日が楽しみだ」

「おいやめろっ!」


 慌てるマックスを茶化しながら宿を目指す。

 マックスの奥さんである祖母と顔合わせしたのは、確か一度だけか。

 健在だが、あまり領の外には出てこないらしく、王都にも来ていないようだ。


 そういえばもう片方の祖母も生きているな。

 会ったことないけど。

 先代王が亡くなり、今のフランツへと継承が済んだ後に、故郷に戻ったんだったか?

 このまま会うことはないのかもしれないない。

 政略結婚で作った血脈には興味がないのかもしれないな。

 まぁ、興味がないなら接触もない方がお互いに幸せか。


 そんなことを考えていたら宿に着いた。

 侯爵様が泊まる宿はどんなものなのかと思っていたが。


「普通だ」


 隙間風を感じる安い板張りの部屋。

 藁を詰めてシーツで覆っているだけのベッド。

 それ以外には、小さな水瓶ぐらいしかない。


「普通の安宿だ」

「当たり前だろう」

「なんだ、貴族専用の宿に泊まっているのかと思った」


 エルホルザの街には、そんなものはないのか?

 あんまり裕福そうには見えないからな。


「いや、あるぞ」


 あるそうだ。


「じゃあ、なんで使ってないんだ?」

「公の移動にしてしまうと面倒だからだ」

「ほうん」

「そうなると、こんなに頻繁な移動なんてできないからな」


 よくわからんが、面倒くさいということは理解できた。

 やっぱり貴族って色々と大変だな。

 そして俺も、いまや貴族、王族か。


「なんで俺、王子なんだろうなぁ」

「まぁ、なにか意味があるんじゃないか?」


 片方のベッドに腰を下ろして嘆息していると、マックスがそんなことを言う。


「意味?」

「魂の問題だ。ならば神の意思が関わっているのではないか?」

「神ねぇ」


 俺に関わっているとなると、あの女神か?

 究極魔法を授かるときに出てきたな。


「あの女神、見た目に反して中身軽そうだったぞ?」


 難しいことなんて考えてなさそうだったんだけどな。


「……そういうことを言うからあいつに怒られてたんだろう」


 あいつ、聖女のことか?


「あいつと再会したら、どうなるだろうな」

「……いろいろやばいかもな」


 想像して、ゾッとした。


「そんなことより、なんでこの部屋にはベッドが二つあるんだ?」


 泊まるのはお前だけだろう?

 やっぱり、お祖母様に報告することがあるんじゃないかと疑うと、マックスは必死に言い訳をした。

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