第2話 御勤め

「そこに座れ」


 と、我が家のちゃぶ台の上座に座って居るのは、さっきのタケル様。私とお爺ちゃんは正面に座る。足を怪我しているお爺ちゃんは座椅子だけどね。


「では、まず、われの事だが、このたける神社の氏神の日本武尊だ」


 う~ん。


 突っ込みどころが満載。ここは一旦話を聞くべき? そっとお爺ちゃんを盗み見るもジッとタケル様だけを見ている。


「今の時期、神無月(旧暦十月)じゃが、全国の神は出雲の国へ行き、大神おおがみと謁見し、一年間のみそぎをして、他の神と宴会中、もとい親交を深めておる。そうなると、各土地を守る者がいなくなる。さっきの様なやつ、穢れをまとった鬼をこらしめる者がいなくなるんじゃ。

 そこで、神力を使える眷属けんぞく達を頼ったり、自分をまつっている神社の神主なんかに、一時的に力を貸し『留守護るすもり』として御勤めをさせている。我は、この通り子供の姿だが、本来は成人の身体だ。今は本来の力の五分の一程度になっている。ここまではいいか?」


 本来の御勤めってそう言う事… って。


 待て待て待て。


 そんな事より、タケル様がなぜウチに?


「はい、タケル様。そもそもの話なんですが、タケル様のようなビッグネームの方がなぜウチに? もっと大きな神社があると思うんですが…」


「はぁぁ、建美。自分の神社の由緒ゆいしょを知らんわけじゃないじゃろう? ここが本来の場所だ」


 いやいやいや。ウチだよ? ちょっと前までは『〜郡』だったちょー田舎じゃん。周りは田んぼだらけだし。


「それならば、余計に… タケル様なら大津市に立派な大社があるではないですか! あっちは大きい上に、近江国の一ノ宮ですよ? それに拝礼者もたくさんです。そっちの方が悠々自適ゆうゆうじてきな生活じゃないんですか? 確かウチの神社から大昔に移動したんですよね?」


「お前、移動って。確かに一五〇〇年前に大社を瀬田村へかえしたが、それは人の都合じゃろ? 我の家はここじゃ」


「え~!!!」


「まぁ、追々細かい事は教えて行く。それよりも鬼の事じゃが、鬼はそこら辺に存在する。穢れと呼ばれる、人々の怨念おんねんや悪しき思い等が蓄積ちくせきすると、それがいつしか形を成し鬼の姿になるんじゃ。そうなった負の感情の塊は『うらめしい』気持ちを原動力に人に悪さをする様になる。それを退治してまわるのが氏神達じゃ」


 へ~。神様達っていつも戦ってるんだ。


「では、タケル様の担当はここの地域だけですか?」


「担当って。さっきからお前は。ちっとは言葉を勉強せい。我の管轄かんかつは近江の国の右側だ。今で言うなら、大津市から彦根市、信楽の里の辺りまでか。他は、他の神がちゃんと居る」


「え~! 他にも神様が居るんだ! すご~い!」


「そうじゃぞ。今後は会う事もあるかもしれんな」


 めっちゃ会いたい! どんな神様だろう。私がテンション高めでワクワクしているとお爺ちゃんに『ごほん』と咳払いで怒られた。


「それでな、今まではお前の祖父の建造けんぞうに『留守護』をしてもらっていたんじゃが、今日の戦いで足がやられてしまった。そこで、居合わせたお前に一時的に依代を移したんじゃ」


 ふむふむ。大体の話の流れはわかった。


「では、一時的、今回だけって事は、私は今後はもうタケル様をれなくなるんでしょうか?」


「あはははは。何を言っておる。今年の残りの御勤めはお前がするんじゃ。建造は足が動かんからな。さしずめ『留守護代理』じゃな」


「はぁぁぁ? 何で! また今日みたいな鬼と対峙するの? え~無理ゲー」


「無理とか言うな、大丈夫じゃ。今日のは小物じゃったが一発でのせたからな。我もおるし心配ない」


「いやいやいや。私はただの、無害な、地味な女子高生ですよ、タケル様。お爺ちゃんみたく剣道とか出来ないし。超雑魚ざこキャラですって」


「雑魚キャラ? お前はそうは言うが、略式とは言え、すでに祝詞を唱えてしまったからな。もう依代はお前になっている。建造もあの足で再度、依代を戻す為の祝詞を唱えまい」


 バッとお爺ちゃんを見ると、ぽりぽりと頭を掻きながら『めんぼくない』と苦笑いした。


「… うそ」


「それでなぁ、建美。言いづらいんじゃが、神器しんきの事なんじゃが… 」


「神器? ですか?」


「あぁ… 我の力を媒介する武器の事じゃが、建造は刀だが、お前の神器はその… あの時手に持っていた物で登録がされてしもうた。あはは」


 ん? 神器?


 あの時、私が手に持っていた物って…


「えっ、えっ、まさか! お爺ちゃんのゲートボールのスティック???」


「… そうじゃ」


「はぁぁぁ? あり得ないんですけど! 超弱々武器じゃん! てか、今から変更は? それにこれって、武器としてたたくぐらいしか出来ないじゃないですか!」


「あぁ。こればかりはしょうがない。打撃だげきも技の一つじゃし、武器としてはアリだ。問題ない… あと…」


「ま、まだ何かあるんですか!」


「何と言うか… 戦いの正装じゃが… 今着ている、ふ、服かな?」


「え〜〜〜〜〜〜!!!」


 かな? じゃないよ! 綺麗な顔で首を傾けてもちっとも可愛くない!


 私は空気が抜けた様にその場に座り込んでしまった。


「まっ! 何とかなる! な!」


「『な』じゃない! めっちゃダサい。ダサすぎる。ヤダ~」


 タケル様とお爺ちゃんが申し訳なさそうに私を見てくる。くそ~。


 と、茶の間のドアがいきなり開いた。


「おっす〜タミ。今日の夕飯何?」


 ドアを開けたのは部活帰りの幼馴染の次郎だった。


「何すか? 家族会議? ってぇぇぇ!」


 と、次郎はタケル様を見て驚愕きょうがくしている。


「何で、あなた様が母屋に!」


「おう。次郎坊、久しいな。お前もここに座れ」


 ニコニコ顔のタケル様は次郎の事を知っている様子で、私の横を指差して座る様に言う。次郎は言われるがままに座った。


「次郎坊。建造が怪我けがをしてしまってな。代わりに建美が『留守護代理』になった。よろしく頼むぞ」


「は? タミが『留守護代理』! ん? 代理って事は一時的なものですよね? 一生じゃないですよね?」


「それは… わからん。今の所、建造の後継者こうけいしゃはおらんしな。建美自身そこそこ神力もある様じゃし。今日、初めてなのに我と同化するのが速かった。素質があるやもな。そうなると将来的にはそうなるやもな」


「そ、そんなぁぁぁ」


 なぜか次郎が泣きながらうずくまって畳を何度も叩いている。


「次郎、何であんたが泣くんだよ。てか、私は継ぐ気だったよ。元々、神社をね。だって両親が居ないんだし。でも『留守護』がセットで付いてくるならちょっと考え直さなきゃなぁ」


「そう言う事じゃない! タミ、お前は俺が…」


 次郎は私の両肩をガバッとつかんで力説…


 しないんかい! 目が合った途端、急に赤い顔になった次郎は下を向いて言葉が続かなくなった。


「だ、大丈夫だよ次郎。正式に継ぐ時にまた考えるよ。それより今は『留守護代理』のコスの事!」


「ん? コス?」


 私は次郎に戦いの正装が『トレーナーに半ズボン、黒スパッツ、エプロン』おまけに神器がお爺ちゃんのゲートボールのスティックになった事を教えた。


「ねぇ、ダサくない? 見てよ! まんま部屋着だよ。それに比べて、お爺ちゃんはちゃんと白衣にたすきをして袴なのに! めっちゃかっこいいのに! 私はこれでかりとは言え戦うんだよ! もぅ泣きそう」


「あぁ… それは同意だな。ま~、何だ、一時的なもんだし、あきらめろ。それもかわいくていいじゃん?」


「てかさぁ、さっきから不思議だったんだけど、次郎、タケル様と普通に話してるのは何で?」


「え~っとそれは…」


 と、次郎はお爺ちゃんに目を向ける。


「おい! それより、建造さん。その足、どうしたの? びょ、病院へ行かないと」


「あ、あぁ、そうだった。よし、次郎、病院へ連れて行ってくれ」


 次郎はスマホで次郎のお兄さんを呼び出し病院の手配をし始めた。


「何、この誤魔化ごまかされたの丸出しな空気。後で話をきちんと聞くからね!」


「… あぁ」


 私は夕飯の支度が途中だったのを思い出してタケル様に声をかける。


「タケル様。お爺ちゃんは病院へ行く様ですし、話の続きは夕食の後でもいいですか? もう五時ですし、ご飯も作らないといけないし」


「おぉ、そうじゃな。我の分もあるか?」


「えっ? まぁ、一人ぐらい増えても大丈夫ですけど…」


「では、我も今日からここで食べる事にする。今まで本殿に建造が持って来ておったが、もういいじゃろ? 建美にも我の事がバレたしな。独りで食べるのは味気なくてな」


「はぁ、まぁ私はいいですけど」


 タケル様はそう言うとニコニコ笑顔でくつろぎ始めた。テレビをつけてお茶を飲んでいる。


「わかりました。じゃぁ、お爺ちゃんも次郎も今日はコロッケだから」


「おぉ! 我はマヨ派じゃからよろしくな」


 なんちゅう~神様だ。マヨ派って。いきなり、人間臭くなりすぎだろう。てか神様ってご飯食べたりテレビ見るんだ。


 あっ!


「次郎。マヨネーズが切れてたんだ。お爺ちゃんの病院ついでにスーパー平和で買って来てね」


「あぁ」


 了解と、何事もなかったかの様にそれぞれが動き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る