向日葵畑
葭生
右か左か
目が覚めると、私は柔らかい土の上に寝転んでいた。目覚めたのか、はたまた夢の世界に浸かっているのかはわからない。しかし、眼前に広がる空ははっきりと晴れており、日差しが顔を突き刺して痛い。暑さに耐えられないのでなんとか立ち上がる。周囲は緑の細い柱のようなものと、そこからのびる板のようなもので覆われていた。それは土から生えていて、背丈の二倍にも伸び、皆同じ姿で私の視界を埋めている。どうやら植物の茎と葉だが、私は詳しい正体に心当たりがなかった。
もっと観察すると、私の所から一筋、その茎がない道と思しきものが続いている。他にすることもないので道を辿ってゆくと、二〇歩程で道が左右二又に分かれた。「なるほど。迷路なのか」と思ったが、右に行くのも左に行くのも手がかりがない。自分が左利きなのを思い出して、なんとなく左を進んでみた。
確かに道は続いているようだ。しかし、私は失敗したような気がした。右の道の先が行き止まりだったとは限らないからだ。ただ今から戻るのは面倒な上に癪に障るので、躍起になって小走りに進んだ。するとまた道が分岐していた。左を選んで後悔したので今度は右を歩いたが、また間違えたような心地の悪さがする。
そうやって左右にと、何回も同じことを繰り返したところ、遂に私は地べたにへたり込んでしまった。間違ったのか正解しているのか知らないまま、同じ景色を見続ける苦行に心身が疲労し切ったのだ。始めのように寝転んで空を見上げる。前より空が近づいたように感じられる。茎は今や背丈の五割増し程度になっていた。
私はひたすら目を瞑ってぼーっとしていた。道というのは、誰かをどこかへ連れてゆくためにあるものではないのか。それなら、ここは道などではなくただの空間に過ぎないのだ。進むことができたから進んでみたが、始めの場所が入口でどこかに出口がある保証などない。歩き回るのが馬鹿らしくなってきた。
嫌な気持ちも、理不尽な謎も忘れるつもりだった。それでも私が人である限り、猛暑の中で生きてはいけない。結局、また立ち上がってみる。ふと思いついて、茎の間を掻き分けた。すると案外いける気がして、そのまま直進してみる。どんどん進む。
だめだ。茎と茎の間が狭くて、身体をひねりながら進むが、反発で身体が痛くなるばかり。顔になんども葉があたってヒリヒリする。辛い。一向に出られない。けれど、いつの間にか元いた場所が見当たらない。今から回れ右した先に元の場所があるかわからなくなってしまった。どうしようか、私はすっかり絶望に囚われてしまった。暫く動かないでいた。しかしそんな絶望も、生存本能に蓋をすることができず、私は振り返って再び茎を掻き分けていたのだ。
半ば自棄になった末の行動だったが、なんと実を結び、茎のない空間に辿り着いた。けれど問題は一つも解決していない。果たしてここは元いた場所なのだろうか。どちらに進めば出られるのか。それらは永遠の課題だった。
仕方ないので、入って左手に向かって歩き出す。もう二度と茎の中に入るまい。そこから、少し前のように右へ左へを繰り返して、いつの間にか空が朱くなっているのがわかった。随分時が経ったとだけ思い、悲しいのか辛いのか嬉しいのか判然としないまま右に曲がると、二〇歩先に茎の見えない景色がある。「おお」と思わず口に出た。ただ、嬉しいような気がするが、意外にも爆発的な感情ではなかった。一歩進むと、一歩の分だけ景色が広がる。
歩く、歩く、歩く。
雄大な広野が見える。それでも不思議と駆け出そうとは思えない。
歩く、歩く、歩く。
視界一面が空と草と地平線に変わった。この場所から抜け出したのだ。
振り向いたとき、初めてここが向日葵畑だったことに気がついた。
向日葵畑 葭生 @geregere0809
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます