第4話
「ん…?」
目を覚ますと見慣れた天井が目に飛び込んできた。
ぼんやりとした意識がはっきりとするまでにしばらくの時間を要した。
「あれ…?なんで俺…まだ自我が…?」
ハッとなって飛び起きる。
周囲を見渡す。
そこはアパートの部屋の中だった。
最後に意識を手放した時から何も変わっていない。
時刻は明け方で、外はまだ薄暗かった。
「ウイルスは…?あれ…?え…?」
高熱に犯されたいた体は、嘘のように軽くなっていた。
鉛のように硬直していた腕も、元通りに動くようになっていた。
胴体から体の中心に到達していたあの黒い血管も、どこかに消えている。
肌の色も、紫色のゾンビ肌から元の血色を取り戻していた。
「どういうことだ…?」
何が起こっているのかわからなかった。
俺は腕に巻いていた包帯を恐る恐る外す。
「…傷が…治ってる…?」
悪化していたはずのあの噛み傷は、昨日までの痛みが嘘のように完治していた。
まだ僅かに歯形が残っているが、瘡蓋になっており、押しても痛みは感じなかった。
「ウイルスを…克服したのか?」
俺は信じられない思いで、立ち上がった。
体を動かす。
問題なく動く。
脳を支配していた食人欲求もいつの間にか消えていた。
正常な食欲や性欲が戻ったようだった。
「マジか……完全にゾンビになるやつだと…」
機能俺は完全に死を覚悟した。
きっと次起きる時には俺の自我は完全に消え去っており、街を徘徊するゾンビの一員になるだろうと思っていた。
だが今、こうして俺は自我を保っているし、傷も完全に治ってしまった。
一体何が起きているのか、理解が追いつかなかった。
このウイルスって治るやつだったのか。
ゾンビに噛まれたら一巻の終わりだと思っていた。
もしかしたら確率は極小だが、ウイルスを克服できる場合もあるのかも知れなかった。
「いやマジかよ……なんか生き残っちゃったよ…どうしよう…」
ゾンビウイルスを克服し、一命を取り留めたわけだが、はっきり言って全然嬉しくなかった。
だって状況は絶望的だ。
外にはゾンビが彷徨いているし、窓の外を見ても自衛隊の救助活動などが行われている様子はない。
下手に生き残ってしまったためにまたゾンビたちに襲われる恐怖に耐えなければならなくなってしまった。
どうせゾンビになるからと保存食も最後の晩餐よろしく大方食べ尽くしてしまった。
食料も水も、せいぜい後数日分ぐらいしかない。
「どうすんだよこれ……なんで生き延びちまったんだよ俺……助けはくるのか?他に生存者は…?」
このウイルスが感染しても一定確率で生き残るタイプものもだったとしたら、他に生存者がいてもおかしくない。
しかしいたとしても数は相当少ないように思われる。
おそらく多くの生存者たちが、ゾンビに襲われた時点で、その体を食い尽くされ、ウイルスを克服する前に命を落としているだろう。
外を破壊しているゾンビたちの首がもげかけていたり、内臓が溢れていたり、手貸が欠損しているのを見るに、生前どんな目にあったのかは想像がつく。
あの状態で自我を取り戻せるとも思えない。
小さな噛傷でウイルスに感染し、その後ゾンビに襲われることがなかった俺は、相当なレアケースだろう。
「…っ!?」
視線を感じた。
隣の部屋のベランダから、隣人の女がこちらを見ていた。
虚な瞳が、こちらに向けられている。
何か匂いでも嗅ぐように頭が上下に動いていた。
「…っ」
ぞくっと悪寒が背筋を撫でる。
昨日はどうせもうゾンビになるからと生きることを諦めていたために、恐怖を感じなかった。
だが幸か不幸か、俺はウイルスを克服して再び生存者になってしまった。
今の俺は再びゾンビの獲物に逆戻りしてしまったのだ。
迂闊にベランダに出ようものなら、ゾンビ化した隣人の女に忽ち襲われてしまうかも知れない。
「…っ」
俺はゾンビを刺激しないようにゆっくりと動いてカーテンを閉めた。
そして薄暗い部屋の中でこれからどうしようかと考えを巡らせるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます