12.それを人はフラグと呼ぶ

 俺が迷宮守護者の再湧出に遭遇してからはや数週間。魔王発生の報せを受け、冒険者ギルドは平時以上の賑わいを見せていた。


 魔王の存在は人々にとって脅威ではあるが、こと冒険者にとっては歓迎されることでもある。まず単純に仕事が増える。迷宮の活性化に伴って、郊外にはあふれ出てきた魔物が増えるのだ。これを討伐したり、そもそも溢れ出る前に間引くといった依頼がギルドには増えることとなる。


 あとは迷宮守護者の復活であったり、迷宮変容による新エリアの発見、新たな迷宮そのものの発生などが挙げられる。


 これらの現象は地域によっては非常に危険なことなのだが、ここはタンデム。世界でも有数の迷宮都市であり、集う冒険者の質も量も最高クラスを誇る。よってそれらの対処が追い付かないことなどまずあり得ない。


 以上のように、魔王の発生とはタンデムの冒険者にとってはとにかく潤うイベントなのだ。


 

 そんないつも以上の活気に包まれたギルドの食堂で、俺はリンファと昼食を摂っていた。


 修練場での失態で俺は最悪痴漢として憲兵に突き出されるか、少なくともパーティーは解散かな等と覚悟していたのだが、幸い今もこうして活動を共に出来ている。


 それどころか、リンファはユノが怒って俺を攻撃してしまったことを謝罪までしてきたのだ。リンファに非がないのは勿論として、妹であるユノの怒りは最ものことで、何なら俺はあえて避けず勝手に当たったまである。謝罪の必要はないと伝えた上で10倍返しぐらいで俺は謝った。すべての責は俺にあります。ハイ。


 ところで、目の前で食事に手を付けるリンファは今、フードを被っていない。あの一件以来、どういう心境の変化かは分からないがフードをせず過ごすようになったのだ。


 その状態で改めてリンファの顔を見てると、これを男子と思い込んで過ごしていたことがちょっと我ながらどうかと思える。中性的と言えなくもないが、随分可愛らしい顔の造形をしているのだ。


 いやでもさ、四六時中目深にフード被ってると印象がさ……あと口調とか一人称とかさ……情状酌量の余地もあると思う……思わない?


 ただ、その辺りに関しても、リンファ自身に努めて性別を偽ったりしていたつもりはなかったらしく、次期当主としての教育を受けるにあたって男性らしい振る舞いを求められてきた時の名残というか癖らしい。


 俺がまじまじ見ていたことに気づいたリンファが、食事の手を止めた。


「な、なんだ? 僕の顔に何か付いてるか……?」


「いや、かわいいな、と……」


「なっ、か、かわっ……!?」

 

 しまった、つい反射的に思考が口に……。しかもすごい断片的な部分だけ口走ってしまった。


 リンファはフードを被りそっぽを向いてしまった。不愉快にさせてしまったかもしれない。最近表に出ていることが増えたユノが何やら荒ぶった動きをしている。どういう感情なんだ、それ。


「あー……すまん何か変なこと言った」


「い、いや、別に……」


 もじもじと落ち着かない様子のリンファ。それっきり会話は途切れる。

 

「相席、いいですか?」

 

 微妙な空気の中、食事を続けていると突然声をかけられた。声の主は受付嬢のカリネだった。


「俺は構わんぞ。リンファもいいか?」


 リンファが小さく頷く。


「ありがとうございます! お隣、失礼しますね」


 そう言って俺の隣に着席するなり、カリネは大きく伸びをした。

 

「んん~っ!」


「大変そうだな」


「えぇ、本当に大変ですよー! 忙しすぎて昼休憩まであっという間でした」


 魔王発生に伴い増えたギルド利用者の対応や、次々舞い込む依頼の処理でギルド職員は業務に日々追われているらしい。当然受付嬢であるカリネも例外ではなく、辟易とした様子だった。


「もう本当、大変で……この前なんて神導教会から聖女様が派遣されてきて……」


「神導教会から、しかも聖女が? そんなことあるんだな」


 神導教会とはタンデムを擁するホルキア王国の国教であり、周辺の国家群でも最大勢力の宗教のことだ。


 独自の戦力も保有し、冒険者ギルドとは一応協力関係にあるもののわざわざギルドに出向いてくる、それも聖女がというのは初めて聞いた。


「はい、私も驚きました。単身でやってきて、この一大事に是非協力したいとのことで……最初はギルドマスターが対応したんですが、ちょっと話したと思ったら適当なパーティーに紹介してやってくれなんて言って丸投げされたんですよ!」


「それはまぁ……あの人らしいな」


 エランツァの適当な対応が目に浮かぶようだった。


 それはそれとしてだ。


 聖女というのは、勇者と同様に神託によってのみなれる特殊なジョブのひとつで、勇者とは違い神導教会に属する人間からのみ選ばれる。


 強力な治癒魔法と聖属性魔法の資質を備えており、攻守共に優れた非常に強力な職なのだが、性質上神導教会のお抱えとなるので冒険者として活動することはまずない。


 例外として勇者パーティーには優秀な聖女の加入が慣例となっており、タンデムの勇者にもひとり同行していた筈だが、基本的には神導教会にて各種聖務等にあたる。


 そんな聖女のうちのひとりが冒険者のパーティーに加入して活動。ちょっと驚きである。


「それは……斡旋されたパーティーはさぞ喜んだんじゃないか?」


「うーん……それがどうにも上手くいかないみたいで、もう3つ程パーティーを移っている状態なんですよね……」


「ええ? なんだそりゃ」


「今何でこっちを見た」


「いや別に……」


 思わずリンファに視線をやって、ジト目を返される。


「最初はA等級のパーティーにご紹介したんですが、どうにも実力的に嚙み合わなかったらしくて、そのままB等級をと思ったんですがそこも……」


「その流れで今はD相当のパーティーとってところか」

 

 苦い表情を浮かべながら頷くカリネ。


 まあ、聖女と言っても皆が皆戦闘面に優れているわけでもないから、あり得るといえばあり得るか。


「このままじゃギルド始まって以来初の斡旋制限を食らった聖女が誕生してしまうかも……!」


「あー……」


「おい、だから何故僕を見る」


「いや……」


 他意はない。


「そん時はもう潔く教会に帰って貰えばいいだろ」


「それはそーなんですけどー……私たちもプロと言いますか。そりゃ相手が聖女様だからっていうのもありますよ? でもそれ以前に、私たちの斡旋が上手く出来てない結果でもあると考えると複雑な気分で……」


 要はギルドの業務に責任感を持って臨めているというわけだ。思えばそれなりの付き合いにはなるが、彼女が新人であった頃を知る身からすれば感慨深いものを感じる。

 

「カリネ……立派な子に育って……」


「誰目線なんですか、それ」


 雑談も程ほどに、食事を終えた俺たちはそのまま予定していた迷宮に向かうべくギルドを出る。カリネも受付の業務に戻っていった。


 しかし聖女が冒険者とはね。一緒になったパーティーも気を遣ってしょうがないんじゃないだろうか。案外嚙み合わないというのも、そういうところが起因していたりするのかもしれない。


 ま、俺たちには関係のない話か。

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