絶滅危惧少女の仏滅
ぼっち道之助
第1話
6月30日。大祓日である。
「水無月の 夏越しの祓いする人は 千歳の命 延ぶと云うなり。思ふこと 皆つきねとて 麻の葉を 切りに切りて 祓ひつるかな」
空瀬神社の巫女、加茂美鶴はそう述べる。
神社の中央には大きな茅の輪があり、そこに数人の参拝者が左回りに、右回りに、くぐり抜けていた。
「蘇民将来 蘇民将来」
そう述べて、彼女は一息を吐く。
「この蘇民将来というのは人の名前でございます。陰陽師の秘書とも呼ばれているホキ内伝にも蘇民将来という人物は出てきます。
その蘇民将来には巨旦将来という兄がいました。その兄はとても裕福でした。そんな巨旦将来の元にスサノオという神様がやってきます。そしてどうか巨旦の家に泊まらせてくれないか。そうお願いをします。しかし巨旦は断りました。次に蘇民将来のところに行きました。蘇民将来は兄と違って非常に貧乏です。とても人に家を泊めらせる余裕などなかったのです。それでも彼はスサノオを家に泊めることにしました。
その蘇民将来に茅の輪を渡します。そしてそれを一族につけるように言います。
さてしばらくして、スサノオは怒りは収まる事などなかったのです。神である自分を卑下にした巨旦将来が気に食わなかったのです。だから巨旦将来一族を根絶やしにしよう。そう考えたのです。
再び、巨旦将来の元にやってきてそう告げます。ただし、千人の坊さん、全員が間違えずお経を言えたら根絶やしにするのをやめてやる。
これが所謂、千僧と呼ばれるものです。現在の伊丹に千僧という地名がありますが由来はこれと考えられます。ただし諸説はあります。
ともあれ、千僧という儀式を初めました。しかしたった1人。とある人物がお経を言い間違えてしまいました。その瞬間、スサノオは巨旦将来一族を根絶やしにします。ただし、茅の輪を身につけている人は殺しませんでした。これを持っている人は恩人である蘇民将来の一族だからです。
という話が現代まで伝わってきまして、夏祓いの茅の輪くぐりに繋がるのです。
さてみなさん、こう思うかもしれません。宿に泊めなかっただけで一族皆殺しとはやりすぎではないかと。しかし神というのはそんなものなのです。
今の話だと素戔嗚は凄く凶暴な神様のような感じがします。その一方で、出雲などでは八岐大蛇を退治した英雄として語られています。その八岐大蛇は出雲では女性を食う化け物として描かれています。しかし茨城の方では夜刀の神として崇められています。そもそも古代日本では、蛇というのは稲荷狐なんかよりもずっと神格の高い神様でした。
天照だってそうです。今では神様の中心的な存在の扱いですが、時には天戸の岩に隠れてたくさんの神様に迷惑をかけたりしました。
みなさんも同じような経験ありますよね? なんか気に食わないことがあったから人に八つ当たりしたり、拗ねてみたりしたということが。それが神様だって同じなのです。
イザナギはイザナミが死んだ時、とても悲しんだし、カグツチを恨んだりした。まるで人間のような行動です。
とまぁ、長々と語りましたが。結局何が言いたいのかと言いますと、神様を蔑ろにすると本当に拗ねてしまいます。そして神様が拗ねたら厄介です。もう世界を守ってやらないと職務放棄するかもしれません。
だから、うん。みなさま。一年に一回でもいいです。神様への感謝を忘れないようにしましょう」
と加茂はそう言い終えてお辞儀をした。
参拝者の何人かは拍手をする。そうして、加茂の元に小学生低学年くらいの女の子がやってくる。
「ねぇ、お姉さん」
「どうしたのですか?」
「お姉さんは神様と会話出来るの?」
「えぇ。私は毎日、神様の声を聞いていますよ」
「そっか。それじゃあさ」
その女の子の目からは涙がこぼれ落ちそうである。
「私のお母さん。病気治るように神様に言って欲しいな?」
「お母さん?」
「うん。私のお母さん。去年、倒れてしまって。お父さんとか、先生は本当のこと教えてくれないけれど。知っているんだ。もう命が危ないということを。だから。どうかお願い」
加茂は後ろを振り返った。そこには本殿がある。その中央には斎竹に囲まれた神籬がある。あそこには神がいる。違う。正しくは数年前世界を救った絶滅危惧少女がいる。
その神にこの話をして、何かしてくれるのだろうか。いやしてくれない。今、その神は天照のように天の岩戸の奥で拗ねているのだから。
などと、そのような真実を言えるはずがない。だから、加茂は笑顔を作った。そして
「分かった。言ってみるね」
と。そう言った。
しかし、その瞬間。小さな石が彼女の頭に当たった。誰かが砂利を投げてきた。
そして彼女の視線の先には、小さな男の子がいた。
「嘘つけ! インきち野郎!」
とその男の子がこちらへ向かってくる。
「僕、ママから聞いたんだ。この世には神なんていないって」
「そんなことないよ。神はちゃんとあなたたちを見守っています」
「それじゃ、どうして日本政府はオカルト禁止令を出したんだ!」
と、そう言われて彼女は黙り込んでしまった。
オカルト禁止令。
かつて加茂一族とその他の能力者たちは日女子(卑弥呼)などを保護するための秘密結社。八咫烏という所属を結成していた。そして影で日本を守っていた。
しかし江戸時代など進むと、こういった常人からした並外れたものでお金儲けをするようになった。それが本当に力のあるものならばいい。力がないものが、力があるように偽装してお金儲けをするような人があちこちに現れた。
例えば、江戸の街並みのあちこちに稲荷神社が出来た。しかしそれの何割がちゃんと勧請した物であろうか。建物だけあって、中には神霊何もない空虚な建物がいくつもあっただろう。しかし適当な神のありがたみを語り、お賽銭を貰う人たちがたくさんいた。
それだけなら正直言えば、まだ可愛い物である。
こう言った見えない力というのは時折大きな権力を得ることがある。人々を洗脳して国家転覆することがある。事実、江戸時代では神が一揆を起こせと託宣なさったと言って、本当にそれが発生した事案もある。
それを明治政府は恐れた。だからまず神社合祀というものを行った。これは神社を合併するもの。要は勧請を受けていない神社があちことに散乱して、そこで金儲けやら人々を洗脳する輩がいたのでそれを取り締まろうとした。
その次に井上円了のようなオカルト否定派の学者が出たりもした。
例えば、明治三十五年。王子精神病院院長の門脇真枝氏による「狐憑病新論」と言ったような狐憑きの正体を暴くような著者も作られるようになる。
そして明治四十一年六月、島根県教育委員会は「狐憑病に関する迷信排除の旨意書」を発する。また日本放送委員会では狐憑きなどないという趣旨の放送をすることになる。
このように近代化するに連れてオカルトを禁止するようになっていく。
とはいえ、まだ人々はオカルトを頼ることもあった。
2000年代。疫病が流行った。その疫病は、科学の力を持っても正体不明とされた。
いつだって科学を超えた先にいるのは実怪。つまりオカルトである。そしてその実怪を自由に操るのは呪術者と呼ばれる人。
加茂たちはその呪術者たちの1人であった。そしてその当時は世界を救う英雄として名を馳せていた。
しかし先述した通り、人間というのは強欲であり、この正体不明の力を使って金儲けをしようとする輩、権力を得ようとする輩というのはいつだって存在するものである。
その人たちが表に出れば出るほど、加茂たちの呪術も不審なものに変化して言って、やがて詐術と言われるようになる。
また日本政府はその詐術で金儲けをする人を取り締まるために、2000年代疫病に対する呪術禁止令を出した。つまり国直々に、呪術は存在しないと宣言された。その結果、加茂たち呪術者は世間から追放された形となった。
「日本の偉い学者たちが、オカルトは存在しないと言ったんだよ! だから神様なんていないんだ! 第一、なんだよ。僕は、ここで野球を上手くなりたいだとか、テストでいい点数取りたいだとかお願いしてもちっとも願いを叶えてくれない」
「それは違います。神社にいる和魂は静かに恵を与え、荒魂は決意を後押しするのです。結局神様は願いを叶えるのではなく、叶えるための力を与えるのであって後は本人次第というか」
「うるさい、うるさい」
彼は地面にあった石を手に持った。そしてそのまま本殿の方へ走り、そのまま投げた。その石は奥にある鏡に当たった。
「あっ」
「へへ。ほら、罰でも早く与えてみろよ」
その瞬間である。
空には分厚い灰色の雲が広がる。その空に大量のカラスが舞う。どんどんカラスの数は増えていき、やがて雲すらも覆った。完全に光が失った。
さらに、この神社の空間に加茂と男しかいなくなっていた。
(神域郭大!!)
通常、神というのはその力を持って現世で人を自由に殺生することが出来ない。その天罰を与えることが出来る空間を禁足地、つまり神域という。その神域は別名アリハンとも呼び、通常の人は入ることが出来ない。入ることが出来るのは、神の力を持つ人か、これから天罰を受ける人のみ。
そしてその神域を広げることによって、自由に特定の人を殺生できるようになる。
つまりは今。この少年は神によって殺生されようとしていた。
「哀れな人の業。和を壊し、奇を置いて、幸忘れた、霊に世の旨意なし。よって我の手によって四魂離合させ給おうかな」
と本殿の方から低い声が聞こえた。
「な、なんだよこれ」
この異様な空間。男は恐怖で戦慄いでいる。肩を細かく震わすだけで何も出来ない状態になっていた。
「絶体絶命。絶体も絶命も凶星であり、君たちの引くおみくじでは、死すべしと言われる状態。ちなみにおみくじで書かれている死すべしという言葉の意味は、自分が生死に彷徨った時に確実に死の方へ傾く。つまり命を大事に冒険をせず過ごしなさいという助言。と言っても今、もう遅いのだけれども。絶体、絶命。つまり君は今ここで絶体に死ぬのさ」
本殿から聞こえる声がそう言う。
「ちょっとヨル! そんな馬鹿なことはやめなさい!」
「相変わらず美鶴はお人好しだな。あれだけ馬鹿にされてどうしてそいつを庇う。素戔嗚様なら一族全員皆殺しだぞ。それを考えたら僕はこの子、1人の命で許してやろうと言っているんだ」
雷がその男の元へ落ちていく。
「サムハラシャコウ」
と加茂は胸元から護符を取り出し、そのような呪文を唱えた。そしてその雷は男の横をかすめた。
「美鶴はその男を守るんだね。いいだろう。君は守護天。つまり守ることしか出来ない神だ。それに対して僕は荒神。つまり攻撃しか出来ない神だ。この場合、どちらが有利か。君も分かるだろう」
本殿の神が言う通り、加茂は守護の呪術しか使えない。つまりあの神を抑えることなど出来ない。
(もしあの神を抑えることが出来るとしたら)
調伏師と呼ばれる人だけである。そしてそれを出来るのは、今この世界ではとある人しかいない。
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