11.リンファ
——最近、気づけば彼のことを目で追ってしまっていることが増えた。
◆
リンファがタンデムで冒険者として活動を始めたのは1年程前だった。妹のユノを精霊化させたことで生家を追い出されたリンファは、様々な場所を巡った後にこの地タンデムで冒険者として身を立てることを決めた。
冒険者になって最初のうちは良かった。珍しい精霊術士であること、元々の魔力的素養に加え
そんな生活に陰りが見えたのは、パーティーメンバー全員が
そこで、リンファの精霊術は目に見えて通用しなくなった。仲間たちがどんどん成長し、危険度Cの迷宮でも成果を出していくなかで、リンファだけが足踏みをし続けた。
リンファが
そのあとはギルドの紹介を通して、また別のパーティーに参加したが結果は同じだった。最初は持て囃されても、リンファに成長の余地がないことを知ると掌を返される。そんなことが続くうちに、リンファの精神はどんどんすり減っていった。
悔しかった。他の仲間たちに置いて行かれるだけの自分が。情けなかった。危険度Cの魔物にまるで通用しない自分が。
ただ、何より辛かったのはユノから自分自身を責めるような感情が伝わってくることだった。
自分と魂契など結ばなければ
——自分さえいなければ。
そんなわけあるはずがない! 悲しげに明滅するユノにそう何度も伝えた。
ユノがいなければあの家での生活など到底耐えれなかった。ユノがいてくれたから、心を壊さずに済んだ。度々そう伝えてみせても、ユノの心が晴れることはなかった。
ユノにそんな風に思わせてしまうことが、悲しかった。
どうしようもなく藻掻く日々。それはリンファの心を蝕み、仲間へ辛く当たるようなことが増えた。
その日もリンファはパーティーを失うことになった。下級精霊術しか使えないという欠点以上に、リンファの仲間への態度も要因になっていた。
何度繰り返したか分からない喪失感。失意の中で、そいつは唐突に現れた。
アデムと名乗るその男は、とにかくお節介なやつだった。
ギルドの受付前で呆然としていた自分をまるで猫でも持つかのようにして運び、食堂の席に放り投げられ、なにやら勝手に料理を注文しだした。
正直その時はただただ胡散臭く感じた。疑心暗鬼になっていたのもあるかもしれない。
何にせよ放っておいて欲しい気分だったし、早々に立ち去ろうとしたのだがアデムの自分もパーティーを追い出されたという言葉を聞いて、ついその場に留まってしまい、結局料理にも手を付けてしまった。
そんな中あれこれとされる質問をリンファは無視していたが、最後の提案には思わず反応してしまった。
「もし特に当てがないようなら、しばらく俺とパーティーを組まないか?」
全く迷わなかったかと言えば噓になる。しかし、同じようにパーティーを追い出されたもの同士で組むということがとても惨めなことに思えた。くだらない自尊心だ。
何より、そんな風に言ってくれた人からも同じように見捨てられることが怖かった。
だから、その場ではにべもなく断った。ひどいことも言ったと思う。なのにアデムはさして気にすることもなく受付まで様子を見に来て、気づけばなし崩し的にパーティーを組んでいた。
パーティーを組んでからも、リンファは心を開くことを恐れてアデムのことを冷たくあしらい続けたが、それでもアデムは苦笑するのみ。それで自己嫌悪に陥って、またアデムに当たりが強くなる。悪循環だ。
アデムへの印象が変わったのは危険度Cの迷宮【魔晶洞】に潜った時だった。
パーティーを組んでからというもの、連日何故か危険度の低い迷宮ばかりを選ぶアデムに焦れたリンファが主張を通した形だ。どうせ見限られるなら早い方がいい、そんな気持ちもあったかもしれない。
結果から言って、その日リンファは初めて危険度Cの迷宮で成果らしい成果を上げることが出来た。アデムのアドバイスによるものだ。
加えて、前衛として戦うアデムの動きにも目を見張るものがあった。初めて見たときは地味と感じたその剣技で、アデムはいとも簡単に危険度Cの魔物達を倒して見せたのだ。
その時点でもリンファにとっては驚くべきことだったが、その日はそれどころでは済まない事件に巻き込まれることになった。
迷宮守護者の
迷宮の最奥で起こったそれは普通であれば間違いなくどうにもならない、詰みの状態だったし、リンファは己の死を悟った。
だというのにアデムはその窮地を笑って見せ、あまつさえ倒したことがあるなどと信じられないことまで口にして見せたのだ。
それからはただただ驚きの連続だった。
アデムの守護者を倒す算段で致命的誤算となる筈だった、中級精霊術が使えないという問題に「やりようはある」と言い放ったのだ。
それからリンファに教授されたのは幼い頃から精霊術の厳しい教育を受けたリンファをして未知の技術。極めつけに見せられたのは他者の魔力の流れに干渉して術を発動させるというおよそ見たことも聞いたこともない絶技。
一体どこでそのような技術を身に着けたのか、剣士であるアデムが何故そのような技術を有するのか。
疑問は尽きなかったが、とにもかくにもリンファはこの訓練によって驚くべき速さで疑似的な中級精霊術を習得し、これを以て迷宮守護者を見事に追い詰めることに成功したのだ。
——ここまではよかった。台無しにしたのは、自分だ。
勝負は付いたと思い込み、迂闊にも守護者の攻撃範囲に近づいたことでリンファは
「ッ! 馬鹿! まだ来るな!」
「えっ……あ」
死んだと思った。自分では絶対に避けられない距離。反応出来ない速さ。迫り来る
果たして、恐れていた痛みも衝撃も、リンファを襲うことはなかった。
固く閉じていた目を開けば、そこには傷を負いながらもリンファを守るように立つアデムの姿があった。
自分のことを身を挺して庇ってくれた。その事実に、どうしようもなく嬉しいと感じてしまう自分がいて、無事にとどめを刺し終えてアデムの体を見たときにそんな感情は吹き飛んだ。
アデムの全身はリンファのせいで避けられなかった針が無数に刺さっていたのだ。
血の気が引くのを感じた。
「僕の……僕のせいだ……!」
「あー……? 気にすんなよ、どの道お前が居なきゃ倒せなかったんだし……」
こんな大怪我をしたというのに、アデムは一切リンファのことを責めようとはしなかった。いっそ怒ってくれた方が楽だったなどという考えが頭によぎり、そんな自分が嫌になる。
それからは必死だった。気を失ったアデムを引きずって迷宮から脱出したリンファはすぐさま助けを呼び、何とかアデムをギルドの医務室まで運び込む。
無事に処置が完了して命に別状がないことを知らされ、緊張の糸が切れたことで一旦リンファも意識を手放した。
翌日、医務室にはアデムの元パーティーメンバーだという者たちが訪れた。アデムに掛けられた高度な治癒魔法にはもちろん、アデムが光りだしたことには驚いたが、そんなことよりも彼らがとてもアデムのことを慕っているようなのが気になった。
とてもではないが、彼らがアデムのことをパーティーから追い出したようには思えなかった。いや、昨晩の時点で心のどこかで薄々は気づいていたのだ。こんなに優秀なやつがパーティーから追放などされないのでは、と。
その後、ギルドマスターの弟子だということを知って、その疑念はほぼ確信へと変わった。
アデムはリンファの心を開くためにわざわざ嘘を吐いたのだと。
もし最初の段階でそのことに気づいていれば、リンファは怒ったのかもしれない。しかし、こうして命を救われた今、そんな感情が起こるわけもなく、むしろその優しさも施しも自分には受ける資格はないように思えた。
故に、アデムに事情を打ち明けて彼とのパーティーを解消しようとした。以降はひとりで活動するか、いっそ冒険者などやめてしまおうかと思っていた。
——でも、アデムはそんな僕に可能性を、道を示してくれた。
「任せろ。絶対にお前を強くしてやる。……親父さんを見返してやろうぜ」
——その言葉で、僕達の心は救われたんだ。
◆
うっかり胸を触られて、それが自分を男だと思い込んでいたからと知って何故だかショックを受けた。
恥ずかしくて叫んでしまったけど、触られたこと自体には不快感を感じていない自分を不思議に思った。
怒ったユノがアデムをぶっ飛ばした時、彼が傷つくことに焦る自分に気づいた。
ふとした時に彼のことを考えてしまうこと、目が合った時に胸が高鳴ること。
その気持ちが何なのか、リンファはまだ、知らない。
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