26.魔物の巣

 一手でも行動を誤れば、あるいは誤らなくとも命を落とすかもしれないこの状況で俺たちが打つべき手は何か。内心の焦りを抑え込んだ、俺は頭を回す。


 ひとつはこの大部屋にひしめく、おびただしい数の魔物を残らず殲滅すること。


 もうひとつはこの場からの迅速な退避。


 前者は魔物の強さが測れていない今、リスキーすぎる。数が多すぎるため、単体の脅威度が低くてもこんな開けた場所では圧殺されかねない。


 よって取るべきは後者の撤退。俺は瞬時に周囲の構造を確認し、少しでも生存率の高い撤退ルートを判断する。


 部屋から繋がる通路と思しき空洞が2か所、その中で最も自分たちから近く魔物の密度も薄いルート。


 見つけた。


 不幸中の幸いというべきか、通路まではさほど距離はなく、急に転移しきた俺たちに気づいている魔物の数もまだ少ない。全速力で駆け抜ければなんとかなるか……!


「こっちだ! 走れッ!」


「! わ、わかった!」


「マリー! 行きましょう!」


「あ、え……っ!?」


 先陣を切る俺の前に、魔物の一匹が立ち塞がる。俺の上背を優に超える体躯に、筋肉質な肉体、山羊やぎの様な頭部を持つそいつは、見た目にそぐわぬ俊敏さをもって、襲い掛かってきた。


 例によって、恐らく俺ではまともには受けられない。迫る巨腕に対して剣を添え、その力を利用して身を捩じる。


「ぐ……っ!」


 上手く逸らしたつもりだったが、想像以上の膂力に体が軋みを上げる。


「アデム様!!」


 なんとか逸らし切ったことで、あらぬ方向につんのめった山羊頭やぎあたまに、レティーナが渾身の右正拳突きを叩き込む。

 

 ただでさえ体勢を崩しているところ、その顔面に目掛けて突きこまれた打撃によって山羊頭の巨躯が砲弾のように吹っ飛んだ。


「レティーナ、助かった!」


「……っ!?」


 レティーナは吹っ飛ばした魔物の方を見て息を飲んでいた。


 助走による勢いまでついたレティーナの拳打を受けたにも関わらず、立ち込める土煙を払うようにのそりと立ち上がる山羊頭。


 今ので仕留め切れていないのか……!


 やはりまともに戦わないという判断は正しかったらしい。


 倒せなくとも今は距離さえ取れればいい。


 その後も間髪入れず、別の魔物が襲い掛かってくる。何かの骨に被膜で出来た翼を生やしたような気味の悪い見た目だ。さながら骨蝙蝠とでも呼ぶべきか。


 山羊頭と違って耐久面はそこまでなため、一撃で地面に叩き落とせるが、動きが速く如何せん数も多く厄介だ。


「リンファとマリーメアは飛んでいるやつを頼めるか!?」


「もうやっている! 【連鎖詠唱:尽く凍て貫けラピッドアイス】!」


 リンファの手数に長けた連鎖術式によって、骨蝙蝠は易々とは近寄れない。これなら俺やレティーナは最小限を対処するだけで済む。


「ひゃあぁ……っ!?」


「っ! マリーッ!?」


 次々襲い来る魔物どもをどうにかレティーナとふたりで退けながら前進し、通路までもう少しというところで、マリーメアの悲鳴が聞こえた。


 振り向くと、マリーメアが何かに躓いて転んでいた。すぐそこには山羊頭が迫っている。


「くっ……!?」


 今から助けに行くには俺とレティーナはやや先行し過ぎている。更に言えば間に合ったとしても、後方の魔物に構っていては前を塞がれる危険性がある。


「【二重詠唱:氷塊よ打ち砕けアイスストライク】!」


 そんな中、マリーメアまであと一歩というところまで来ていた山羊頭を巨大な氷塊が直撃する。リンファの精霊術だ。


 その隙に、リンファが倒れているマリーメアを助け起こす。


「早く立てっ!」


「う、うん……っ! 後ろ! です!」


「く!? ぁぐっ……!」


 リンファの弾幕がなくなったことでそれまで抑えられていた骨蝙蝠がここぞとばかりに距離を詰め、そのうちの一匹がリンファの肩口に食らいついた。


「リンファ!!」


「ほ、【ホーリーブラスト】!」


 マリーメアの放った光弾を避けて、リンファの肩から離れる骨蝙蝠。


「っ、このぉ!! 【凍て貫けアイスバレット】!!」


 解放されたリンファの術を間近で食らった骨蝙蝠はその身を砕かれて落下する。


 後衛のふたりが何とか魔物どもを対処し切ったことに胸を撫で下ろし、俺とレティーナは再び前の魔物に集中する。


 残る数体の山羊頭を辛くも退け、とうとう通路へ出る横穴にたどり着いた。


「急げ! こっちだ!」


 3人が横穴に飛び込んだのを見届けて、俺も通路へと身を投げた。


 そのまま走り続けることしばらく。山羊頭はその巨躯が祟って通路までは追って来られなかったため、迎撃の必要があったのは骨蝙蝠だけだったが、やがてそれも見なくなった。念のためそれより少し距離を取ったところで魔物の気配がないことを確認し、俺たちは足を止めた。


「はぁっ……! はぁ……!」


「けほっ、けほっ……ぅぐっ……!」


「リンファ様……!」


「リンファ、大丈夫か……!?」


 せき込みながら、肩を押さえて蹲るリンファ。


 さっき骨蝙蝠に食らいつかれた部分、リンファの肩口は肉が抉れて出血しておりそれなりの深手だ。


「ひどい怪我……! マリー、お願いできますかっ?」


 マリーメアが頷きを返し、リンファの患部に手をかざす。


「【セイントヒール】」


 暖かな光が傷口を包みこみ、その血を止めたかと思うと、ゆっくりと傷も塞がっていく。


「……助かった」


「礼なんて……マリーは……」


 思いつめたような表情で口ごもるように零すマリーメア。


「それにしても一体なにが起こって……?」


 危機から脱して、やや気持ちも落ち着いてきたところでレティーナが疑問を口にする。


「……転移罠だ。恐らく遺物アーティファクトに触れたことで起動したんだろう」


 俺の発言でマリーメアと、その手に持ったままの小瓶に視線が集まる。マリーメアも薄々察していたのだろうが、改めてはっきり自分が要因だと認識したことでショックを露わにした。


「マリーが、これを拾ったせい、で……」


「ま、待ってください! それなら傍にいて止めなかった私のせいでもあります! 罠のことだって教わったばかりなのに……!」


「……いや、そもそも俺がもっと早く注意できていれば防げた事態だ」


 もしくは迷宮へ入る前に、迂闊に物に触れたりしないように伝えるべきだった。既に踏破済みかつ、危険度も高くない迷宮と思い、警戒を怠ったのは間違いなくパーティーリーダーである俺の責だ。


 そうは言ってもマリーメアの表情が晴れることはない。どうあれ実際に小瓶を手に取ったのはマリーメアな以上、自責の念に駆られるのも無理はない、か……。


 だが今ここで責任の所在についてこれ以上話す意味はない。


「今はとにかく、この場をどう切り抜けるかを話そう」


「そもそもここはどこなのでしょう……?」


「断言は出来ないが、恐らくは元居た迷宮内で新たに発生した階層だろうな」


「新しい階層……そうか、今は魔王がいるから」


 魔王発生に伴う迷宮の変動、リンファがそこに思い至った。


「あぁ。ここまで元の危険度と乖離した変動は俺も他には知らないけどな……」


 元々の危険度Eに対して、魔物の巣モンスターハウスで戦った山羊頭は明らかにその危険度を大きく逸脱した強さだった。


 危険度Cの魔物も易々と屠るレティーナの一撃にも耐えていた辺りBか下手をすればA相当はあるかもしれない。


 そんな領域に飛ばされてしまったと。非常に不味いと言わざるを得ない。


「この先が出口に繋がっていればそれでいいが……最悪、迷宮守護者を倒して帰還陣を敷かなきゃならん」


「また迷宮守護者を……」


 魔物の巣には確認できた限りでももうひとつ通路があった。進んだ先が出口じゃなければ、そっちを探索する手もあるが、その為にはあの魔物の大群が蠢く広間をほとんど横断しなければならないのだ。


 今回の短い距離でもギリギリの突破だったことを考えれば現実的な手段ではない。


 迷宮守護者にしても、その危険度に比例して強力になることを考えれば、俺たちで倒せるかは分からない。少なくとも死闘は免れないだろう。


 それを察してかパーティーの間には悲壮感が漂う。特にマリーメアは深刻だ。自責に苛まれ、今にも泣きだしそうになっている。そんなマリーメアを前に俺は――


「まあここのところ危険度Cじゃ歯応えなかったから、ちょうどいいだろ」


「うぇ?」


 何でもないような俺の言葉に変な声を漏らすマリーメア。


「……そうだな、前みたいに守護者も倒せばいい。最近、実は歯応えがないと思っていたんだ。成長を確かめるにはちょうどいい」

 

 一瞬だけ驚いたように目を見開いていたリンファがそう言って不敵な笑みを浮かべる。傍らのユノも闘志を示しているのかやたらギラギラ光り出す。

 

「え、えっと……私も頑張りますっ!」


 そんな俺たちに、やや戸惑いつつもレティーナはやる気を見せる。

 

「え、そ、そんな簡単に倒せるのか、です……?」


 マリーメアが、縋るような、あるいは期待するような表情で俺に問う。


 正直に言えば、容易と思えない。それでも。


「あぁ、楽勝だよ」


 そう言い切って見せた。

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