17.診察
元来、聖女という
治癒や防護の魔法は勿論、
それこそ、魔術師や僧侶を始めとした魔法系の後衛職は聖女からすれば概ね下位互換と言ってしまえる程の力があり、匹敵するのは勇者や剣聖といった同様に神託やそれに準ずる資格を要する
レティーナはそんな聖女のひとりだ。その適正に例外はなく、様々な術を扱える。のだが……。
薄暗い洞窟型の迷宮、【屍人の巣窟】にて俺は見慣れた
「…………」
俺からしてみれば蝿の止まりそうな速度の攻撃を適当に受け止めること十数合。満を持してその時は訪れた。
「【ホーリーショット】!」
声高な詠唱が響く。従って撃ち出された魔弾は、光の尾を引きながらスケルトンに肉薄し——
カコーン!
軽快な音を響かせた。
「…………?」
「…………」
果たして、その頭部に弱点である聖属性の攻撃魔法を受けたスケルトンはというと……ほぼ無傷。
衝撃で首を傾げた状態のスケルトンは心なし不思議そうな顔をしている気がした。
「せいッ」
「——!」
俺はその隙を逃さず(?)目の前のスケルトンを一刀両断した。
「えっと……その……どう、でしたか……?」
気まずそうな表情で問いかけてくるレティーナ。その後ろではリンファが口をへの字に曲げていた。
どうって……え、カスって感じだけど……。正直に言ったらまずいよな、どう考えても。
……いや、予想は付いていたのだ。何ならこの後も大体。でも一応、全部確認するべきだから……何かこう、あるかもしれないし……!
「次行こう」
「え、あ、はい」
俺はお茶を濁した。
「【ホーリーガード】!」
「?」
「素通りしてきてるが!?」
「【ホーリーエンチャント】!」
「…………違いが分からねえ!」
「ほ、【ホーリーフィールド】ぉ……!」
「わあ、ちょっと明るい……」
「ご、ごめんなさい……私、ちゃんとやってるつもりなのに、魔法、いつもこんな風になっちゃって……」
「謝る必要はない、けど、うーむ……」
使える魔法を片っ端から見せて貰ったが、結論から言って現状使い物になるものは何ひとつなかった。
防護魔法は薄紙の如く破られ、
適正とか熟練度とかそういう問題でなく、何か根本的な体質の問題としか思えなかった。それこそ俺の魔力みたいな。とにかく一度
「レティーナ」
「は、はいっ……」
俺が呼びかけると、レティーナはびくりと肩を揺らす。その表情にはどこか怯えのようなものが浮かんで見えた。また解雇通知を出されるとでも思ったのかもしれない。
「ちょっと手を出してもらえるか」
「え? はい……あ、アデム様っ?」
差し出された手を取って、意識を集中する。
「何か適当に魔法を使ってくれ」
「わ、分かりました」
レティーナが困惑しながらも詠唱を始める。
そこで感じられるレティーナの魔力量に俺は目を見張る。詠唱によって動く魔力があまりに膨大だったからだ。レティーナの魔力総量は少なくなどない。いやむしろかなり多い。
俺の知る中でも1、2位を争うまであるかもしれない。
ならば詠唱による魔力操作に問題があるのかと思ったが、そんなこともない。
これだけ魔力があって何故あんなへなちょこ魔法になるのか。意味不明だった。
「【ホーリーショット】!」
そうこう考えている内に詠唱を終えたレティーナが壁に向かって魔法を放った。膨大な魔力を練って発動した筈のそれは、やはり非常に貧弱な威力で、壁にぶつかると儚く消え去った。
「うぅ……」
相変わらずの結果を前に、レティーナがしょぼくれた声を漏らす。
だが、その一撃で俺はあることに気付いた。
「……原因が分かったかもしれない」
「ほ、本当ですか!?」
レティーナが魔法を発動した瞬間、その体内で渦巻いていた魔力の大半が放出されることなく霧散してしまったのだ。
ここから導き出される答え。
レティーナは魔力の放出口が極めて小さいのだ。
如何に巨大な水筒に酒を溜めていようと、その飲み口が針の穴程しかなければまともに飲めはしない。それと同様のことがレティーナの身に起こっていた。魔力はあるのにそれを活用出来ない、いわば俺の逆みたいな症状だった。
魔力量に対し出力が極端に低いのもこれで説明がつく。
俺はそれらの見解をレティーナに伝えた。
「そ、そんなことが……! そ、それでっ! 私は一体どうすれば!?」
「問題はそこなんだよなぁ……」
原因が分かったならば解決策があるかというと、そう簡単でもない。なにしろまともに魔力を放出することが出来ないのだ。そんな状態で聖女としての技能を機能などさせられるわけもない。
一応、今よりもましに出来る方法がないでもないが、非常にその場凌ぎかつ、実用的とは言えない代物でしかない。
「ちょっと難しいかもしれん……」
「そ、そんな!」
不安げな、それでいて縋るようなレティーナの視線が俺を刺す
「私、こんなだから、教会でも全然役に立てなくて……でも聖女なのは間違いないからって、腫物扱いで……」
急に重い
「もう、ほとんど空気みたいな扱いで、居心地も悪くて……だから、何も出来ない自分を変えたくて無理を言ってギルドに出向させて貰ったんです……私も誰かの……皆さんのお役に立てるようになりたいんですっ……!」
「とは言ってもなぁ……」
「エランツァ様から、アデム様ならなんとかしてくれるかもって聞いて……! み、見捨てないでくださいぃ……!」
半べそをかきながら迫ってくるレティーナを押しとどめる。
「見捨てない! 見捨てないから!」
魔力が放出できない……しかし魔力自体は多い……んん……ん?
「なあ、役に立ちたいんだよな?」
「はい!」
「……どんな形であっても?」
「もちろんです!!」
「厳しい道のりになるが……」
「かまいません!!」
レティーナを
だが、その手段で本当にいいのか……俺の中では葛藤があった。
レティーナの目を見る。その瞳には確かな決意が宿っているように見えた。
「……分かった。やるだけやってみよう」
「……! お願いしますっ!!」
レティーナは、聖女らしい、花のような笑顔を見せた。
「……盛り上がってるところ悪いんだが、その手はいつまで握っているんだ……?」
それまで静観にお努めていたリンファが耐えかねたように口を挟んだ。視線がじっとりしてる気がする。
「おっと、悪い……」
「え、あ……いえ……」
うっかり握ったままだった手を慌てて離すと、レティーナはその手を眺めてなにやらにぎにぎしていた。
手汗とかキモかったか……!?
「……もういいなら行かないか。それともまだこの迷宮でやることがあるかい?」
「い、いや。悪いな時間とって」
「す、すみません……私なんかの為にお付き合いいただいて……」
「……いや、構わない。パーティーだからな」
何となく不機嫌そうではあるものの、その言動は至って相手を尊重するようなものだった。リンファの精神面での成長を感じられて、俺は少しだけ笑みを漏らした。
◆
——数日後。
「そんな磨きかたじゃダメだッ! もっと重心を落として力を込めるんだッ! そのガラスは自らの魂と思えッ!」
「はいっ!!」
一心不乱に窓を磨くレティーナに俺は厳しい指導を入れる。
「……え? 何じゃ、この……何?」
「ん? エランツァか。おはよう」
「あ、あぁおはよう……じゃなくての……何これ?」
「何って……窓ふきだが」
見れば分かるだろう。
「あぁ、ふーん窓ふき、なるほど…………何させとんじゃお主ッ!!??」
早朝のギルドにエランツァの絶叫が木霊した。
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