第8話 心強い味方

 聖のところへ行ってから、なかなか帰ってこないさくら。

 心配になった旭はさくらを探すことにした。


 さくらが行きそうなところを探してみたが、見つからない。

 もしかして、まだ聖の部屋にいるのかもしれない、そう思った旭は確かめるためにそちらへ足を向けた。


 聖の部屋のドアをノックする……しかし返事がない。


「失礼いたします」


 ドアを開けると、壁際で座り込むさくらの姿が目に飛び込んできた。


「さくらさん、どうしたんです? 聖様はどこへ?」


 聖の姿はなく、彼女だけがいることを不思議に思った旭は、さくらに問いかけた。

 そして、さくらの泣きらした顔を見た瞬間、旭は悟った。


 聖と何かあったな……。


 旭は小さくため息をつき、優しくさくらに声をかける。


「何も言わなくていい、とにかく一旦ここを出ましょう」


 さくらを立たせようとするが、足に力が入らず立ち上がりにくそうにする姿を見て、旭はさくらを抱き上げた。


「ひぇっ」


 さくらは驚いて変な声が出てしまった。

 まさか旭にお姫様抱っこをされる日がくるなんて、思いもしなかった。


 さくらが旭を見つめると、旭もさくらを見つめ返す。


「暴れると運びにくいので、じっとしておいてくださいね」


 旭は軽々とさくらを抱え、颯爽さっそうと聖の部屋を出ていった。





 注いだばかりの熱々の紅茶が、そっとさくらの前に置かれた。


「温まるから飲みなさい」


 ここは旭の部屋。


 涙でれあがったまぶたに、悲壮感ひそうかんたっぷりの表情をしたさくらを何処に連れていけばいいか迷い、旭は自室で休ませることを選んだ。


「何があったか知りませんが、落ち着くまでここにいるといい」


 旭は自分も一息つき、紅茶を飲む。


 さくらもそれにならって紅茶を一口飲んだ。

 紅茶の温かさと共に、気持ちもほぐれていくようなその感覚に、さくらはほっと息をつく。


「すみません、ご迷惑をおかけして」


 さくらは申し訳なさそうに俯き加減で謝った。

 旭は優しく微笑むだけで、何も言わない、何も言わず側にいてくれた。


 さくらは旭の優しさに、また涙が出そうになる。


 旭には甘えっぱなしで、いつも助けられている。

 困った時、どこからともなく現れ、さくらをいつも救ってくれる。


 さくらは苦しい胸の内を誰かに打ち明けたかった。


 彼なら受け止めてくれる、そんな気がした。


「旭さん、聞いてほしいことがあります」


 さくらの真剣な眼差しを受け、旭はさくらに向き直りゆっくりと頷いた。



 未来を見る能力のこと、聖からの告白、そして聖への複雑な想い。


 今まで溜め込んでいた気持ちをすべてさらけ出し、旭にぶつけた。


 何も言わず黙って聞いていた旭が、さくらに問う。


「で、さくらさんはどうしたいんですか?」


 さくらの瞳が揺らいだ。


「私だって……本当は聖様が好きです!

 聖様がたとえ誰を好きでも、私の想いは変わらない。私を好きだと言ってくれて、本当に嬉しかった。天にものぼる気持ちでした。

 でも、聖様のお相手は私ではいけないと思って。

 ……そうですよね?」


 旭の表情を窺うように、さくらは視線を向ける。

 少しだけ間を置いて旭が答えた。


「まあ、世間的にはそうでしょうね」


 旭の答えに、さくらは落ち込む。自分の方から聞いておいて情けない。


「やっぱり、そうですよね……。

 それに私の能力のことだって、知ったら気持ち悪いですよね。

 未来が見えるなんて、一緒にいたくないじゃないですか」


 旭は手をあごに添え、少し考える。


「そうですね、人によるでしょう。

 その能力を利用しようとする者にとっては、あなたは魅力的でしょうし……」


 そう言われて、さくらはさらに落ち込んだ。

 そんな人たちに好かれても嬉しくない。


「私はあなたの能力を聞いても、気持ち悪いなんて思わなかったですけど」


 旭がそうつぶやくと、さくらは驚いて旭を見つめた。


「本当ですか?」


 前のめりに聞いてくるさくらに少し驚きつつ、旭ははっきりと告げた。


「ええ、さくらさんはさくらさんですから」


 なんてことない表情で平然と言う旭。


 さくらは衝撃を受けた。


 聖に拾われた時と同じ感覚。

 自分を認めてもらえ、受け入れてもらえたような。


 旭はやっぱりすごい、私が欲しかった言葉をくれる。


 なんでわかるんだろう。

 それとも、旭さんが人として素晴らしいから、そんな言葉が出てくるのだろうか。


「ありがとうございます」


 さくらが嬉しそうに微笑むと、旭は優しく微笑み返した。


「聖様は素晴らしい人間です。お優しく、人柄も良い。

 あなたが気にしていることなど、あの方は気にしないと思いますよ」


 そう、聖は優しい人だ。

 さくらのことだって、受け止めてくれるかもしれない。


 そう思う反面、もし拒否されたらと思うと……そちらの恐怖の方が大きく、一歩が踏み出せない。


 彼を失ってしまうことは、さくらにとって死に値することだった。


 考え込んでしまったさくらを安心させるため、旭はさくらの頭をそっと撫でる。


「今まで一人で抱え、苦しかったですね。また相談したいときは私でよければいつでも聞きますよ」


 その顔に嘘は感じられない。

 旭は本気でさくらを心配してくれている。


「旭さん、ありがとうございます」


 さくらは心の底から旭に感謝していた。

 ありのままの自分を受け入れ、励ましてくれたこと、本当に嬉しかった。


 さくらが笑顔を向けると、旭も嬉しそうに頷いた。

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