25.猫と和解せよ
「な、何……え、ま、魔法……?」
「いや……蹴り、だな」
「蹴り……蹴り??」
マリーメアが
「いや……そうは、ならねーだろ……」
呻くような言葉。
なっとるやろがい。と言いたいところだが、俺も初見だったらそんな反応になる……というか蹴りで木をぶっ倒すの見た時に内心なってた。
「どうですマリー! これで私が冒険者としてやっていけると分かったでしょう!」
そんなマリーメアの困惑はそっちのけに、どや顔で胸を張るレティーナ。
「……ど、どういうことだよ、です!? お前、レティ姉に何しやがった、です!?」
「うおっ」
俺の胸倉――には身長が届かなかったため、裾を掴んで前後に激しく揺すってくるマリーメア。
「いや、レティーナでも戦えるようになる術を模索してたらこうなったというか……」
「ちょ、ちょっとどうしたんですか、マリー?」
「どうしたはこっちのセリフ、 です! 一体どうしちゃったんだよ!? です!」
「え、えぇ? どうしたって……わ、私何かおかしかったですか……?」
「どう考えてもおかしいだろ! です!!」
本気で分かってなさそうなレティーナの反応にマリーメアはとうとう地団太を踏み始めてしまった。
「そうだ、インチキ! インチキだろ! です! 一体どんな手品使ってやがる!? です!」
「インチキだなんてそんな……なるほど、分かりました」
「え?」
「これじゃまだ納得できないというわけですね」
「い、いやそういうことじゃ……」
「アデム様、リンファ様。もう少しお付き合い頂いてもいいですか?」
「構わんが……」
「僕も別に……」
「ありがとうございます! さあマリー! 行きましょう!」
「ちょ、レティ姉! 待って!? です!」
言うが早いか、足早に迷宮の奥へと進むレティーナと泡を食って追いかけるマリーメア。
俺はリンファと顔を見合わせ、肩を竦めた後、そのあとを追従する。
レティーナは絶好調だった。魔物を見つけると一目散に突撃。魔物に構える時間すら許さず嵐のように殲滅していく。午前中、罠にかかって危険な目に遭ったことなど忘れているかのようだ。
「む、あっちにも居ますね!」
「ぜぇ……はぁ……! 待って、レティ姉……! もう……わかった……から……!」
俺とリンファは最低限見失わない距離をキープして見守っているのだが、マリーメアは律儀にもレティーナの近くをついて回っていた。
それはつまりレティーナの異次元機動力に合わせなければいけないということで。10回程度の接敵を終えた頃にはマリーメアは息も絶え絶えになっていた。
「そんなピッタリ付いていく必要ないだろ」
「うるせぇ、です……!」
呆れ気味のリンファの言葉には刺々しく返して、なおもレティーナを追いかける。
「ま、ってぇ……! ……むぎゅッ!」
そうして振り回され続け、ふらつく足取りのマリーメアはとうとう倒れ込んでしまった。
「おいおい……大丈夫か」
手を差し出してみるが、マリーメアはそれを一瞥だけ寄越して自分で立ち上がった。
その拍子だった。マリーメアの被っていたヴェールがはらりと落ちる。
「おっと……落ちたぞ」
俺は咄嗟にキャッチする。それを渡そうと視線を上げて、俺はとあるものが目にとまった。
それはマリーメアの露わになった頭頂部にふたつ、聳え立つようにあった。細かにぴこぴこと動く三角形のそれは。
「……猫耳?」
「え? あ……かか、返せっ! ですっ!」
俺の呟きに、マリーメアは頭を触ると慌てたようにヴェールをふんだくった。
そのままヴェールを被ったマリーメアがこちらを上目遣いに睨む。
「見たな……です……!」
「え、いや……まあ」
見たけど……見たから何なのか。
警戒心を露わにするマリーメアはどこか怯えのような感情も混じっているように感じられる。しばし、なんと返したものか迷っていると、マリーメアから口を開いた。
「気持ち悪がらねー、です……?」
「気持ち悪がる?」
「……マリーは混じりもん、だから……」
混じり物、即ち混血。マリーメアの人の見た目に動物の耳というのは獣人と人との混血であることを示していた。純粋な獣人はもっと全身が毛深く、顔の骨格も獣に近しい。
「珍しいとは思うが、別に気持ち悪くは」
「うそだっ。スラムの冒険者どもは皆マリーのこと気持ち悪いって……!」
「うーん……?」
混血は確かに差別の対象となることがある。詳しいことは分からないが、どうにもマリーメアは冒険者によくない扱いを受けた過去があるらしいことは察せた。最初の当たりの強さやレティーナが冒険者として活動することを厭うのはそういう理由からか。
「本当に俺は何も思わんぞ。リンファはどうだ?」
「僕も別に。一時留まっていた地域ではそんなに珍しくもなかったし」
「……でも」
そう言い切っても、まだ半信半疑らしいマリーメア。
「何なら可愛くていいと思うけどな」
「はぇ? か、かわ……!?」
一瞬、何を言われたのか分からないような顔をしたマリーメアは見る間に顔を茹らせる。
「う……うるせー! バカやろー! です!!」
「えぇっ?」
謎の罵倒とともにレティーナの方へ走り去っていってしまった。
「なんだぁ?」
「君、誰にでもそういうこと言ってるのかい……?」
困惑していると、じとっとした目つきのリンファにそんなことを言われる。
「何の話だ」
「…………別に。ふん」
心当たりのない俺が純粋な疑問を返すと、リンファもやや不機嫌そうになってそそくさと歩き出した。去り際にユノが何か主張するように、俺の前でちかちかと点滅していった。
「ほんとになんだよ……」
残された俺はそう零すしかなかった。
◆
その後、マリーメアはあっさりとレティーナの力量を認めた。
「言いたいことはいっぱいあるけど、レティ姉がつよつよなのは分かった、です」
「じゃあ!」
「むう……レティ姉のやりたいようにすればいい、です」
といった具合に話は収まったのだった。
後は帰るだけである。
帰り道、レティーナはマリーメアにここ数週間のことを話して聞かせていた。
「――というわけで、私は晴れて聖女としての活躍の一歩を踏み出したのです」
「レティ姉、それやっぱ何か騙されてねーか……? です……」
「そんなことないですよ! アデム様は凄いんですよ?」
本人が傍にいるのにも構わず、俺やリンファのここが凄いというような話をし始めるレティーナ。よくもまあそんなに人のいいところが挙げられるな、と感心しつつもむず痒くなってくる。
「むう、そんなのマリーが一緒にいた方がもっと助けられた、です」
「あれ、もしかして妬いてます? もー、マリーは可愛いですねー」
マリーメアの頬をもちもちと捏ねるレティーナ。こうして見ていると姉妹のように見えなくもないな。
「むあー! やめろ! です! レティ姉嫌い!」
しばらくはされるがままになっていたが、流石に鬱陶しくなってきたのか、マリーメアがレティーナを振り払って、先に行ってしまう。
「あ、マリー! 怒らないでくださいよぉ」
「あ、おいそっちじゃないぞ……聞いちゃいないな」
マリーメア、そして追いかけたレティーナが言った先は
呼び戻すために後をついていこうとして、俺はふと足を止めた。
「アデム? どうかしたのか?」
「……いや、なんでもない」
ふと感じた違和感。
この迷宮、こんなところに横道あったか……?
◆
通路の先、開けた小部屋にふたりの姿はあった。奥まった箇所で何かを覗き込むようにしていた。
「ん、それは……?」
「アデム様、これって!」
レティーナの指さす先、マリーメアの目の前にあったのは何かの液体で満たされた小瓶だった。妖しくも美しい装飾を施されたそれは、数多の冒険者が求めてやまない迷宮の秘宝に他ならない。
――
強大な機能を有するものならば一生遊んで暮らせるほどの価値をもつものもあり、例え実用性の欠片もない冗談のようなものであっても蒐集家相手にそれなりの値が付く。
本来なら踏破済みの、それもこんな低危険度の迷宮ではまずお目にはかかれない代物だ。
そんなものが何故ここに。
そんな疑問からくる一瞬の思考停止。それが俺の判断を一瞬遅らせた。マリーメアが小瓶へと無造作に手を伸ばす様を見て、ハッと我に返る。
「待て、それに触れるな!!」
「えっ?」
俺の声にびくりと肩を揺らすマリーメアだったが、制止には一瞬間に合わずに小瓶を持ち上げてしまう。
遺物は冒険者であれば誰しもが見つけた瞬間小躍りしたくなる存在だが、だからといって迂闊に手にとるべきではないことも常識である。何故なら迷宮に現れる遺物には高確率で罠がセットになっているからだ。それもとびきり悪質な。
「レティーナ! マリーメアを守れ!」
「へ!? は、はいっ!」
「わぷっ!?」
咄嗟のことながら、俺の呼びかけに対応してマリーメアを抱き寄せるレティーナ。
「わっ!?」
俺は傍らのリンファをそれぞれ引き寄せ、何かあっても庇えるように構える。
…………何も起きない?
「な、なんだよ、急に脅かすなよ、で……す?」
いや、下かッ。
俺たちの足元を覆い尽くすように展開された魔法陣……これは――!
直後溢れ出した眩い光にたまらず目を閉じるのも束の間、体を一瞬、浮遊感のようなものが襲う。
光が収まった瞬間、俺は無理やりに目を開き、状況を悟った。
「なっ……!」
「ひ……!?」
「え……え?」
遅れて目の前の光景を目の当たりにしたリンファらが声を漏らす。
そこは先ほどまでいた場所とは明らかに違う、大きく開けた空間。
そして視界を埋め尽くさんばかりの魔物、
魔物、魔物、
魔物魔物魔物魔物
魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物魔物――。
迷宮探索において、およそ最悪に近しい事態。
罠による
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