第34話

 その昔。数百年も昔の話である。

 時代で言えば、江戸時代ぐらい昔。しかしその時にはもう既に道通様は神様ではなくなっていた。妖怪として名前を残っていた。


 それも出会ったら殺されるだとか、機嫌を損ねたら不幸になるだとか。とても元神様とは思えないほど酷い名前の残され方をしていた。

 だけれども道通様はそれでよかった。特にこれと言った問題などなかった。むしろその方が良い。別に崇められる必要などない。変に願い事を言われてしまったら、それを叶えるのもしんどい。叶わなかったら叶わなかったで、恨み言を言われる。それも嫌だ。


 変に期待をされるぐらいなら1人でぼんやりと生きていた方が何十倍もいい。その方が変に責任とかそう言ったものはないのだから。そう言った考えであった。


 ただし。折角神の力を持っている訳である。それで何もしない……というわけには行かなかった。とはいえ、人の為に何かをするのも嫌だった。だから、道通様は思いついた。そうだ、自分も得をして相手も得をするような事をしよう。


 そして、道通様は考える。自分は一体何をしたいのか。周囲にある木の身を手に握る。そして握り潰す。するとその木の実は粉になる。パッと手を離す。粉になった木の実は宙に舞う。もうそこには先ほどまでの木の実の姿は全くなかった。


 それに快感を覚える。多分これはおかしいこと。そんなのは分かっている。だけれども、やはり気持ちいいものだと思ってしまう。

 先ほどまで形のあったものが、一瞬で崩れてしまう。その姿を見るのは実に滑稽だ。何か形あるものを壊す。そう言った事をするのが道通様は楽しいと思っていた。


 そして、もっと、もっと、大きな物を壊したいと思う。虫、鳥。いやいや、神であるものは無闇に生物の命を奪うものではない。それをすると自然界から顰蹙を買ってしまう。それじゃ、悪を。悪であればいくらでも命を奪ってもいいのだろう。


 この世で悪のもの。それは一体何だ。

 動物には善悪など存在しない。あいつらはただ生きるか死ぬかだけだ。


 それじゃ。それじゃ。

 いつも道通様はそのような事を考えていた。そんなある日のこと。


 道通様が祀っている神社に3人の輩がいた。

 祀っている神社と言ってもそんな大層なものではない。結局この世は、江戸時代には既に蛇信仰というのは衰退していた。猿は日吉大社。兎は住吉大社、烏は熊野大社、そして狐は稲荷大社とそれぞれの動物には眷属として、大きな神社を任されているのに。蛇は何だ。どこの大社も任されていない。道通様はそれが不満である。


 だから昔は、出雲大社ほど大きな社を持っていた蛇大社も今はかなり衰退した。

 例えば、京都の北部に旧伊勢神宮という神社がある。結局伊勢神宮は伊勢に遷都したため、昔ほどの賑わいというものは無くなってしまった。しかし、それでも今でも旧伊勢神宮にはたくさんの参拝客がいる。名前だってちゃんと残っている。それに対して蛇大社は何だ。名前すらも残っていない。日本書紀、古事記を見ても、おおよその状況など掴めない。そのような状態であった。

 江戸時代。徳川政権でここまで名前がないのだから、それが明治、昭和になるともっと絶望的になる。戦争などでたくさんの資料が焼け、革命でたくさんの神社が潰され、稲荷大社のような大きな所は無事でも、蛇みたいなニッチな信仰は真っ先に排除。または統合の道に進むしかなくなる。事実、江戸時代では既に蛇信仰と稲荷信仰が一緒になってしまっていた。


 というわけで江戸時代。また蛇の神様の社があるというだけでそれは奇跡に近いようなものであった。だから決して、その神社というのは立派なものではない。

 通常、神社には御神体というものがある。しかしその神社にはそう言ったものはなかった。御神体がない神社もある。例えば三輪神社などは山そのものが御神体である。そう言った場合は、一般的な神社とは違って、立派な社があったりとかしない。いや、必要がないのだ。


 しかしその蛇の社はそのような状況とは違う。神社の先には朽ちた木があるだけである。木の枝はポキッと折れている。その先には根本から崩れ落ちてしまっているものだってある。何年も、何十年も手入れされていない。

 さらに、社と言ってもそれは河原で落ちているような石を積み上げられただけのものであった。また墓場の方が立派である。その周辺には、草木が生い茂っていて、茶色の土などは見えない。

 辛うじて、榊が立っている。それでようやく、この石ころは他の石ころとは違うんだぞ。ということが分かる。それがなければ本当にただの石である。


 流石の道通様もこんな場所に住むわけには行かない。結局、その神社から少し離れた小屋で人間と変わらない姿で生活をしていた。


 その神社のある場所も、かなり遠い。街の中心部から、現在の距離で2キロほど離れている。それも平坦な道では決してなく、細い山道の先にある。道などは整備されていない。途中、枝が生えている地面を歩かなければならない。

 それほど険しい道のりの先に、熊野大社のような大きな神社があれば問題ない。

 しかし、あるのはどこが神社なのか分からないようなところ。こんなところに参拝しても何も利益などなさそうである。それは当事者の道通様ですらも思う。


 そんなわけでそもそも、こんなところに人が来るということ自体が珍しかった。

 しかしその日は珍しく3人の男がこの場所に来ていた。見た様子だと、その男たちは参拝しに来たようではなかった。さらにもっと言えば、そのうちの男1人。顔はパンパンに腫れていて、服はあちこち破れている。そこから見える肌は決して肌色ではない。濃い紫色に変色してる。


 さらに両端の男2人に担がれてここまで来たようである。そして、中央の原っぱでその男を投げた。


「ほら、金出せよ。おりゃ」


 そのセリフから、金銭的トラブルであることが分かる。


「テメェ、何、俺様の前に横切っているんだぁ。あぁん?」


 この時代には大名行列というものがある……らしい。と言っても、あれは見せしめのようなものでもある。だからその場で大勢の人がいる中でやるのが恒例だし、何よりも2人でこんな痛めつけるようなやり方などはしないはずだ。となるとこれは……個人的な殺生である。


 そして1人の侍が刀を抜く。その刀の輝きは、数メートル離れている道通様の目にも入っていた。1人の侍の命が尽きるまで後数秒と迫っていた。それは困る。道通様は思う。


 もしそうなったらここら辺一体は血だらけになる。茶色の地面は、不気味な深紅に変化してしまう。それは嫌である。例え、今はこんなのでも、ここはちゃんとした神聖なる場所である。そこを汚されるのは許せなかった。


 ましてや、神道の中で最大の汚れというのは死である。その死というのが目の前で発生するということは避けなければならない。


 しょうがない。あの侍を救うか。

 そして道通様は呪文を唱えた。するとその木の影から何匹もの蛇が湧いてくる。


「な、何だ」


 その侍たちはそんな素っ頓狂な声を出した。その蛇たちは侍たちに向かって舌を出して威嚇する。完全に逃げ道を失っている。


「やぁ」


 と1人の侍がその蛇を数匹斬りつけた。そして蛇は息絶えた。

 しかしその蛇からは血など出ていない。目も開いたままである。ただ胴体は完全に切り離されている。


「蛇の半殺しという言葉があるのさ」


 蛇を殺すには、もっと完全に殺さないといけない。蛇は人にも生命にも執着の強い生き物なのだから。そして胴体を切り落とされた蛇は、ピクリと動き出す。そして切り離されたはずの胴体と胴体が結合する。そして


 その蛇は生き返る。またその侍の方へ舌を巻く。


 いや、それだけではなかった。草木の音からガサガサと物音がする。思わず、侍たちは一歩後ろへ下がってしまう。


 その草むらから、今の蛇よりも数倍の数の蛇がやってきた。そして柘榴の目で彼を睨んでいる。


 そして一匹の蛇がその蛇がその侍に噛み付くと、それが蛇たちにとって合図になった。そのまま、複数の蛇はその一斉に体に目がけてその侍の方へ抱きつく。


「この、この」


 そのまま侍は大量の蛇を体に巻き付けながら、この神社から逃げていった。しかし到底逃げ切れるとは思えない。蛇は執着心がある生き物なのだから。

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