第9話


リュックサックに数日分の食料と水。


腰に包丁、手には金属バットという装備で、俺はいざ食料調達のための遠征に出ることにした。


俺にはゾンビに襲われない特殊な性質があるので大丈夫だとは思ったのだが、一応重ね着をして体を守り、武器もしっかりと装備している。


ゾンビとの戦闘が全く発生しないとは言い難いし、もしかしたら生存者に襲われることもあるかも知れない。


様々な事態を想定し、きっちりと準備を整えた上で、俺はこのゾンビパニックが始まって初めてアパートの敷地の外に出た。



ウゥウウウウウウウ…


ヴォォオオオオオ……


ォオオオオ…オオオオオオオオ…


「…」

随分と数は少なくなったが、それでも街にはゾンビたちの姿がちらほらと確認できた。


そしてやはりというか、どの個体も俺に興味を示すことなく素通りする。


目玉が取れた黒髪の女ゾンビ。


上半身だけで動いている警察の制服に身を包んだ警察ゾンビ。


片腕を損失し、体を傾けながら彷徨っている小さな子供ゾンビ。


それらの全てが、俺とすれ違ってもまるで興味を示さず、そのままゆらゆらと歩いていく。



びちゃ…ぐちゃ…


「…うわ…マジかよ」


思わずそんな声を漏らしてしまった。


視界に、初めて見る犬のゾンビが目に入ったからだ。


生前はさぞ美しかったのだろう白い毛並みは血の色で真っ赤に染まっている。


肋の部分に大きな穴が開き、内臓がもろに見えているその白い犬ゾンビは、鋭い牙で人の腕のようなものを引きちぎって食べていた。


俺が近くを通る時、犬ゾンビは顔をあげて真っ赤な目を一瞬だけこちらに向けたが、すぐに俺から興味を失い、人間の手を食べる作業に戻った。


俺は襲われなくてほっと胸を撫で下ろしながら、一つ教訓を得た。



どうやらこのゾンビウイルスは、人だけでなく動物などにも感染するらしい。



「となるとますます人類の生存が難しくなるなぁ…」



日本全国に一体どれだけのペットが飼われているのかはわからないが、それらの一部でもゾンビ化したならそれは生存者たちにとって計り知れない脅威となる。


「大変だろうなぁ…俺以外の連中はどうやって生き延びていくんだろう」



俺は他人事ながら、俺以外の生存者のことを心配してしまう。


俺からしたら生存者が減れば減るほど、残りの食糧を争う競争相手が減るから悪いことではないんだろうが。



「お、着いたか」


そんなことを考えながら、乗り捨てられた車や、衣服や書類や、あるいは人間の死体などで散らかった道路を歩いていると、目的地に到着した。


全国どこにでも見られる最も身近な食料品店。


コンビニだ。


社会人時代によく利用していた店舗。


料理をする時間も体力もあるはずがなかった俺は、よくここで夜11時ぐらいに晩飯を買ったりしていた。


最近のコンビニは値段が随分と上がって安月給の俺からしたらかなり財布に痛いのだが安い弁当屋などは深夜にはほとんどしまっている。


結果、高くてもコンビニを利用するしかなく、そういう生活を続けていると必然貯金もできない。


要するに仕事を辞めたくてもやめられない蟻地獄のような状態に俺はいたわけだ。



「あー、くそ。思い出したら気分悪くなってきた」


気分が沈んでくるので俺は社会人時代のきつい思い出を振り返るのはやめて、食糧を探すことにした。


壊れた自動ドアの隙間から中へと入る。


店内は電気が切れてとても暗く、商品が床に散乱していた。


ゾンビの姿は今の所確認でいない。


中へと足を踏み入れた俺は、まず商品棚に並べられているものから順に確認していく。



「飲み物系は全滅だな。そりゃそうか…日持ちするお菓子系もあらかた持ってかれてるな…」



やはりというか、保存が効く飲料やお菓子などの食料はほとんど持って行かれて残っていなかった。


絆創膏や、包帯、テープなどの医療品なども無くなっており、残っているのはマスクや鉛筆などのあまり役に立ちそうにない商品ばかり。


生鮮食品は放置されて腐ってたし、あとなぜかアイスの入っている冷蔵庫には人間の生首が入っていた。



「ろくなものがねぇな…」


ざっと店内を探索し終えた俺は、成果の少なさにがっかりした。


使えそうなものはレジに放置されていた数本のライターとタバコぐらいだった。


俺はタバコは吸わないのだが、この世界では嗜好品は貴重になる可能性がある。


将来的に物々交換などに使えるタイミングがあるかも知れないと、一応回収しておいた。



「まぁ一軒目はこんなものか」


最初から何もかもがうまくいくとは思っていなかった。


まだまだこの街にはコンビニをはじめとした食料品店が至る所にあるわけだし、どこかには手付かずの食料が残っているはずだ。



俺がこの店舗を諦めて次のコンビニへ向かおうとしていたその時だった。


にゃー…にゃー…


「あ…?」


店の奥から小さな可愛らしい鳴き声が聞こえてきた。

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