09 片時

翌朝、私は今日もシオンさんの家に行った。

シオンさんがいる場合も考えて、

インターホンを鳴らした。


…どうやらいないみたいだ。


鍵穴に鍵を差し込み、鍵を回し、鍵穴から抜く。

ドアノブを回し、扉を開けようとしても、

扉は開かない。


元から、鍵がかけられてないのか‥?


状況を一気に把握した私は、

また鍵穴に鍵を差し込み、鍵を回し、抜いた。

そして、ドアノブを回すと、扉が開いた。


昨日まで、あんなに積まれていたダンボールが

綺麗さっぱりになくなっている。

そして、靴箱にはなにもなかった。


「シオンさん?」


返答はない。

やっぱり、シオンさんはいないのだろうか?


嫌な予感がした私は、

小走りでリビングに向かった。


すると、リビングにはシオンさんがいた。

どうやら、ソファーで寝ているようだ。


「良かった‥」


安堵してしまった。


「なに、安心してるの」

「起きてたんですか?」

「靴を脱いだ音がしたから、

誰か来たんだろうなって」

「‥誰だと思ったんですか?」

「さぁ」


シオンさんは眠たそうな顔をしながら、

あくびをした。


「あの人達、来るんですか?」

「縁切れてるからそんなことはないよ」

「じゃあ、誰だって‥」

「てんりちゃんだよ〜」


「そうなら最初から言ってくださいよー」

「今度は、雰囲気合わせてくれたね」

「いや、怪しすぎますから!」

「ふふ、そっか」


シオンさんはベットから立ち上がり、

部屋の窓を開けた。


「クーラー、じゃないんですか?」

「自然な空気が吸いたいんだよね」

「でも、今日暑いですよ」

「そうなの?私的には寒いよ」

「風邪でもひいてるんですか?」

「いや、病じゃない」


「てか、なんで物減ってるんですか?」

「ただのメンブレってやつ〜」

「にしては、減りすぎですよね」

「そう?」


明らかに、シオンさんの様子がおかしい。

昨日もなんだか、私に対して優しすぎたし、

死にそうな顔をしていたし、おかしかった。


シオンさんと一緒にいられる時間が、

残りわずかしかないように感じられた。


「てんりちゃん、今日も泊まってかない?」

「え!いいんですか?」

「うん、もちろん〜」

「じゃあ、着替え持ってきます!」


シオンさんの家を出て、自分の家に着いた。

下着をサッと適当にとる。

柄や色なんてどうでもいい。私は早くシオンさんの元に帰りたい。ただ、その一心だった。


この気持ちは世間一般的には恋心と言うのだろうけれど、私とシオンさんの関係に名前がつけられないのと同じで、この気持ちにも名前なんてつけられないし、そもそもそんなの存在しない。


シオンさんとの時間が何よりも大切で、心地が良かったから、私は急いで家へ向かった。

この努力が無駄だとしても、なんでもいい。

少しでも、貴女と一緒に居られる時間が増えて欲しかった。


5階まで、小走りで階段をのぼった。

疲れが滲み出ていても、やめられない。


ドアノブを回し、扉を開ける。

リビングから良い匂いがする。


「おかえり〜

そんな急いじゃってどうしたのさ?」

「今にも貴女が何処かにいなくなりそうで、

怖かったんです」

「ずっと、ここにいるよ。」

「‥ですよね」

「そんな事より、

パエリア作ったから食べようよ〜」


シオンさんは、机にフォークを置いた。

そして、パエリアにパセリをのせ、レモンを絞った。海鮮が鮮やかで、綺麗だ。


「よし、できた〜」

「美味しそうです」

「そんなに不安に飲み込まれないで、私は今ここにいるんだから安心してよ。

ご飯食べて、そんな不安を忘れちゃおう〜」

「そ、そうですよね!

なんか、思い込みすぎちゃいました」


「「いただきます」」


ご飯をもぐもぐ食べる彼女は綺麗だった。

生きている人を見ることって、こんなにも美しいものだったんだ。その時、私はふとそう思った。


ご飯を食べた後、お風呂に入り、服を着替え、髪の毛を乾かした。

シオンさんの家にあるドライヤーが私の家にあるドライヤーと同じだったから、嬉しかった。


「てんりちゃん、ベランダに来て」


リビングにいる私をシオンさんはベランダに誘った。


「ここから見る夜景、綺麗じゃない?」

「…綺麗ですね!」

「あのさ、てんりちゃん。」


シオンさんは、空に浮かぶ星を見た。


「なんですか?」


すると、私の方をじーっと見つめた。


「私ね、てんりちゃんがお母さんに対して、思っていることは正解だと思うんだ。」

「‥シオンさんも、そう思うんですか?」

「うん、私が思っていることは正確な正解とは限らないけれどさ。君は正しいと思う。」

「私は、シオンさんは正しいと思います」


「そんな正しいこと言ってたっけ?」

「やっぱ正しくないかもしれないです」

「あはは、そうかもね〜」


彼女は、口を大きく開いて笑った。


「あ、早く寝ないと」

「もうこんな時間なんですね。

時間って経つの早いんだな」

「まぁ、場合によっては、結構早く感じるよね」


ベッドに入り、掛け布団をかける。

ベッドがフワフワしていて、心地よい。


「おやすみ」

「おやすみなさい」


電気を消した。


眠気が襲ってきて、意識が曖昧になってきた。


その時、シオンさんは小さな声で何かを言った。


「もう、眠ってるかな?どっちでもいいけど」


「返事ないし、眠ってるっぽいな」


「もしさ、私がいなくなっちゃったら、

存在ごと忘れてくれないかな?」


「‥なんて言っても、君は忘れれないよね」


























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