転生者ですが目の前に追放系主人公がいます。たぶん主人公あいつです
七篠透
第1話:追放系主人公との出会い
どうも皆さんこんにちは。
異世界転生者です。
そして、目の前に、追放系主人公がいます。
たぶん俺、主人公じゃないっす。
「お前、パーティ抜けろ」
そんな声が聞こえてきたのは、15歳の誕生日に、まあよくある冒険者の酒場的なところで冒険者の登録をすませたときのことだった。
見れば、筋骨隆々で金髪角刈り、やや彫りが深い顔の人間の男と、女と見まがうほどのイケメンな、緑色の長髪が特徴的なエルフの魔術師、猫耳から獣人種と分かる、赤く短い髪が快活な印象を与える弓手の少女、そして、なんとも王道ど真ん中で特徴を探すのに苦慮する、人間とおぼしき神官の少女を前に、青い髪の青年がうなだれている。
俺は騒ぎのすぐ隣のテーブル席に座って果実ジュースを注文した。
追放系ファンタジーの第一話を特等席で鑑賞できるから、というドアホ極まる動機だ。
「な、なんで、かな」
追放を言い渡されたやや気弱な雰囲気の、青髪の青年の問いに、パーティのリーダーらしい、金髪角刈りの男は苛立ったようにテーブルを叩いた。
「お前のメイン技能言ってみろよ、戦士だろ戦士! 重装備で敵の攻撃受け止めて、強力な武器で敵をなぎ倒す戦士だろうが! なのにお前と来たら敵はじゃんじゃん後ろに通す、攻撃も当てられない! お前の仕事は荷物持ちか? 買い物係か? 違うだろ!」
男の言い分が事実なら、わりとまっとうな追放だった。
こういうのは、明らかに有能なサポート役が理解不足で追い出されるとかがお約束だろうと思うのだが。
もちろん片方の言い分だけで判断することでもないが、まあそれはこの際どうでもいい。
これはチャンスだ。
これが追放ざまあ系第一話なら、追放された青年は隠れた実力者に違いない。
そして追放されたこの瞬間だけは、青年はソロであることが確定している。
つまりこれは、実力者とパーティを組むまたとない機会なのだ。
俺は、ちょうど届けられた果実ジュースを一気に飲み干し、まだ立ち去っていないウェイトレスに木製のジョッキと代金を渡すと、そのまま涙目になる青年といきり立つ男の間に割って入った。
「なんだてめえ!」
当然、いきり立つ男の怒りは俺に向くが、そんなことをいちいち気にしてなどいられない。殴られるくらいで実力者とパーティを組めるなら安いものだ。
「すみません、この方、いらないならもらっていっていいですか。パーティメンバーが欲しくて」
「お、おう…」
予想に反し、男は激昂して俺を殴るといったこともなく、毒気を抜かれたように呆けた顔で俺を見て、言った。
「でもよ、いいのか? こいつ本当に使えねえぞ? 抜けたこいつの代わりにお前さんを俺達のパーティに加入させるって方法だってある。見たところ駆け出しみたいだし、きっちり育ててやるからよ、どうだ?」
男の提案は、俺を気遣ったものだった。
俺の種族を見抜いて、仲間探しに苦労するだろうと踏んで配慮してくれたというところか。
だが、この誘いは危険すぎる。
この状況が俺の知る追放ざまあ系の第一話である場合、彼らについて行くと俺はまず間違いなくひどい目に遭って死ぬ。
「お気遣いありがとうございます。しかし、できれば強い人たちに囲まれて、甘えて育つようなことはしたくないので」
出任せにしてはまあましな言い訳ができたのではないだろうか。
などと自画自賛していると、男は少し笑った後、また怒りを顔に浮かべた。
「かーっ! こういうのだよこういうの! 自立心って言うの? そういうのがねえんだよおめえにはよお! わかってんのかカイト! てめえは甘ったれてんだよ! この駆け出しに弟子入りして根性鍛え直してもらえや!」
言いたい放題である。
が、言質は取った。
「じゃあ、もらっていって構いませんね。お兄さん、ちょっと散歩に行きましょう」
俺はうつむいて涙をこぼす青年を連れて、酒場を後にした。
冒険者の酒場から少し離れた、剣と魔法の世界にありがちな噴水広場まできたところで、青髪の青年はようやく口を開いた。
「あの、さっきはありがとう…」
「いえいえ。ちょっと待っててください」
俺は青年を噴水に腰掛けさせ、噴水広場の片隅にある屋台に向かった。
「おっちゃん、かき氷二つ。フレーバーはお任せで」
かき氷。
かき氷である。
中世風味のファンタジーでまさかのかき氷である。
それも、王侯貴族が一世一代の威信をかけて提供するパフォーマンスなどではなく、そこらの公園の屋台。
15年暮らしてさすがに慣れたが、この世界に転生して初めて見たときはめんたま飛び出るかと思ったものだ。
時代考証的には主に砂糖的な意味で生産が絶望的なフレーバーつきシロップ、氷を継続的に削れる強度の刃物を含む削り器が作成可能な工作技術、そして、削るそのときまで氷を氷のまま保管できる冷凍技術がなければ成立しない高度文明の産物が、この見た目中世な世界には、庶民がおやつ感覚に食えるお手頃価格で当たり前に存在する。
魔術というもはやご都合主義の塊レベルの便利文明がこの世界には存在しているためである。
もっとも、その魔術をかき氷レベルの娯楽に使える場所ばかりではなく、魔術という高度文明が行き渡っていない貧しい村や開拓地も存在するのだが。
「はい、俺の奢りです。これ食べて落ち着いたら、ゆっくり話してください。何があったのか、どう思って、どんな努力をしてきたのか」
噴水に戻って木製の椀に盛られたかき氷を青年に差し出し、俺はもうひとつのかき氷を口に運んだ。
もちろんこの椀は返却しなければならないし、プラスチックのストローを切って作った使い捨ての匙などはない。
あるのは木製の小さな木べらだ。
昔懐かしい駄菓子屋でアイス買ったらついてくるアレとほぼ同じ外見で、こっちは椀と違って使い終わったものはもらえる。
建築の時に出る端材から作られている上、自宅の暖炉やかまど、野営の際の火付けに適しているのでなんだかんだエコだ。
「…なんで、僕なんかにこんなことしてくれるんだい?」
この世界の文明レベルの象徴であるかき氷をただ見下ろしたまま、青年が口にしたのはそんな言葉だった。
まあ、仲間にあんだけボロクソに言われて自信喪失してればそんなもんか。
「ベテランパーティから追い出される人なら、ベテランとしては問題があっても駆け出しの俺には十分頼れる可能性があること、これが俺にとってのメリットです。そして、お兄さんも今は一人だ。単純に組む仲間は必要でしょう。つまり、自分にも相手にもメリットがある、WIN-WINって奴です」
とりあえず包み隠さず正直に話すことにする。
これから仲間として手を借りる相手だ。
不信感を払拭する努力は、怠るべきではないだろう。
「…僕が…僕なんかが、なんの役に立つって言うんだ!」
不意に激昂し立ち上がった青年の手から転がり落ちるかき氷。
「ああっ! もったいねえ!」
ほとんど反射で、俺はその椀を空中でキャッチし、こぼれかける氷をうまく受け止める。
「セーフ!」
かき氷ほどの高等技術の結晶が地面に投げ捨てられるのは忍びないし、食い物を粗末にするのも個人的に容認しがたい。
「あ、ごめん…」
青年は再度俺が差し出した椀を受け取り、かなり溶けてミゾレ状になっていたかき氷を一気に飲み下した。
腹冷えそう…。
「なんの役に立つかなんて、会ったばかりでわかるわけないですよ。だから、まずは話が聞きたいんです」
俺は空の椀を受け取り、かき氷屋に返してまた噴水に戻る。
片道1分程度の短い往復だが、氷の冷たさで腹の中から冷静さを取り戻すには十分な時間だったのだろう。
隣に座り直した俺に、青年は事情を話してくれた。
「僕はね、神官戦士だったんだ。最初は、神官としての役割を求められて、その頃はなんとかなったんだけど、それでも力不足で、専業の神官が入ってからは、神官としての役割もなくなって、残ったのは、使う機会がない神官としての技能に経験値を食われた低レベル戦士って訳さ。それで、みんなに愛想をつかされたんだ。きっと、ブランドルも悪者を演じるのは辛かったんじゃないかな」
レベル。経験値。
この世界には当たり前に存在する概念だ。
魔術の存在や文明レベルのご都合っぷりもそうだが、この世界は実にゲーム的である。
閑話休題。
追放の理由である、この青年が戦士として役に立たなかったという話は事実と考えて良さそうだが、この青年はもうちょっとこう、被害者意識を持ってもいいのではないだろうか。
おそらくブランドルというのが金髪角刈りの男のことだろうが、たとえ演技であってもあの言いざまが暴言であることには違いない。
なにより、戦士としても神官としても中途半端だが両方やれること自体が強み、というのが神官戦士というものではないのか。
それを踏まえ、俺は先程の、激昂した青年の質問に答えることにした。
「それなら、なんの役に立つかというさっきの質問に答えることも簡単ですね。神官戦士として役に立ちます」
「ぷっ…はは…なんだい、それ…」
俺の答えを聞いた青年は笑いながら目元に涙を浮かべ、
「カイトだよ」
そう言って手を差し出してきた。
「ラグナです」
その意味を誤解することなく、俺は自分の名前を答えながら握手に応じた。
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