第二十二葉:プロムのために(1)


☆☆☆☆☆


 池のほとり。ガゼボのベンチに座って、ワタシはメアさんとお話ししていた。ワタシが胸元の白百合スカーフの端を引っ張って鬱陶しそうにするのを、メアさんは微笑ましく眺めている。

『櫂凪ちゃん、せっかく授与されたスカーフなのに、もう皺だらけなのね』

『う……、すみません』

『謝ることはないわ。くしゃくしゃだから白百合じゃないけれど……。ほら、こうすれば夕顔の花みたい。でも、どうしてこんな扱いをしているの?』

 メアさんは身を乗り出して、ワタシのスカーフの見た目をふわりと整えた。メアさんの手にかかれば、ただの皺スカーフも夕顔の花を思わせるオシャレアイテムに早変わり。……とまではいかないが、だいぶ普通っぽく見える。

 他の生徒なら卒倒するようなことをしてもらいながら、ワタシは不機嫌のままだ。

『だって、コレ渡されてから悪目立ちして、「調子にのってる」とか変な因縁つけられるんですもん。煩わしいだけです、こんなの』

 これは中学二年生の半ばの出来事。成績優秀であると校内表彰され、記念品として白百合のスカーフを貰ったのだけど、欲しくなかった上に面倒ばかり(やっかみをもたれるなど)起きてうんざりしていた。

 そんな気持ちなだけに手入れは適当で、スカーフは皺くちゃ。ある時、憂鬱な気分で帰路についていたら偶然メアさんと会って、ガゼボへの散歩に付き合わされた。そしてベンチに座って話し始めてすぐ、皺だらけなのを指摘されたのだ。

 たらたらと文句を言うワタシに、メアさんは小さく笑って言った。

『ふふ。煩わしいほどではないけれど、つまらないモノだと思う気持ちはわたくしにもあるわ』

『自分達が経営する学校の決め事なのにですか?』

『ええ。だってこれは、自分の行いが優れている証。わたくし何をやっても上手くいってしまうから、これを見るとその退屈さを思い出してしまうの』

『できることが飽きるほどある、ってことですか。贅沢な悩みですね』

 いっそう不機嫌に言うワタシ。

 メアさんは、花でも愛でるような顔。

『そうね。贅沢な悩みだわ。生きていくため、必死で一つの武器を手に入れるしかない櫂凪ちゃんと違って、わたくしは気分良く過ごそうとして、たくさん持っている武器の一つを邪魔に感じているだけだもの』

 それから苦笑いして、お茶目に舌を出した。

『元気づけようと思ったのに、失敗しちゃった。なんでもできるって言ったそばから、これじゃあ格好がつかないわね』

 住む世界が違う人なのに、ワタシのために行動したらしく。完璧超人のメアさんが困っている(?)のが可笑しくて、不機嫌さも最初の憂鬱さも頭から出ていった。

『あはは。元気づけるつもりだったんですか? 煽りかと思いましたよ』

『煽りなんてとんでもない! ……でもそうね。わたくしの立場で言うとそうにしかならないわ。反省』

 そう言ってメアさんはしょんぼり、したのも束の間。ベンチを立ち上がり、自身の胸元のスカーフを握ってくしゃくしゃにする。

『何をやってるんです?』

『お揃いにしようと思って! ほら、こんな使い方はどうかしら?』

 皺にしたスカーフを外して細く折り、頭の後ろに持ってきて長い金髪をまとめはじめるメアさん。スカーフは髪ゴム代わりになって、金髪のロングヘアはポニーテールにアレンジされた。ゴムじゃないことで存在感があり、髪に白い花が咲いたみたいで可憐。

 こんな風に見せられたら、もうスカーフを鬱陶しく思えない。

『ワタシとお揃いなんか不名誉でしょう』

 ワタシは顔を背けていた。素敵が過ぎて、直視できなかったから。

『あら。今度こそ、元気づけられると思ったのに。また失敗してしまったのね』

 メアさんはそうとは気づかず悔しがっていて──。


 ──やっと理解した。どうして今日の夢が、この記憶なのか。ガゼボの思い出であるし、メアさんとの思い出でもあるけど……。それ以上に、この後のメアさんの言葉を思い出したかったのだろう。


『悔しいから、わたくし約束するわ。いつか絶対、櫂凪ちゃんがスカーフこれを良い思い出だと思えるようにしてみせるわね』


☆☆☆☆☆


 ……朝だ。鐘の音が聞こえる。昨晩は鳴子から、『悪夢解決は何日かお休み』と言われて、互いの夢に入らず眠ったんだっけ。

 鳴子はお互いの睡眠の質を気にして(多分ほとんどワタシにしか関係ない)、月に四、五日ほど点々と、お休みを作る時がある。なのに今回は、珍しく数日間連続だそうで。『難しい悪夢が出たら呼ぶね』と言われたけど、普段に無いことなので落ち着かない。

 理由はざっくり『夢の中で集中して体を動かしたいから』、と。ガゼボから帰る時も『用事ができた』とすぐにいなくなったし、なんだか様子がおかしい。


 もしかしたら、メアさんが鳴子にした【お願い】の影響かもしれない。


 部屋の端に積まれた、段ボール数箱。中身は化粧品、スキンケア用品、ふわふわのタオル、ナイトキャップ、ドライヤーなどなど。『プロムのために使って』とメアさん贈ってくれた物で、ガゼボから部屋に戻ったら届いていた。

 大量に高級品を送りつけられたのに、寄宿舎に戻ってそれらを見た鳴子は冷静で。ワケを聞いたら、メアさんのお願いの一つに【伊欲櫂凪ワタシの美容のお世話】があるらしく。『自由に使って良いから、ついでに面倒見てあげて』とか、そんな感じで頼まれたそう。

 ひょっとしたら他にも頼まれごとがあって、夢の中でイメージトレーニングしてるとかで忙しいのかな。

 美容用品はお風呂前後と就寝前に使わされたけど、普段の三倍以上の時間がかかって、とにかく疲れた。髪と肌へのあらゆる刺激を回避し、徹底的に保湿する。意味はわかるけど、タオルは擦っちゃダメとか、顔だけじゃなく全身保湿するだとか、爪にも何か塗るだとか、手間がかかり過ぎる。

 ……あ、そっか。

「今朝もやるんだ、アレ……」

 体を起こした瞬間、朝には朝の美容作業があることを思い出して、思わず言葉が漏れた。ワタシの声で目が覚めたのか、横で寝転ぶ鳴子が身動みじろぎする。

「……おはよう、かいなちゃん」

「おはよう、鳴子。今朝は眠そうだね」

「そうかな……。そうかも……?」

 体を起こした鳴子のまぶたはほとんど閉じていて、見るからに眠たそう。声もしおしおしていた。だけど十秒も経った頃にはいつもの元気が戻ってきたので、単純に疲れていただけっぽい。

 鳴子は大きく両手で伸びをして、勢い良く布団から飛び出た。

「よし、起きた! 櫂凪ちゃん、洗顔に行こうね! いっぱいやることあるから!!」

「うへぇ……」

「夕霞プロムまで二ヵ月もないんだよ! 美肌の道は一日にして成らずなの!」

 目覚めはワタシの方が良かったのに、鳴子はテキパキと動いてタオルやら美容用品を準備。ワタシの腕を取って洗面所へと連れ出す。


 夕霞プロムに向けた、慌ただしい日々が始まった。


~~


 お昼休みの教室。

 三つくっつけた席の凸で、真理華が言う。

「若い肌は刺激に弱くて代謝が良いから、メイクとそもそも相性が微妙なんだよ。塗るって刺激だし代謝の邪魔だから。若くて良い肌は、まずその素材を活かすべきで~~」

 聞いているのは化粧の話。今までは食事が早く済む惣菜パンを食べていたから、昼休みに人と話す暇はなかったけど、プロムに備えた鳴子の指導で食事量が増えて時間ができたため、どうせなら真理華と話すことにした。

 鳴子が『昼休みに用事がある』と、席の交替を頼んできたからでもあって、ワタシの席で昼食をさっさと済ませた鳴子は、足早にどこかへ行ってしまっている。


「~~じゃあ真理華は肌に悪いってわかって化粧してるの?」

「まぁな。でも、良い物使ってポイントおさえれば、肌への負担を減らすことはできんだよ。高いし手間だから伊欲にはオススメしないけど」

 真理華はツヤツヤ光る爪で巻き髪を回しながら、話を続けた。

「若い時分のメイクで注意することと言えば、要らないものは使わないこと、厚塗りしないこと、使ったらしっかり落とすこと、くらいかな。なんならメイクよりまず、日焼け止めとかスキンケアをちゃんとやれって話で~~」

 講義のように次から次へと、真理華は化粧について教えてくれた。ずっと楽しそうなので、本当に化粧が好きなんだと思う。

「~~こんな感じ。わかった?」

「なんとなく」

「あとは流行とか見つつ実践。普段のメイク以外にも、状況で使い分けるメイクもあるから」

 ここまで明るく話していた真理華が、視線を落とした。

「……まだまだ話すことあんだけど、また今度にするわ。アタシ明日からしばらく、学校休むことにしてて」

「……。そっか」

 休むとは聞いていたけど、元気そうに見えたから驚きはあって。そのギャップに、心の傷の深さを感じる。

「たまに登校するけど、別室になると思う。気持ちの整理つけたくてさ」

「じゃあまた休み明け、話聞けるの楽しみにしてる」

「あぁ。またな」


 真理華は話していた通り翌日から休み、友人の小野里さんも、真理華ほどじゃないものの時々休むようになった。二人ともずっと無理していたし、必要な療養と休養だろう。


──


 鳴子が忙しくしていた理由は、数日も経たず判明した。


 ある日の夜の自由時間。寄宿舎の中庭で、鳴子とダンスを練習することになった。メアさんから動画つき教本をいただいて座学は進めていたけど、実技は初めて。素人二人、どうやって練習するのか疑問だった。

「お待たせ櫂凪ちゃん! 遅くなっちゃった!」

「最近忙しそうだね」

「ふふふ、色々と準備が必要だから。じゃ、さっそく始めよう!」

 一つだけの外灯の下。小型の動画プレーヤーをベンチの上に置き、鳴子が練習動画のセッティングを始める。他に人はおらず、中庭は静か。お金持ちの子達はこんな薄暗い外で練習せずとも、放課後ちゃんとしたスタジオでプロに習っているのである。

「最初だからワルツのにするねー」

 ワタシと鳴子は素人も素人なので、ひとまずの目標は最低限ワルツを踊れるようにすること。夕霞プロムのダンスパーティは、自由に踊る海外の卒業ダンスパーティと違い、基本的には社交ダンスを踊る。

 ボールルームあるいはスタンダードと呼ばれる五種目(ワルツ、タンゴ、クイックステップ、ウィンナ・ワルツ、スロー・フォックストロット)で、加えてフリー種目扱いで流行曲をかけ自由に踊る時間があるそうで。

 全て踊れる必要はなく、踊りたい曲(種目)を踊りたい人と、ペアを決めていればペア相手と重点的に踊るらしい。ダンスそのものが好きな人やメアさんみたいな人気者は、短い時間で相手を交代しながら、たくさんの人と踊るんだとか。

「再生するよー。……3、2、1」

 鳴子の操作で動画プレーヤーにお手本の人が映り、基本のステップ『クローズドチェンジ』を踏み始めた。ボックスを描くように、左足前進、右足前進から右横、左足揃え。右足後退、左足後退左横、右足揃え……。

 見様見真似でやってみたけど、足は絡まるわ体重移動は上手くいかないわで、足さばきも姿勢もぐちゃぐちゃになった。

 きっと鳴子も同じ──。

「──飲み込み早っ?!」

「涼香ちゃんに教えてもらって練習したからね! 夢の中で自主練もしたし!」

「それでここ数日……。ちょっとズルくない?!」

「まぁまぁ。わたしも覚えながらだと、櫂凪ちゃんのフォローできないから」

 これが、ここ数日鳴子が忙しくしていた理由。涼香にダンスを習い、夢の中でもコッソリ練習していた、と。練習効率については鳴子の言う通りだろうけど、一緒に初心者スタートだと思っていた相手にコソ練で差をつけられたのは、ちょっと不服な気がしなくもない。

 基本のステップをマスターしている鳴子は、ワタシの前に立って背中を向け、動きながら解説してくれた。

「一緒にやってみよっ! 左、右と体重が移動するのを感じて! 1、2、3、1、2、3! 後ろに下がる時は足から先に、上半身を残すイメージで~~」

 動画だけでは不明だったところも、目の前に人がいるとよく理解できる。そうでなくとも、鳴子の動きを真似して動けば良いだけなので、だいぶやりやすい。

「足を揃えて踏みかえたり、後ろ歩きしたりは普通しない動作だから、だんだん慣れていこうね。最初のステップの次は逆回転の、右足スタート前進のパターン。後は、後退スタートのパターンをスタート足ごとに! がんばっていこー!」

 ステップそのものは、鳴子もお手本と比べるとぎこちなさがある。けれど姿勢の美しさや流れる体重移動、次の動作に繋げる意識なんかは、同じ初心者とは思えない仕上がり。元々の筋力や体幹の強さ、バランス感覚の良さが伺える。


 しばらく練習して次の段階に進んだ。ペアの動きを体験するため、向かい合ってお互いの肘を支え合う。

「わたしが男性役リーダーをやるから、櫂凪ちゃんは女性役フォロワーね。始めたばかりだからやんないけど、男性役が動きのきっかけを作るから、女性役はそれを受けて動いていくんだよ」

「わ、わかった。……はぁ。素人のワタシが動くなんてできるのかな」

「たくさん練習すれば大丈夫だよ! それに、メアお姉様は隔年で男女役を交互にされてるそうだから、女性役の気持ちを汲んで上手にリードしてくださるはず! じゃあ、続きいくよ! 1、2、3……」

 明るく言う鳴子に導かれて、さっきやったステップを二人で行う。本当は男性役の鳴子が動けばワタシも動く、という風にするものだろうけど、今はわかってないワタシが動きの中心。

 ワタシが左足を前進させれば、鳴子は右足を後退させる。上半身はつかず離れず、足も同じく距離を保つ。しばらく動いてタイミングが合ってくると、息すら重なる一体感があって独特の気持ちよさがあった。

「楽しいね、櫂凪ちゃん!」

「う、うん……!」

 顔はずっと正面を向いているから、向かい合う鳴子とは目が合ったまま。にっこり笑顔の直撃を受け続けて、なんだか照れてきた。1、2、3、1……、あれ、次なんだっけ──。

「──きゃっ」

「わわっ」

 後退した途端、残した足にぶつかる感じがして体が後ろに転げた。ワタシが逆の足を下げてしまったから、鳴子の足と当たっちゃったんだろう。

 ……痛てて。……あれ?

「櫂凪ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫だけど、なんで鳴子が下に──とっさに受け止めたの?! 鳴子こそ大丈夫??!!」

「つい、体が動いちゃった。でも全然平気! 地面だから!」

 背中から転んだはずなのに、鳴子が下になっていた。鳴子はとっさに回転して下に回ったばかりか、ワタシの頭を胸で受け止めまでしていた。見る限り怪我はなさそうだけど、背中に土と草がついてしまっている。

「ごめん鳴子。ワタシが運動苦手だから……」

「気にしないで。わたしこそ自信満々だったのに、櫂凪ちゃんの動きを見てから避けられなかったもん。以心伝心みたいで楽しくなって、頭空っぽで動いちゃったんだろうなー」

 下敷きにされたのに、楽しそうにする鳴子。あえてそうしたのかはわからないけど、おかげで罪悪感が減った気がする。……と、いつまでも上に乗って見つめては悪いので、抱き起こして鳴子の背中の土を払った。

「ホントごめん。これじゃあ先が思いやられるわ……。ますます不安になってきた……」

 憂鬱な気分になるワタシに、鳴子は笑って言う。

「最初は仕方ないよ。だけど絶対、一種目くらいは踊れるようになるよ!」

「絶対なんて、根拠もなしに……」

「あるよ! だってわたし達は、人の二倍くらい練習できるからね!」

「二倍? ……あ、そっか。夢でもやればいいんだ」

「ご名答! さ、夢でイメトレするためにも、もうちょっと体を動かしておこう!」


 その後、しばらく一緒にワルツのステップを繰り返して、現実での練習はお終いにした。鳴子は別の種目の練習を、ワタシは勉強をするために。ダンス練習の続きは、夢の中でみっちりやった。


 普段の勉強に加えてダンスまで練習するのは大変なのに、なぜだかその忙しさは嫌じゃなかった。むしろ新鮮で、上手くできれば気持ち良くて、できなくても楽しかった。


──


 櫂凪は、鳴子が【忙しくしていた】理由は理解したが、【涼香に習うに至った】理由は気に留めておらず、考えてもいない。櫂凪達が放課後メアとガゼボで会う約束をしていた日の昼休み、鳴子は一人、理事長室の近くにいた。


『(真理華さんの悪夢で通れなくなっていたのは、この先……)』

 鳴子がこの場を訪れたのは、真理華の悪夢の原因がどうしても気になったから。櫂凪を誘わず一人なのは、確証のない調査で昼休みの勉強の邪魔をしたくなかったから。

 この時はまだ、何か情報を掴めれば櫂凪に相談するつもりでいた。

『(ここの並びにあるのは、理事長室と楽器練習室(?)くらい? ……やっぱり、理事長は怪しい気がする)』

 悪夢で通れなかった廊下の並びには理事長室があり、真理華が成績と恋に悩んでいたことから、鳴子は校内に居る数少ない男性である理事長を怪しんだ。

 あてもなく鳴子は扉の無い給湯室に身を潜め、斜め向かいの理事長室の様子を伺う。

『(さすがに何にも聞こえない。こうなったらここで眠って心を……ダメだ。真理華さんのことを意識させなきゃ意味がない。どうしたら──)』

『──こんなところで何をしてるんだい? 鳴子さん』

『ひゃあ?!』

 後方から突然話しかけられ、飛び跳ねて驚く鳴子。声の主は同級生の小清水涼香。涼香は理事長室の様子を伺う鳴子を見て、不思議に思って声をかけたのだった。

 夢のことは明かせず目的を言えないため、鳴子は答えに窮してしまう。

『えっと、その、何と言うか……』

『うん……?』

 しどろもどろの態度を最初こそ怪訝に思う涼香だったが、持ち前の自己完結がちな性格で勝手に推測。ポンと手を打って自信満々に話した。

『そっかそっか。言わなくていいよ、鳴子さん』

『え?』

『理事長のことが好……、気になるんだよね? だったら私に良い考えがある。良かった、恩返しする機会ができて』

『???』

 涼香は鳴子が話を理解していないことにも気づかずに、説明になってない説明をする。

『私、全中の成績が良かったから表彰されることになってるんだ。理事長は褒めてくれるだろうし、そこでならお願いできるはず。今から表彰の打ち合わせだから、ちょっと聞いてみるよ』

『聞くって何を──』

『──そこで待ってて! すぐに済むから!!』

 鳴子の質問を待たずに、涼香は理事長室へと駆けて行った。仕方なく鳴子は、引き続き給湯室で涼香の帰りを待つことに。十分も経たず涼香は戻ってきて、鳴子に親指を立てて報告した。

『上手くいったよ。「友達と踊ってほしい」って頼んだら、理事長、快諾してくれて。ペアダンス、ぜひ楽しんでね』

『踊る? ペアダンス?? それって何の──』

『──何の種目かまでは頼めなかったから、いくつか練習しておいて! 不安だったら私が一通り教えてあげるよ! じゃあまたね、鳴子さん!』

『あっ、ちょっと! ……行っちゃった』

 ダンスそのものへの質問だったが、得られた答えはズレたもの。涼香は慌ただしく去っていってしまう。昼休みも終わり頃だったので、鳴子は疑問を『ペアダンスってなんのこと?』と、携帯電話からメッセージを送るだけに止めて、放課後を迎えた。


 その後鳴子はメアとの一件で、ダンスが夕霞プロムナードで行われるものであると知る。そして、一対一のペアダンスの時間であれば、理事長に真理華のことを直接尋ねられると考えついた。

 しかしそこで知ったために鳴子は、理事長を怪しんでいると櫂凪に伝えず、自分一人で解決すると決めた。


 大切な櫂凪ひとの、大切なメアひととの時間に、水を差したくなかったから。


 だが、鳴子は疑問を持つべきだった。男性が怖いはずなのに、そう遠くない距離にいる理事長を恐ろしく思わなかったことを。怖いものが本当に男性なら、ペアダンスを利用しようなど、考えにもあがらなかったはずであることを。

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夢見の舟を漕ぐキミと 小鷹 纏 @kotaka_matoi

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