10 思わぬ展開



 当たり前にやり返す。

 お亡くなりになった騎士をカタリーナのベッドに入れる。

 もちろん真っ裸にしておいたし、カタリーナの夜着も没収しておいた。

 起こしにきた侍女が大変に困る光景だろうし、カタリーナもびっくりだろう。

 この程度で済ますなんて俺って聖人だな。


 政治的な配慮というものをしているから、この程度で済ませている。

 というか、どれぐらいのことをしていいのかわからない。

 やりすぎてソフィーやマックスが困るという事態になってはいけないと思っているから、この程度で済ませているのだが、実際のところはどうなのだろうか?


 ソフィーがプンスカ怒っている。

 彼女は怒ると剣を振る。

 とはいえむちゃくちゃに振り回すのではなく、魔功を使い、剣の型を繰り返す。

 流れに問題はない。

 中庭で優美に剣舞を行うソフィーの姿に皆が見惚れている。

 だが、その内心はプンスカだ。

 原因は俺にある。

 

 この間の熱病が原因で、俺を主役にしたお茶会が延期になったのだ。

 俺も六歳。

 貴族との付き合いを行い、友人作りをしないといけない年頃なのだそうだ。

 友達なんて、一緒にいれば勝手にできているものだろうと思うが、貴族の間ではそういうものではないらしい。

 特に王子である俺は、将来王になった時に、ともに政治を行う仲間となる者たちを見つけるという意味があるそうだ。

 少しでも俺が社交を始める時期を遅らせて、エーリッヒの派閥を固めるつもりなのだと、ソフィーは考えているらしい。


 普段は人の良さそうな顔で笑っているけれど、ソフィーも貴族の娘だ。

 ここ最近の嫌がらせを独自に調査しているし、それがカタリーナからの可能性が強いことにも辿り着いているようだ。


「ふう……」


 ひとしきり剣を振り終えて満足したのか、ソフィーが息を吐いて剣を下ろす。

 そして俺が見ていることに気づいた。


「うわあああん、アル〜〜〜〜ごめんねぇ」


 といきなり抱きついてくる。


「アルのお茶会がなくなっちゃったの」

「そうですか。僕は別にいいですよ」

「そんなことはないわ。アルのお友達を見つけないといけないのに」

「別に友達なんていりませんよ」

「ダメよ。アル。いつまでも私とだけ暮らすというわけにはいかないのだから」

「でも……」

「すぐに次のお茶会を用意するからね!」

「ええと……はい」


 ほんとにいらないんだけどな。

 ていうか、王位だって別にいらない。

 この気持ちをどうやって伝えればいいのか。

 いや、伝えていいものなのかどうか。


 はぁ、困ったな。


 だが結局、お茶会は開催されなかった。

 国王フランツから命令が来たのだ。


「先日の高熱病による後遺症を陛下は案じております。第一王妃ソフィーと第一王子アルブレヒトにはエルホルザでの静養を命じる」


 フランツからの使者は感情のない声でそう言うと、こちらの返事を聞く前に帰って行った。

 俺が思うに……フランツは俺たちのことが嫌いなのかな?

 しかし、エルホルザか。

 この国の地図は勇者時代から見ているし、アルブレヒトとして勉強している時にも習っている。

 エルホルザは王国直轄領の中でも北にある地名だ。

 牧畜や軍馬の育成などが行われている土地だったか。

 確かに街なんかもなくて静養には持ってこいかもしれないな。

 しかも北だ。

 故郷のアンハルト領からも遠い。

 なんだ、あからさまな引き離しか?


 さて、ソフィーはどうする気なのか?

 彼女はしばらくあんぐりと使者のいた辺りを見つめていたかと思うと、「ふう」と長いため息を吐いた。


「ごめんね、アル」


 諦めている顔だな。


「母様は悪くないですよ」

「ううん、でも、ここを出ていかなくちゃいけなくなったから」

「そうですね。それならいっそのことお祖父様のお家に行きませんか?」

「そうねぇ、それもいいかもしれないわね。でも……」


 行く気にはならないか。


「母様は、父様のことが好きなんですか?」


 こういうことを子供が聞くのはおかしいのかもしれない。

 俺だって、かつての両親がお互いを好きか嫌いかなんて気にしたことはなかった。

 だが、村人の夫婦と貴族の夫婦ではあり方が違う。

 常に一緒にいるわけでもない。

 いや、俺が俺として意識を持つようになってから、フランツがアンハルト宮殿に訪れた回数は非常に少ない。

 他の宮殿にどれぐらいの頻度で通っているのか知らないが、あまりにも少ない。

 その回数がそのまま、フランツの気持ちを代弁しているのではないか?

 そう思うのだが……。


「そういう問題ではないのよ」


 ソフィーは悲しそうにそう言った。

 そういう問題にしてしまえばいいと思うが、そうはいかないのだろう。

 難しい話だ。

 腹立たしいから、フランツの部屋に行ってなにか取ってこよう。


 城に忍び込むのもそれほど難しくはなかった。

 勇者時代に謁見の間までは行ったことがあるので、玉座のあるところからさらに奥を目指してみる。


 要所に立つ兵士の質が変わったのがすぐにわかった。

 ここが城の奥。王の生活空間だろう。

 どうしてここに王妃が住めないのか。

 まぁ、そのことはいい。

 フランツは一人で眠っていた。

 三人の王妃にたくさんの愛人と聞いていたので、一人で寝る夜なんてないのだろうと思っていたが、そういうわけではなさそうだ。

 寝ててもわかる陰気そうな顔。

 ソフィーとは性格の相性が悪かったのかもしれない。

 一般の夫婦でも離婚するのは大変だ。

 王族や貴族ともなれば、それはもっと難しくなるだろうことはわかる。

 だが、だからと言ってただ遠ざけて知らん顔をするだけで終わらされてはたまらない。

 嫌がらせは、存分にやらせてもらう。

 さて、なにか、取られて困る物はあるかな?


「ん?」


 壁に掛けられている物に目がいった。

 剣だ。

 それなりの装飾がされた剣だ。

 儀式用か?

 それにしては刃が本物というか、切れ味が維持されている。

 ああ、魔法でそういう状態が維持されているのか。

 聖剣か魔剣の類だな。


 そうだな。

 魔族軍との戦いで俺が身につけていた装備一式は、周辺国家に分けて預けられているし、子供だということで武器を与えられていない。

 こいつをもらっていくとするか。


 この後、なにやら城では大きな騒動が起きたそうだが、なにが起きているのかを知らされてることなく、俺たちは王都を出てエルホルザの地へと向かうことになった。

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