第10話 いつものアレ

「ターくんも、建美ちゃんもありがとう」


 イッチー姫は澄み渡った空気の神社がうれしいようでめちゃめちゃ笑顔だ。拝殿の周りの宙をぐるぐる周っている。私は座り込んだまま動けない。


「それより、綾人、ちゃんと見ておったか?」


「ええ… まぁ…」


 まだ芋虫状態の綾ちゃんはツンとすねている感じだ。


「まぁまぁ、ターくん、綾ちゃんの事許してやって。ちょっと反抗期なの。それより綾ちゃんの鎖、解いてくれない?」


「いや。解かん。我がこやつの性根を叩き直してやる」


「え?」

「はぁ?」

「ん?」


 タケル様以外が一斉に??? になった。


「それは… どう言う事なの? そんなこと頼んでないけど?」


「言った通りじゃ。こやつを連れて帰る」


「え! ちょっと待って。それは困るわ~。まだ神無月が残ってるじゃない。これからも穢れは出るのよ」


 イッチー姫はオロオロし出した。


「何、三日に一回は御勤めの為、こちらへ戻らせるから問題ない」


「はぁ? こちらへ戻らせるとか… まさか私はそちらの神社へ連れて行かれるのですか?」


 綾ちゃんがめっちゃ焦って、こちらもオロオロし出した。


「そうじゃ。我が留守護として叩き直してやる」


 タケル様はそう言って、今綾ちゃんを解放する気がないと突っぱねている。


「えっ、タケル様。うちに連れて来るんですか? 用意とか、お爺ちゃんとか… ちょっといきなり過ぎません?」


「いや、今せんと、綾人はダメになる。どうせ市姫の事じゃ、今回の事や諸々、この先も甘やかして終わるのが目に見えておる」


「「「…」」」


 誰も言い返せない。事情を知らない私でも分かる。イッチー姫がデロ甘なのが。核心を突かれて、お互いに目を合わせては反らして、ちょっと気まずい。


「… それにな。うちの留守護がこの通り筋肉痛でしばらく使い物にならん。ちょうどいいしな」


「ちょうどいいって、待ってください! そんな事の為なら私は了承しませんよ! 事務処理や明日の準備など色々とうちは忙しいんです。タケル様、今回の事はご迷惑をおかけしましたが… それだけは勘弁して下さい」


 綾ちゃんは、会って初めてなぐらい素直に謝っている。タケル様に対して横柄な感じが全くない。


「いや。連れ帰る… でも、そうじゃな。納得した上で連れ帰る方が後々良いな。うん。では鎖を説くゆえ、今の建美に一発入れられたら勘弁してやろう。どうじゃ? 力比べしてみんか?」


 また? タケル様って直ぐ力比べしたがるよね。そんなにガチンコが好きなの?


 しかし、綾ちゃんはちょっと悩んだ末『わかりました』と返事をした。


「いや、いや、ちょっと待って! 綾ちゃん! ダメよ」


 イッチー姫は筋肉痛でプルプルしている私を心配? ではなく綾ちゃんの方へ向かい止めるように説得し始めたが、全く取り合ってもらえていない。


「タケル様ぁ~、私ガクガクで使い物になりませんよ! どうしろって言うんですか!」


「問題ない。座っていても出来るじゃろ? いつものようにを発動するだけでいい」


 アレってアレだよね。う~ん? 本当に大丈夫?


「はぁ、どうなっても知りませんよ… いざって時は助けてくださいね」


「まぁ心配いらん。では、鎖を解くぞ。『解』」


 芋虫から普通の人間へ戻った綾ちゃんは、手や足を摩りながら、メガネを押し上げ私を見る。


「タケル様。建美さんが弱っていても勝負は勝負ですよ。今更、止めるなんて言わないで下さいね」


「はっはっはっは~。何を血迷った事を。お前の方は大丈夫か? 縛られ過ぎて手足が痺れて戦えませんなどと言わんのか?」


「誰があれぐらいで。ふん」


 綾ちゃんはちょこちょこ周りで心配しているイッチー姫を押し退けて、私の前までやって来た。


「恨みっこなしですよ。いいですね」


 と、綾ちゃんは私の頭上で捨て台詞を吐き、十メートル程離れた場所で向かい合う。


「では、双方良いな。建美は座ったままで良い。では始め」


『盾』

『矢』


 私はさっき言われた通りアレを発動する。って、『盾』しか出来ないんだけどね。


 綾ちゃんは振りかざした二本指から光の矢を放ってきた。


 ボヨ~ン。


 ははは、そうだよね。予想通りだ。何回目だよ。


 いつもの通り、相手の攻撃が跳ね返り綾ちゃんを襲う。ワンパターンだけど、知らない相手には効果的だよね。これ。タケル様も狙っていたんだろう。ニヤッと薄ら笑いを浮かべている。


「なっ!」


 驚いて対応出来ない綾ちゃんの前に、さっと立ちはだかったイッチー姫が琵琶のバチで矢を跳ね返す。


 すると、更に威力を上げた矢が私に向かって来た。


 やばい!


 と、こちらもタケル様が『礫』を出してくれて、矢を叩き落としてくれた。


「っっっ、あっぶな!」


「市姫よ… 今のはワザとか?」


「…」


「はぁぁぁ。それより見たじゃろ? 弱っている建美に綾人の力はあの程度じゃ… 良いな。連れ帰るからな」


「… えぇ。タミちゃん… 悪かったわ」


 イッチー姫は綾ちゃんを振り返りボソッと『ごめんね』と言うと、ふわ~っと浮かんで拝殿の奥へ消えて行った。


 …


 うっ。気まずい。


「綾人。自身の力量がわかったか? 今のままでは市姫のかせにしかならん」


「… はい」


「一時間やろう。支度をして来い。我は建美を一旦帰して来るからの」


「分かりました」


 と、苦虫を潰したように歯噛みした綾ちゃんも一礼して拝殿奥へと走って行った。


「タケル様。大丈夫ですか? あんな状態で修行? とか出来るんですか?」


「う~ん。でもなぁ、これは綾人には必要な事じゃ… 今のままでは最悪、留守護を交代せざる得ん。それは近江国の神達にも影響が出てくるしなぁ。何とかせねばならん」


 何だかしっくりこない私を見て、タケル様は頭を撫でてくれる。ちょっとしんみりしちゃうよね。


「よし。帰るか。建美、持ち上げるぞ」


 と、タケル様は私をお姫様抱っこをしようとしたが、私のお尻が地面についてしまった。


 …


 ですよね~。いくら力があると言ってもタケル様は今は七歳だし。は、恥ずかしい。


 『うん』と頷いたタケル様は、私の頭と足を左右に持って肩車をした。担ぎ上げられた私は荷物のようになった。


「タ、タケル様。力持ちですね~って違う! ちょっと。もうちょっと、どうにかなりません? この体制」


「しょうがないじゃろ。我は今、小さいからな。帰るだけじゃし我慢しろ」


「え~。てか、痛い、い、痛いです。足が… タケル様」


「これ、動くな」




 お茶の間に担がれて帰ると、次郎とお爺ちゃんがテレビを見ていた。


「お帰り。って! どうしたんですか?」


「大丈夫か、建美!」


 次郎はすぐにタケル様から私を受け取り、抱え直してくれた。


「建造、急で悪いが、都久夫つくぶ神社の留守護、綾人を数日預かる事になった。今から連れて参るゆえ、色々と世話を頼む」


「え? あぁ、はい。今からですか?」


「あぁ。今からじゃ」


 と、タケル様は直ぐに鏡の中へ消えて行った。


「どうなってるんだ?」


 二人は私を見る。


「あはは。実はね穢れを祓ったのはいいんだけど、色々あってさ… もう私は疲れたよ。早く寝たい。タケル様に聞いて。てか、全身筋肉痛なんだ… 悪いけど次郎、このまま部屋まで運んでくれない?」


「あぁ」


 と、なぜか耳を赤くする次郎。


「ま~、タケル様の事じゃ。よっぽどの事を綾人がやったか、お前がしでかしたか? 筋肉痛か… わかった。後の事は爺ちゃんがやっておくから」


 お爺ちゃんはなんとなく状況が読めたのか、あまり追求しないでくれた。


「次郎、すまんが、今日は泊まってくれるか? わしの足もこんなんだし。手伝ってくれ」


「はい」


 次郎はうれしそうに私を『部屋へ運んで来ます』と連れて行く。


 私は、ベットに横たわると三秒で眠りについた。




 翌朝、身体がこわばって身動きが取れなかった。目覚ましが鳴ってるのに、止められない。ほんのちょっとの仕草をするにも倍以上の時間がかかる。痛いし、鈍いし、散々だ。


 私がやっとの思いで這いつくばって茶の間に来てみれば、ガヤガヤと朝食が始まっていた。


 え? 何で?


 タケル様、お爺ちゃん、次郎にイッチー姫。台所からエプロン姿の綾ちゃんが出てくる。みんな、各々朝食を和かに食べている。


 廊下で固まっていた私を見つけた綾ちゃんは、昨日の強面がどっかに飛んで行ったみたいに、めっちゃ笑顔で話しかけてきた。


「おはよう。早く座れ、朝ご飯がなくなるぞ」


 いやいや、どこのオカンだよ!

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