16.何もなかった。いいね?
一度帰って手早く身支度を整えた俺は、再びギルドに顔を出していた。元々リンファとは待ち合わせをしていたのに加え、レティーナにもパーティー加入の話を決めるために集合してもらうことになっている。
ギルドに入り、周囲を見渡す。それらしき人影はおらず、ふたりともまだ来ていないらしい。ちょっと早かったか。
「あ、おはようございます、アデムさん!」
適当に時間を潰して待っていようと思っていたところ、耳馴染みのある元気な挨拶が聞こえた。
受付のカリネだった。
「……おはよう」
彼女の
いや、彼女はエランツァから事前に俺が来たら報せるように言われていたようだし、言うなれば職務を果たしただけなので、それについて不満を持つのは逆恨みでしかないと分かってはいるのだが……。
俺のあからさまに不機嫌そうな態度に、カリネがやや怯んだように呻きを漏らした。彼女にも思うところがあったのか、申し訳なさそうな表情を作る。
「う……。あー……昨日は大変、でしたね?」
「おかげ様でな」
「あ、あはは……ご、ごめんなさい」
そのままカリネは「てへっ」と自分の頭を小突いて見せた。ちょっとイラっとした。
「……はあ、まあいいや。昨日、俺が酔い潰れたあとどうなったか知ってるか?」
「あのあとのことですか? えっと、しばらくはギルドマスターと聖女様で飲み続けていたんですが、そのうち流石に聖女様も眠ってしまわれて……それで流石に他の冒険者の方と同じように食堂に転がしておくわけにもいかないからと、マスターが医務室へ……」
「……俺も今日医務室で目覚めたんだけど」
「その……聖女様がひっついて離れなかったのを、面倒だからとそのまま……」
俺はこめかみを抑えた。
やっぱり
いや、しかしだ。今の話で昨晩、俺とレティーナの間に過ちがないことはほぼ確定した。その点は安心できる。うっかり聖女様とアバンチュールなどしてた日には、どんな面倒なことになることか。世間体もそうだし、神導教会はおっかないのである。
「アデム様!」
そんなやりとりをしていたら、ちょうど
「すみません、お待たせしてしまいましたか……?」
「いや、俺も来てからそんなに経ってない」
リンファとの待ち合わせ時間にはまだ少しある。どうせ揃ったら朝食をとるのだし、食堂で待つか。
「……こんなところで立っててもなんだし、そっちで座って待ってよう。カリネ、またあとで」
ぺこりと一礼するカリネに見送られながら、俺達は食堂の席に着いた。
「もうすぐリンファも来る筈だ」
「は、はい」
「…………」
「…………」
沈黙。
どうしよう、いざこうして改めて対面するとすごい気まずい。
今朝はホムラがいたことで有耶無耶なまま済ましたが、冷静に考えて男女が同じベッドで夜を明かしていたというのは問題である。俺としては過ちはなかったであろうということで結論づけているが、彼女の方がどう認識しているかも定かではない。
……ここはその辺りにはっきりさせておいた方がいいか。もし何か誤解があったら解いておきたい。
俺は意を決して口を開き——
「「あの」」
見事にハモった。
「……すまん、先にどうぞ」
「い、いえ大したことではないので、アデム様からお先に……!」
「いやいや、俺も別に大したことじゃないというか」
「いえいえいえ、更に大したことじゃないので……!」
そうしてしばらく譲り合いにをした末に、不毛なので俺から話させてもらうことにする。
「……その、昨晩のことなんだが」
「!」
「……何もなかった、ということでいいんだよな……?」
恐る恐る聞くと、レティーナは、
「え、あ……えと、はい……」
言いながら頬を赤らめて俯いた。
…………。
え、何かあった感じ??
意味深なレティーナの反応に俺は固まってしまう。
レティーナはやや俯きがちに、上目遣いでちらちらとこちらを窺ってきていた。
俺は嫌な汗を流しながら、おずおずと問いかける。
「…………俺、もしかして何かやっちゃった……?」
「えぇっ? い、いえ! アデム様
「俺
「あっ」
何か引っかかる言い回しを感じて呟くと、レティーナがしまったとでも言うような顔をして口元を抑えた。
え、俺が何かされた側なの!?
「ち、違うんですっ、これは……言葉の綾といいますか……!」
わたわたと手を振りながら弁明になっていない弁明をするレティーナ。
……少なくとも俺からは何もしていなくて、仮に俺がされた側でも記憶がなく、実害とかそういうのも現状ない。まだ引き返せる。
俺は数秒瞑目した
「——何もなかった、ということで」
「は、はいぃ……」
俺はそれ以上の詮索を止めた。
人間、知らない方がいいこともあるのだ。
◆
程なくしてリンファがギルドへやってきた。
「リンファ、おはよう」
「おはよう。それと、君は……」
「おはようございます、リンファ様」
レティーナの丁寧なお辞儀につられて、お辞儀を返すリンファ。
「……なんでまた聖女様と一緒に?」
「それがだな……」
俺はレティーナが斡旋制限を受けたこと、昨晩エランツァに彼女をパーティーに加えるよう頼まれたことをかいつまんで話した。なお、酒でのあれこれについては一切伏せた。別に必要な情報でもないからであって、後ろめたいことなどは一切ない。本当に。
「なるほど……アデムが決めたことなら僕は構わないよ」
「そうか、なら決まりだな」
「そ、それでは!」
「あぁ、ひとまず同じパーティーとしてよろしく頼む」
「ありがとうございます! 誠心誠意、頑張らせていただきます……!」
無事リンファの了承を得られたことで、パーティーの一員となったレティーナはそう言って張り切った様子を見せる。
「そうと決まったところで確認しておきたいんだが、レティーナはどの程度の魔法が使えるんだ?」
「えっと……治癒魔法、防護魔法に聖属性の攻撃魔法を一応ひと通りは……」
およそ聖女の
自己申告するレティーナも内容に反して自信なさげだ。
まず間違いなく何らかの
その辺り、ここで詳しく話を聞いてしまってもいいが、ここは実際に迷宮で魔物を相手取るところを見た方が確実か。
「……よし、今日は早速迷宮に——」
くうぅ。
俺がそう言おうとした時、何やら可愛らしい音が鳴り響いた。思わずリンファを見るが、彼女はぶんぶんと首を振る。ということは。
レティーナが顔を真っ赤にして俯いていた。
「あー……取り合えず朝食にするか」
「……うぅ、すみません……」
レティーナは蚊の鳴くような声に、俺とリンファは苦笑を漏らした。
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