23.冒険者認識票

 良くわからない成り行きで再び迷宮にとんぼ返りする流れになってしまった。時間的には早めに切り上げてきたので、ちょっとレティーナの力(文字通り)を見せるくらいは問題ないのだが……。


「さっさと行くぞ、です」


「まあ待て」


「なんだよ、です」


 俺としてもさっさと行って済ませたい気持ちは山々だが、物事には手順というものがある。


「まずは冒険者登録を済ませないといけない」


「……? 誰のだよ、です」


「お前のだ」


「は?」


 マリーメアが眉根に皺を寄せる。


「マリーは冒険者になんかなる気はねーぞ! です!」


「だとしても、迷宮に入るためには必要なんだよ」


 迷宮は国の所有物であり、原則として許可なしでは立ち入れない。そんな中で冒険者ギルドは国から迷宮の管轄を委託された唯一の組織であり、俺たち冒険者はその管理のもと迷宮探索を許されているのだ。


 よって、直接国に仕えているわけでもないマリーメアが迷宮に入るには、冒険者としての登録が必須となる。教会のお偉いさんでも例外はない。


 その旨を説明するとマリーメアは露骨に顔を顰めた。


「めんどくせー、です……」


「そうは言ってもな」


 規則だからどうしようもない。許可なしに迷宮に潜り込んで、もしそれがバレたら迷宮犯罪者として処罰されてしまう。


「しゃーねー、です……。じゃあ早く登録して行くぞ、です!」


「あ、おい……」


 俺の呼びかけを無視して足早に受付に突撃するマリーメア。


「登録しろ! です!」


「冒険者登録ですね。ではこちらの記入事項を……文字は書けますか?」


「書ける、です! ……名前だけ!」


「では代筆致しますね」


 多分に突っ込みどころのあるやり取りだが、受付の男性職員は至って冷静な対応だ。手慣れたものである。

 

 口頭で伝えられる必要事項を職員が手元の用紙に書き込んでいく。


「……はい、登録に必要な手続きは以上となります。これから冒険者認識票ギルドタグの発行しますので、今からですと……また明日以降にお受け取りにお越しください」


「わかった、です! ……おい! これで迷宮に行けるか? です!」


「いや、それなんだが……」


「まだなんかありやがるのか!? です!」


「認識票がないと迷宮探索の申請は……出来ない」


「つまり?」


「今日行くのは無理」


「…………はああああぁぁぁぁ!?」


 ギルドにて発行される冒険者認識票ギルドタグ。掌に収まるサイズのこれには冒険者の経歴や実績が記録され、ある程度以上の等級になれば一種の身分証明書としても機能する優れものだ。


 ギルドでの各種手続きにも必須であり、これがなければ冒険者は迷宮探索の申請や依頼を受けるといったことが一切できない。


 初登録時の発行にもある程度時間が必要で、仮に朝一に登録を済ませたとしても貰えるのは早くて昼過ぎかそこらといったところか。とうに昼を回った今からでは、明日以降の受け取りになるのは妥当といえる。


「だ、騙しやがったな! です!?」


「いや、騙してはないだろ」


「登録したらすぐ行けるって言っただろ! です!」


「言ってない言ってない」


 迷宮に入るには冒険者登録が必要としか言ってない。何なら今日は恐らく探索出来ない旨を伝えようともした。


「なんとかならねーのか!? です!」


「申し訳ありません、規則ですので……」


 受付の職員は苦笑い気味に返す。


「ぐ、ぬぬぬ……!」


 思わぬところで出鼻を挫かれたのがそんなに癪だったのか、マリーメアが低い唸り声をだす。


「本当に騒がしいやつだな……もうちょっと静かに出来ないのか?」


「あぁん!?」


 リンファの言葉にぐりん、と振り向いてメンチを切るマリーメア。首の傾きがチンピラそのものだった。


「ちょ、ちょっとマリー……リンファ様も、あまりマリーをいじめるのは……」


「レティ姉!? 誰がこんなちんちくりんにいじめられるかッ! ですッ!」


「ちんちくっ……!? どう考えてもお前の方がちんちくりんだろ!」


「はああぁぁ!? もっぺん言ってみやがれ、です!!」


「ちんちくりん!」


「むがああ! ぶっ飛ばす!」


「やるか!?」


 再びわちゃわちゃしだすリンファとマリーメア。このふたり、どうにも反りが合わないらしい。一見だと子どもの喧嘩みたいで微笑ましく思えないこともないが、現実は双方に濃密な魔力が渦巻き始めており、一触即発である。繰り返しになるが、ギルド内で派手な揉め事はご法度だ。内装でも壊そうもんならそれなりの処罰が待っている。


「だから落ち着けって、リンファ……」


「マリーも、もう暴れちゃだめです!」


 ふたりを俺とレティーナがそれぞれ引きはがす。それでもなお、互いに威嚇しあうふたり。もういっそ修練場にでも連れてってやろうかと考えた時だった。


「何を騒いでおるんじゃお主ら」


「やあ、レティーナ。戻っていたんだね」


 多くの者が我関せずと遠巻きにしている中、そんな言葉と共に近づいてきたのは、エランツァともうひとり。一目で教会関係者、それも相当高位と分かる格好の男だった。


「コルギオス様までいらしていたんですか?」


 わずかに目を見開くレティーナ。


「ああ、マリーメアが任務から戻るなり君が居ないと騒いでね。随分と心配しているようだから連れてきたんだ」


「別にマリーはひとりでも行けるのに勝手についてきただけだろ、です」


「もう、マリー!」


「ははは、まあ事実だね」


 マリーメアのあんまりな物言いにもコルギオスは笑みを崩さない。聖職者らしい物腰だ。どうにも薄っぺらい印象の笑顔という点に目を瞑れば、だが。


 コルギオスが俺とリンファの方を向く。


「君たちがアデム君にリンファ君だね。レティーナが迷惑をかけていないかい?」


 迷惑。その言葉にほんの少し、レティーナのが表情を曇らせるのが見えた。


「迷惑なんかじゃないさ。むしろ仲間として頼もしい。なぁ、リンファ」


「そうだな」


「……ふむ、レティーナがかい?」


「あぁ」

 

「アデム様、リンファ様……!」


 ちょっと他じゃ中々見ないフィジカルを発揮してるからな。頼もしいを通り越してちょっと怖いまである。


 コルギオスは興味深げに俺とレティーナを見比べ、ややあってから笑みを深めた。


「なるほど。冒険者ギルドに行くと聞いた時はどうなることやらと思っていたけれど、思いのほかいい収穫があったということかな……レティーナ」


「は、はい」


「がんばりなよ?」


「……! はい!」


 レティーナの返事にコルギオスは満足げに頷き、再びこちらに向き直る。


「レティーナのこと、よろしく頼むよ。……さて、僕はそろそろお暇しようかな。マリーメア、君はどうする?」


「マリーはレティ姉を取り返すまでは帰らねー、です!」


「レティーナはしばらく戻るつもりはなさそうだけれど」


「これから一緒に迷宮に行って、レティ姉がよわよわだったら帰るって言った!」


「迷宮? マリーメアがかい?」


「なんじゃお主ら。また迷宮に行くのか?」


「いや、それなんだが……」


 俺はエランツァたちに話の流れを説明した。


「なるほど認識票タグか。素直に明日まで待て……と言いたいところじゃが」


「エランツァ、何とかならないかな?」


「……仕方ないな。妾が適当に処理しておくから行ってこい」


「いいのか?」


「今回は身元が身元じゃからな。それぐらいは融通してやる」


 言って、嘆息するエランツァ。


「だそうだよ。良かったね、マリーメア」


「おう、です! じゃあさっさと行くぞ! です!」


「あ、ちょっとマリー! まだ行っちゃダメですよ! パーティー登録とか探索申請もしなきゃ!」


「まだ何かあんのかよ、です! 冒険者ギルドめんどくせー、です!」


「せわしないやつ」


「あぁ!?」


「なんだよ」


 騒がしい仲間たちを横目に、俺は少し苦笑してから手続きのために受付に向かった。

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