六日目
ぼくはマリアを彼女の部屋のベットにそっと横たえて、リビングのソファに座った。
マリアと共に、目の覚めない眠りにつくのかと思ったが、そうはならなかった。
自分の精神の強さが、今は憎らしかった。
最後に残ったぼくが、なにをすべきなのか。
この施設に入ったそのときから、なにもできることはないのだが。
ぼくは、机にのっている絵本を見下ろした。
『七匹の蛍』の絵本。
なにもできることはない。そう思っていたのだけれど。
ぼくはポケットからナイフを取り出した。
折り畳みナイフの柄に、文字が刻まれていたのに気が付いた。
「あなたの意思は継がれた 西久イアン」
これは東の国の言語だったはずだ。残念ながらぼくにははっきりとその意味を理解することはできなかった。
ただ、確かにこれはサイクにむかって送られたメッセージだった。
それが前向きなものだと、直観した。
(メッセージか)
メッセージを残すこと。それは重要なことだ。
ぼくには気の利いたことは思いつかなそうだ。
だから……。
ぼくは母国の古い詩を、好きだった詩を刻むことにした。
タイトルのない、短い詩だ。
“祈りは大地にとどかず”
“墓石は何者でもないでしょう”
“私たちはそこにはいない”
“涙は翼になりえない”
“さよならをもう一度言わせてほしい”
“私たちはそこにはいない”
“命は時の迷い”
“それでも生きるのでしょう?”
“此方から彼方へ”
サイクのナイフでゆっくりと、一文字一文字を刻む。
意味があるのかわからない。
でも、そもそも人生もそういうものだった。
だからぼくは、やらなければいけない。
すべての文字を刻み終わったあと、ぼくは小型ナイフの柄の部分と刃の部分を折って二つにした。
それをどちらも共同トイレに流す。不安だったが、かなり小さかったため上手く流れていったみたいだ。
この行動にもどれほどの意味があるのかはわからない。
だが、サイクもこうしていただろうと思った。
そして、ぼくは自室に入り、ベットに横たわった。
眠りに落ちるのはすぐだった。
その夜、ぼくは息を引き取った。
そして、この施設には誰もいなくなった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
暗がりの部屋のなか。一人の男がモニターの前に座っていた。
細かいところまではわからなかったが、男は一部始終を見ていた。
「マリア、すまない」
男はつぶやき、すべては闇に包まれた。
そして世界は、確かに終わった。
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