第2話 予知能力


 さくらは食事を載せたカートを押していく。


 長い廊下をゆっくりと進んでいき、食堂へと辿り着く。そこにはもう既に黒崎家一同が顔をそろえていた。

 三人ともいつもの席へ座り会話を楽しんでいるところだった。


 さくらは会話の邪魔にならないように静かに食事を配っていく。


 この屋敷のあるじである智彦ともひこ、世界に名をとどろかすほどの財力と権力を持っている。世界の経済を支える財閥ざいばつのトップ。

 少しふくよかで丸い体とチョビひげ強面こわもてとはギャップを感じさせ可愛さを演出している。


 智彦の向いに座っているのが長男の誠一せいいち

 彼は、頭脳明晰ずのうめいせきで戦略家。冷徹非道れいてつひどうなところがあるが会社の業績を上げることに成功し、実力が認められ今は社長を任されている。

 ルックスがいいこともあり、どこか冷たいその性格もクールだと好評で、雑誌などにイケメン社長などと取り上げられ女子人気は高かった。本人も会社のイメージアップに繋がるとほくそ笑んでいるようだ。


 そして、智彦の隣に座っているのが、次男の聖。

 富や名声、権力などにはまったく興味のない、温和で優しい人。お人好し過ぎるのが少し心配ではあるが、そこもまた彼の魅力だ。

 彼もまた可愛らしい風貌ふうぼうで幅広い層から人気があった。さらにその性格の良さから、男女問わず人気は高かった。


 聖はさくらの恩人であり、命より大切な人。


「おい、使用人!」


 誠一の一喝いっかつでさくらは我に返り、急いで振り返った。


「はい!」


 誠一が冷めた目つきでさくらを睨んでいる。


「落ちた、拾え」


 誠一があごで指し示した先にはナプキンが落ちている。

 さくらは下に落ちたナプキンを急いで拾うと、新しいナプキンを誠一に渡す。


 乱暴にさくらからナプキンを奪った誠一が、手で下がれと合図する。


 しかし、なかなかさくらが動かないので不振ふしんに思った誠一がさくらをいぶかしげに見た。


「おい、おまえ、何をしている。下がれと言ったんだ」


 普段なら大人しいさくらが、こんな不機嫌そうな誠一に意見するなどありえないのだが、その日は違った。


「あの……グラスをお取替えいたします」

「なぜだ?」

「グラスに汚れが」


 そう言われた誠一がグラスをよく見ると、薄く指紋しもんの跡が見えた。


「ほう……おまえよく気が付いたな。

 こんな薄い指紋、よほど近くなければ見えないぞ」


 さくらを怪しむような目で睨みつける誠一に、さくらの目が泳ぐ。


「私、目が良いので」


 誠一の手からグラスを素早く回収し、新しいグラスを置いたさくらは速やかに下がっていった。


 去っていくさくらの背中を見つめながら誠一は思案する。


 ……あのメイド、たまに妙な言動を取ることがある。しかし、なぜかその後事態はいい方向へ転ずることが多い。


 あいつ何かある……、探ってみるか。


 誠一はさくらが消えていった方を見つめ、楽しそうに微笑んだ。





 長い廊下の壁にもたれかかりながら、さくらは息を吐いた。


「誠一様、苦手だなあ」


 あの場から逃げ出したさくらは、廊下の隅で一人愚痴ぐちる。


 先ほど誠一に触れたとき、彼がグラスを持ち怒っている姿が頭に飛び込んできた。 

 それでグラスをよく見てみると、指紋しもんがあることに気づいたのだ。


 彼は潔癖けっぺきでわずかな汚れさえ許さない。

 もしグラスに指紋があり、それがそのまま誠一の手に渡っていたら、かなり激怒していたことだろう。


 さくらには未来が予知できる能力があった。


 それは小さい頃、突然現れ、さくらを幾度いくどとなく救ってくれた。

 もしかして、不遇な時代を乗り越えるために、さくらが生み出した能力なのかもしれないと考えていた。しかしどうすればこの能力が消えるのかはわからなかった。


 人に触れたときに見えることもあれば、突然何の前触れもなく未来が飛び込んでくることもある。

 その内容は様々だったが、さくらに必要な情報を伝えてくれている気がしていた。


 この能力のおかげで、助かったことや役立ったこともたくさんある。

 しかし嫌な思いをすることの方が多かった気がする。


 さくらの言葉や行動の意味がわからなくて人から気味悪がられたり、助けようとして反対に怒られたことも山ほどあった。

 さらに使い方次第で、この能力は人の運命も変えてしまうというリスクも背負っている。


 だからこの能力はさくらだけの秘密だ、誰にも知られてはいけない。

 能力のことを悟られないようにいつも細心さいしんの注意を払っていた。


 もし、聖に知られたら……どう思われるのだろう。

 そんなこと考えただけで恐ろしかった。


 絶対に知られないようにしなくては。


 さくらは気合を入れるため、頬を軽く叩く。


「よしっ」


 さくらは次の仕事へと向かっていった。

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