04 繋がり



 世の中には違法行為を商売にする連中というのはいるもので、そしてそういう連中は意外にどこにでもいる。

 田舎の村でも、人が溢れかえった街中でも、神聖なる神殿でも、法を作る王城の中でも。

 今回の誘拐未遂の犯人は、街の中にいるそういう連中に仕事として依頼し、そして実行したわけだ。

 で、実行犯だったチンピラ連中に命令した奴の名前と場所はわかった。

 かつて勇者だった時にこの王都を訪れた時よりも、発展している。知らない住所が出てきたが、なんとか場所はわかった。


 しかし、それはそれとして、気になることもある。

 あんな連中が、王族の暮らすアンハルト宮殿に簡単に侵入できたことだ。

 今回は俺が狙われたからいいが、母親であるソフィーが狙われるのはいただけない。

 俺の母親というよりは、かつての仲間であるマックスの娘にも危険が及ぶ可能性があるというのが見過ごせない。

 まずはそちらを解決するべきだろう。


「こんにちは!」


 いつもの走り込みをしている途中で会いました、という体裁でアンハルト宮殿の警備兵たちに声をかけていく。


「こんにちは、殿下」

「殿下、ここは庭の外れすぎます。もっと中で」


 走るのが好きな変な殿下と、陰で言われていることは知っている。

 とはいえ、面と向かってそんなことを言う者はいない。

 皆、表と裏は使い分けているし、子供を相手にしているからか、どの兵士も基本は笑顔だ。


「こ、こんにちは……」


 ただ一人、動揺し、青い顔をした男がいた。

 あいつだな。

 目星を付けたので、あとは普通に過ごし、夕食後の就寝時間で活動する。

 部屋を抜け出し、その警備兵のところに行く。

 昼間に働いていたので、夜は自分の家に戻っている。

 魔法の刻印を付けておいたから、追いかけるのは容易い。


「おや?」


 宮殿を出て追いかけていると、面白い動きがあった。

 刻印を付けたチンピラと警備兵が合流したのだ。

 気配をさらに消して、接近する。

 連中のすぐ後ろに引っ付いて、薄汚い路地にある酒場に入った。


「お前らなんでなにもしていないんだよ」

「うるせぇ」

「失敗したんだよ」

「あの王子、とんだだ化け物だ」

「なに?」


 チンピラたちが警備兵にあったことを話している。

 当人が後ろにいるなんて気がついていない様子だ。


「ラモールさんの名前を出しちまった」

「なに⁉︎」

「やばいぜ」

「もう、逃げた方がいいかもしれない」


 そうだなぁ。

 逃げた方がいいだろうなぁ。

 だが、こいつらはまだ危機感が足りない。

 王族に手を出したこともそうだが、こっちはまだ表沙汰にもなっていないので心配する必要はない。

 それよりもまずいのは、裏の仕事をしたという意識がないことだろう。


「おい、お前たち」


 そんなことを考えていたら、奴らが動いた。

 男たちがカウンターの隅で肩を寄せて話していた警備兵とチンピラを逃げられないように囲んだ。


「ラモールさんがお呼びだ」


 連中は顔を青くして、有無を言う暇もなく引きずられていった。

 ラモールという名前に覚えはない。

 魔王を倒してから、もう何年もヴァルトルク王国の王都には足を向けていなかったのだ。

 そんな街の裏社会の有名人のことなど、知るはずもない。


 連中が引きずられていった場所は別の酒場の奥だった。

 黙ってついて行っているのに誰も気づかない。

 魔族ならそろそろ誰か気付いてもいい頃だが、そうならないというのは平和になった証拠と考えるか、だから魔族に侮られたんだと言うべきか。

 そのままラモールとやらがいる場所まで連れて行かれた。


 そこはそこで食堂のような場所だった。

 いや、実際に食堂なのだろう。

 彼らの一族だけが入ることを許された食堂か。


「仕事はどうなった?」


 ラモールは四十ぐらいの神経質そうな男だ。


「ラモールさん」

「仕事は、どうなった?」


 喘ぐように名前を言ったチンピラに、ラモールは繰り返し問いかける。


「仕事だよ。仕事。そう難しくないだろう? 宮殿とはいえ警備に穴は開けた。後は走り回るのが趣味の奇妙な王子を袋に入れて持って帰るだけだ。もうできているんだよな?」

「あの、それが……」

「できていないなんて、言わないよな?」

「……」

「まったく」


 なにも言えなくなったチンピラたちにそう吐き捨てると、軽く腕を振った。

 それで周りを囲んでいた男たちが、チンピラと警備兵を殴り始める。


「まったく困ったことになった。こっちにも面子ってもんがあるんだよ。失敗したなんて話を持っていけねえってのに」

「で、その話をどこに持っていくつもりだったんだ?」

「あ? それは……」


 問いかけたところで、ようやくラモールは俺が同じテーブルに着いていること気づいた。


「どこに、持っていくつもりだった?」

「テメェ……王子か⁉︎」

「興味があるな、聞かせてくれないかい?」

「このガキ!」


 六歳児の問いかけをこうも無視するとは、大人げない奴だ。

 まぁ、こちらも気になることがある。


「俺を見て、すぐに王子と言ったな? どうして俺の顔を知っている?」

「チッ、おい!」


 チンピラたちを殴っていた男たちは、ラモールが騒いだ時点で動きを止めている。

 命令され、俺を捕まえるために圧のある肉体で囲み、太い腕で押さえつけようとする。

 俺も元はただの村人だ。

 こんなことは言いたくないんだが。


「無礼だろう」


 その一言で、男たちは床に伏せた。


「グギギギ……」


 ラモールも床に頭を押さえつけて呻いている。


 重力の魔法。

 重さを操るという魔法だ。

 本来の使い方は自身の武器や体にかけて、体格の違う相手に対して重量での不利を補ったりするものなのだが、弱い相手ならばこういう風に制圧するために使うこともできる。


 そうするためには使用者の魔力を周囲に満たさなければならない。

 強者相手には使えない方法だ。


「さて、お前の上には誰がいる?」

「ガ、ガキがぁぁぁぁぁ」

「うんうん、いい反応だな。それで、お前の上には誰がいる?」


 問いながら、ラモールの体の一箇所に強めの重力をかけた。

 右足の甲で、ミシミシという良い音がした。


「いい音がしたなぁ」


 ラモールの悲鳴を聞き流し、俺は話しかける。


「それで? 体中の骨が潰れて使えなくなる前に答えるか。それとも意地をはるか? 俺としてはどちらでもいいな。この体でどこまでやれるのかを試してみたい気もある。お前たちがその実験台になってくれるというのなら、別にそれでも構わない」

「お、お前……何者?」

「お前たちの恩人かな?」


 勇者だからな。

 そういう考え方もできるんじゃないかな?

 知らないが。


「で、どうする?」


 左足の甲を潰しながら、俺は質問した。

 

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