奪取

風と共に会場である実家に降り立った先は、すでに式を執り行われている広間だった。

お祝いの中に突然現れた私達に参列者は皆驚いていた。



「りゅ、龍神様?!!!」



信様を見て驚いた和正のお父様の叫び声と信様の神々しい姿に参列者の注目を集めてしまっていた。


「ああ。宮司殿。約束通り、ご子息の婚姻の儀に参列させてもらいに来たぞ。龍神として祝ってあげねば」

「い、いえ、そ、そ、そんな光栄です!!倅が巫女様と結婚できたのも全て龍神様のお陰です!!」

「そうか」


信様の目が全く笑っていない。きっと、私の犠牲のお陰だろうと怒っているのだろう。

参列者は主役である和正と玲奈よりも龍神の信様の方が気になる様だった。

高砂たかさごにいる玲奈達も私達を見ていた。

主役の花婿である和正は信様のことを訝しげに見ていたが、花嫁の玲奈は何かにときめいた様な表情をしていた。


「あれが龍神様…隣にいる女は一体…」

(……なんて綺麗なお方なの…!!素敵な銀髪で私の理想の人じゃない!!)

「玲奈?」

「素敵…」

「え…」


完全に龍神に心を奪われた様な様子の玲奈に和正は唖然としていた。まるで、玲奈の心から和正という存在が薄れた様だった。

すると、私のお父様とお継母様も信様に近付いてきた。まるで胡麻をする様な表情に私は嫌悪感を覚える。


「龍神様お待ちしておりました……あの、そちらの女性は…?」


実の子であるのに気付いていない。化粧をしてるせいもあるのかと考えたが、元から関心がなかったのだと思い知らされる。


「彼女を見て何も気付かないのか?本当哀れだな。僕の妻だ。美しいだろう?こんなに可憐で全てが完璧な人間はこの女性ひとだけだ」

(わ、わ、信様…!!)


信様はみんなに見せつける様に私の髪を撫でる。甘い言葉と髪を撫でる手で私の顔は赤くなり熱くなる。

そんな私を見て先に気付いたのはお継母様だった。


「貴女まさか陽子じゃないの?!!どうして生きているの?!!」

「何?!陽子!!」


死んだ筈の私が龍神の妻として現れたことで会場を騒然とさせてしまう。

どうして生きているんだとお父様が掴みかかろうとしたが、信様が間に入ってくれたお陰で襲われることはなかった。

その代わりにお父様の腕が信様に強い力で握られている。


「うぎゃあ…!!」

「僕の愛する妻に危害を加えるつもりなら、幾ら妻の実の父親でも容赦しない」


このままではお父様の腕を折りかねない。怒りに満ちている信様に私は慌てて止めに入った。


「信様…!!もう大丈夫ですから…!!その言葉だけで十分です…」

「陽子…。本当は折ってやりたいぐらいだが君が言うなら」


パッとお父様の腕を離す。彼の腕に痣が残った。

お父様と彼に駆け寄るお継母様は怯える目で信様を見ていた。

でも、ここまで私を想ってくれていると改めて思い知らされた。和正と結婚している時には感じなかった感情に私は微笑んだ。

突然、高砂の方で何か揉める様な声が聞こえてきた。


「玲奈!!危ないから!!」

「うるさい!何が危ないのよ!!私は龍神様に用があるだけなの!!離して!!」

「玲奈様!和正様の言う通りです!!どうかお座りに!!」


苛立った玲奈が舌打ちした。怒りに満ちた表情を和正に向けている様だった。


「離せって言ってんだろ?!!クソ男!!」

「ひぃ…!!」


玲奈の怒りに歪んだ顔と声に和正は小さく悲鳴を上げる。こんな顔をする彼女を見たのは初めてだったのだろう。

掴んでいた玲奈の腕を離し、彼女を信様の元へ向かわせてしまった。

こちらに近づく玲奈の顔はさっきまでのものとは違い、可愛らしい目が潤んだ顔へと切り替わっていた。

信様に近付いた途端、彼の腕に絡みついた。


「っ…なんだ貴様は」

「初めましてぇ。私がこの村の巫女。龍神の巫女の玲奈ですぅ」

「ちょっと、玲奈…!!」

「あらぁ、お姉様まだ生きていらしたのですか?しかもこんなに素敵な人の妻になるなんて!烏滸がましいにも程がありますぅ!!」

「おい」


聞いたことない信様の冷たく低い声。軽蔑と憤怒がこもった声を聞いて玲奈には通用しない。寧ろ、尚更彼女を喜ばせてしまった。


「私は癒しの異能を持った選ばれし者。私こそ龍神様に相応しい花嫁!!こんな無能なんて捨てて是非私に…!!」


必死に求婚する玲奈の姿に信様は深くため息をついた。

すると、空いている左手からあるものを取り出した。あの黒い結晶だった。

お継母様が結晶見て酷く驚いていた。


「流石、我欲の為に蛇神・瑪瑙めのうの倅を殺した一族の末裔。陽子から母親を死に追いやっただけでは飽き足らず、卑しい目を使って全てを奪い尽くすとは」

「そ、その石…!!貴方様が持って…!!」

「ずっと探していたようだな?これは怨念に満ちた仇の塊。瑪瑙様が死ぬ前に父に託した物。愛する倅を殺した一族を見つけて解かれることのない呪いをかけよと」


焦るお継母様のことなど気にかけることなく信様は話を続ける。


何も知らなかった玲奈は情けない声を出して呆気に取られていた。


「この村の伝説の真実を話そう。大蛇である蛇神・瑪瑙が村を襲った理由は人々を陥れたいという悪意ではない。大事な者を殺された復讐の為だ。この女の先祖が瑪瑙の目の前で愛する倅を殺した。肉や骨、皮も全て愚か者共に売り飛ばし、罪がバレないように真実を捻じ曲げて村に伝え、巨万の富を得た。妻がバレないように真実を捻じ曲げ村に伝えだが、その莫大な金も身勝手な私利私欲の為に全て使い尽くした結果がコレだ」

「へ?」


何も知らなかった玲奈は情けない声を出して呆気に取られている。


「この娘は子供を宿したと嘘をついて陽子から夫を奪った。この男と結婚する為に龍神の巫女という肩書きと癒しの異能を奪った。そして、陽子が毒を盛ったと嘘を吐き罪をなすり付けた。子供を失った哀れな母親を演じてな」


信様に隠していた全てを暴かれた玲奈の顔は青ざめていた。それは、お父様とお継母様も同じだった。


「ち、違います!!私は本当に!!」

「真実だろう?貴様に水子の魂がない。この世に生まれることのなかった水子の魂は、必ず母の幸せと安全を願い死ぬまで取り憑く。それに、腹にいた痕跡も貴様にはなかった」

「あ…なんで…知って…」

「玲奈!!本当なのか?!」


駆け寄ってきた和正は信様の腕から引き剥がされた玲奈に問い詰める。青ざめて項垂れる玲奈の様子を見ると本当のことだろう。

黒い結晶が放つ光が増してゆく。


「そして、この女は陽子の父親に擦り寄り心を奪った。永遠の富と癒しの異能を手に入れる為に。この結晶を探し出し破壊させ蛇神の呪いから逃れる為に」

「や、やめて、それ以上は…」


いつものお継母様とは思えないほど怯えている。


「先代の巫女は貴様らが殺した。邪魔になった陽子の母親に少しずつ毒を盛り病で亡くなったと偽った」

(お母様…!!)


日に日に弱ってゆくお母様の姿を思い出す。お母様をあんなにしたのはお父様とお継母様だったのだ。

血を吐き苦しむ母にまだ異能を継いでいない私ができたことはそばに居ることぐらいだった。泣く私をお母様は「大丈夫よ」と優しく微笑んでいた。


「ゆ、許してくれ陽子!!全部あの女と娘に騙されて…!!!」

「ち、違うんだ陽子!!!玲奈が俺を誘ったから…!!」

「私の陽子に近づくな。彼女にあんな酷い虐待をしといて今更助けをこうつもりか?下衆共が」


私に近づこうとするお父様と和正を制止する。私は涙混じりの目で二人を睨みつけた。目の前にいるのはもう愛した人達ではない。


「瑪瑙は最期に"目の前で愛する幼い我が子を殺した奴らに苦しみを永遠に味合わせて欲しい"と彼を看取った僕の親父に約束させたそうだ。でも、その約束が今夜ようやく果たされる」


信様の手の中にある黒い結晶が禍々しい光と黒い稲妻が走る。早く目の前の仇に呪いをかけさせろと叫んでいるように見える。

彼にでも異変が起き始めていた。


「信様!!その腕…!!」


結晶を持つ手が人間の手ではなく、龍の手に変わってゆく。銀色の鱗で三本の指と鋭い爪。顔にも銀の鱗が現れ始めていた。

この結晶の恨みの強さを抑えるのに信様も必死なのだ。まだ力を取り戻していない私は無力なのは分かっている。

けれど、何もせず見ているのは嫌だった。危険と分かっていても私は龍の腕となった彼にそっと寄り添い、鱗に覆われた肌に触れた。


「陽子っ」

「何も言わないで。お願いです。私にも手伝わせてください。確かに私には何も残っていないけど…貴方の助けになりたい…」

「ありがとう」


鋭い鱗が手に突き刺さる。確かに痛いけれど、信様の苦しみに比べれば何ともない。

その様子を見ていた玲奈は怒りで顔を歪めて私に迫ってきた。


「気安く龍神様に触るんじゃないわよ!!私こそ龍神の妻に相応しいのよ!!呪われるのはアンタよ!!私じゃない!!!」

「玲奈…!!」


すると、玲奈の身体から大きな白い光の魂のようなモノが出てゆく。癒しの異能だ。白い光はすごい速さで私の身体へと戻ってゆく。


「い、いやぁ!!ダメ!だめぇ!!この異能ちからは私のモノなのよぉ?!!」


異能には意思があるとお母様は言っていたのを思い出す。まるで異能が私に"ただいま"と囁いている気がする。

身体に力が満ちてゆく。

黒い結晶にも異変が起こった。白い稲妻も混じり今にも信様の手元から離れてしまいそうだった。


「返して!!私が龍神の巫女なのに!!私は何も悪くないのにぃぃ!!!」


悲痛な面持ちで叫ぶ玲奈に黒い結晶に込められていた蛇神様の怨念の声が叫んだ。



《我の愛しい倅を殺した者の末裔よ!!!今度は貴様が失う番だ!!!!》



黒い結晶は蛇の姿へと変わり、一筋の閃光を放ちながら玲奈の顔に噛み付いた。蛇の体そのまま玲奈の顔に潜り込んでゆく。蛇神様の悲願である復讐が果たされた瞬間だった。


「ひぃ!!そんな!!いやぁーーー!!!私の顔が!身体が!!やめてぇ!!」


身体中が黒い蛇の鱗に似た痣に蝕まれてゆく。玲奈に痛みと幻聴が襲う。

お父様達と和正は怯えて動けずにその様子を見ているしかなかった。


「その呪いを解けるのは龍神の巫女だけだ。どうする?陽子?」


そんな信様に意地悪な質問をされるなんて。でも、もう答えは決まっている。


「陽子!!可愛い妹の為だ!早く呪いを解いてあげてくれ!!」

「突然離縁を迫ったのは謝る。玲奈のことも謝るから…!!」

「早く可愛い私の玲奈を助けてぇ!!!」

「お姉様!!早くこの呪いを解いて!!!解いてよぉ!!」


私は哀れな家族だった人達の身勝手な言葉を聞きながら一呼吸置いて答えた。


「お断りします。私は貴方達のことを許すつもりはありません」


きっぱりと断った私に信様は「流石、僕の強くて可愛い花嫁だ」と嬉しそうに呟いた。

目の前にいる悲鳴を上げて項垂れる人達なんか忘れて私は隣にいる神様と幸せになる。

騒然とした会場で強い絆で結ばれたのは私と信様だけ。


「あ、それとコレは返してもらうよ。コレは陽子の物だ」


信様が玲奈の髪にささっていた形見の簪を抜き取る。


「それはぁ…!!」

「これは陽子の物だと何度言えば分かる?呪いで頭がおかしくなったのかもな」


信様はそっと私の手に簪を渡してくれた。


「ありがとうございます…」


二度と戻ってこないと思っていた大事な形見。

けれど、再び信様の助けによってお母様の紅珊瑚の簪は再び私の元へ帰ってきたのだった。

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