こちら救世の魔女です。成長した弟子が私のウェディングドレスをつくっているなんて聞いていません。

雨宮羽那

中編版

第1章

第1話 ミシンカタカタ


 ――一体何が起こっているの……。


 目が覚めて、体を起こして。

 一番最初に視界に映してしまった光景に私、リラ・オルデンベルクは目を疑った。

 

 私の眼前では、窓から差し込む爽やかな日の光を受けて、質のよさそうな純白の布地がきらきらと踊っている。

 同時に、カタカタカタカタと軽やかな音がする。

 なんならついでに軽快な鼻歌まで聞こえる。

 

 なんだあれは。

 私はまだ夢を見ているのだろうか。

 一体どういう状況なのか、さっぱり理解することができない。


 なぜなら――。


「あ、リラ師匠、やっと目が覚めました!? おはようございます!」


 金髪碧眼の見目麗しい美青年が、足踏みミシンをカタカタさせながら、ウェディングドレスと思われるものを縫っていたからである。


 ――何事!? いやそれよりも!


「誰!?」


 思わず全力で叫んでしまった私に、青年はミシンを操る手足を止めて椅子から立ち上がった。

 青年の爽やかな笑顔が、起きたばかりの私にはなんだかまぶしい。


 改めて立ち上がった青年の姿を上から下まで眺めてみても、私には知り合いの心当たりがなかった。

 

 肩で切りそろえられた金髪に、ガラス玉のように澄んだ青い瞳。スラリとした薄い肉付きの長身。こんな中性的な美青年など、全くもって見覚えがない。

 ラピスラズリの宝石がついたループタイにウエストコートを身につけた青年は、まるでどこかの貴族のようだ。


「誰って、嫌だなぁ! 僕はあなたの可愛い弟子ですよ!」


「私の弟子はこんなにでかくないわ!」


 青年の言葉に、私は即座に否定して距離を取ろうとベッドの上を後ずさった。

 一体何を言っているのだ、この青年は。


 国一番の魔女として生きてきた私には、たしかに弟子が一人いた。

 弟子の名はエミル。私が名付けた。

 村の広場に捨てられていたところを、当時15歳だった私が拾って育てたのだ。もちろん、子育てなどしたことがなかったから、村の人たちの手を借りて。

 しかし、私の弟子は6歳の男の子だったはずだ。さらさらとした金の髪と、くりくりとした青の瞳が美しい綺麗な子。

 

 女の子と見まごうくらい、かわいいかわいい私の1番弟子。

 背丈だって、私の腰の位置くらいだった。

 対して目の前にいるこの青年は、私の背よりも頭一つ分は大きいだろう。


「誰よ、私の可愛いエミルをかたっているのは!!」


「だから僕がエミルですって」


 青年の言葉に、私はもう一度彼の姿を上から下まで眺めてみる。

 パッと見、20代前半くらいだろうか。男性にしては細身で、綺麗と称される部類の顔立ちだ。

 エミルも中性的なかわいらしい顔立ちをしていたが、あの子は6歳。この青年であるわけがない。

 

「まぁ、あれから15年経っているので、すぐには分からなくても当然と言えば当然なんですけれども」


「……15年……?」


 青年がさらりと言い放った言葉を、私は小さく繰り返す。


 ――あれから15年が経った……?


 当時エミルは6歳だったはずだから、あれから15年が経っているなら、今は21歳といったところだろうか。

 記憶の中にあるエミルの姿を、ぼんやりと成長させてみる。

 それは難なく、目の前の青年の姿と重なってしまう……。

 纏う雰囲気もだが、何より、漂っている魔力が同じだと肌でわかってしまった。

 当時よりも魔力の大きさが随分と違うようだが……。


「僕、師匠と同じ歳になっちゃいました」


 青年は嬉しそうに笑っている。

 私は目の前が真っ暗になるような心地だった。

 

 そんな馬鹿な。これは夢ではないと言うことか。死んだと思ったのに、私は生きていたのか。


「師匠……っ!?」

 

 脳の処理が限界を超えたのか、くらくらする。私は意識が再び遠のいていくのを感じていた。


 

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