違う、そうじゃない

王道をひねりすぎて、捻じ切れた話

 思えばおバカな子供だった。


「おねぇさま、どうして雨がふってないのにカサをさすの? それに今日はとってもあついのに、そでの長い服をきてるの?」

「あのねぇ。白くて美しい肌は女の最大の武器なのよ。肌が綺麗なだけで三倍美人になるんだから」

「なにそれすごい!」

「クリスティナも子供だからって、日焼けを甘く見ちゃ駄目よ。大人になってから後悔するんだからね」

「わかった!」


 十歳年上の姉はなんでも知っていて、当時の私は姉の真似をすれば素敵なレディになれると思い込んでいた。


 ちょうどその頃、我が家にご近所さんができた。

 首都から離れた長閑な土地なので、隣家との境は植え込みくらいしかない。

 うちの二倍くらいの土地面積に、あれよあれよという間に綺麗な庭と新しいお屋敷ができたと思ったら、馬車が何台も連なってひっきりなしにお隣にやってきた。

 そうして最後にひときわ豪勢な馬車とともに現れたのが、後の幼馴染みとなるエヴァン・ロイド。何故か母親のロイド夫人とは別の馬車に乗っていた。


 幼いエヴァンは天使だった。

 楡の木の影からこっそり見たとき、生きた人間だとは思わず「天使がいる! おとなりでだれか死んじゃったのかも!」と言って、母にゲンコツくらった。

 とてもかわいい男の子だったのに、エヴァンはいつも一人だった。

 あんなに大きな家で裕福なのに、使用人すら近くにいない。


 お隣は豪邸だが、私の家は普通だ。都会にある家に比べると大きいかもしれないが、田舎の家はどこも大きいので、家のサイズは裕福さとは別問題だ。

 ラザラス家の使用人は料理人のレスと、なんでもできるメイドのハンナだけ。

 それと通いで洗濯物を洗いに来てくれるリンジーおばさん。

 週に一回、町から御用聞きにくる商店のおじさんは情報通だ。毎回「ここだけの話ですが……」と言って、ハンナ達とおしゃべりをしていく。

 エヴァンのことも、おじさん達の話をこっそり聞いて知った。


 なんでもエヴァンの父親――ロイド卿は赤毛に青い瞳。母親の夫人は黒髪に緑の瞳。

 なのに産まれた息子は雪のように白い髪と、ルビーのような赤い瞳だった。

 髪も瞳も、両親どちらの一族にも同じ色をした人がおらず、子供が産まれてから夫婦仲は険悪になったそうだ。

 夫は妻の不貞を疑い、妻は疑われたことに激怒した。

 奇異の目で見られないように、親子は都会を離れて田舎にやってきたらしい。

 夫を首都に残し、夫人は息子を連れてきたが、不和の原因である子供には近づかないとか。


 大人達はエヴァンは何かの病気で、あの容姿なのだと思っているらしい。

 その証拠に彼はとても体が弱い。

 生まれつき視力が弱く、日中外に出たら目も肌も痛くなる。

 裕福な家なので、特注で子供用の眼鏡を作ろうとしたが効果が無かった。

 確かにエヴァンはおじいさんよりも真っ白な髪と、母の持つ口紅のような赤い瞳をしている。

 だがそれよりも注目すべき点がある。

 彼は誰よりも白くて綺麗な肌をしているのだ!


「おとなりのクリスティナよ。お友だちになって!」

「……」

「あなたエヴァンでしょう? このへんに同じくらいの子どもはいないのよ。わたしとお友だちになるべきよ!」


 私は必死だった。ある目的のために。


「ぼくといっしょにいたら、君もびょうきになっちゃうかもしれないよ」

「いいの!」

「え?」

「うつして!」


 一緒にいることでエヴァンの美しい肌が私にうつるのなら望むところだった。というか、それが目的で彼に近づいた。


 もちろん子どもが少なくて、友達に飢えていたのはウソじゃない。

 町には友達がいたけど、大人に連れて行ってもらう必要があった。子どもを遊ばせるために町に連れて行くような暇な人間は我が家にはいない。

 町に住んでいる子供達は毎日いっしょに遊んでいるのに、私はたまに参加するだけ。「この間のアレ」とか、知らない話題がポンポンでてきてあまりいい気分じゃなかった。

 でもお隣さんなら、毎日会える。


「エヴァンはきれいだから、うつしてほしい! ずっといっしょにいようね!」


 人と接することに不慣れなエヴァンに畳みかけ、半ば無理矢理押し切った。



 美肌をゲットすべく、私はお隣に入り浸った。

 くっついた方が早くうつるかな、とエヴァンにベタベタひっついた。

 どこか行くときには必ず手を繋ぎ、なにかあるごとに抱きついた。頬ずりだってした気がする。

 昔の私はおバカな上に無神経だった。


 暑苦しい私に我慢の限界がきたのか、一度エヴァンに泣いて拒否されたことがある。

 昨日までは何も言わなかったのに、体を引き剥がされたのもショックだったし、怒鳴られたのもショックだった。


 それでもおバカな私は、次の日には「抱きつかないから、一緒に遊ぼう」とロイド家に行った。

 門前払いをくらったので、手紙を書いて毎日持参した。

 毎回申し訳なさそうな執事のおじいさんが出てきたが、ある日それが夫人に変わった。

 親が出てきてしまったので、なんと言ったかは定かではないが、必死になって謝った覚えがある。途中から泣いていたので、夫人も何を言われているのかわからなかったと思う。


 ラチがあかないと思ったのか、夫人は私をエヴァンの部屋へ連れて行った。

 そこでエヴァンも泣き出して、謎の謝罪合戦をした。

 私以外に友達がいなかった彼は、謝り方がわからなかったらしい。かわいいやつめ。



 何故か仲直り後、エヴァンにひっつくのも解禁になった。

 私の過剰なスキンシップが原因で喧嘩したはずなのに、和解後のエヴァンは自分からも私にひっつくようになった。

 クリームが口や手についてしまった時に舐めようとしたので、ひっつき度はエヴァンの方が重症かもしれない。



 エヴァンと友達になって二年くらい経った頃、またもや隣家に何台も馬車が連なってやってきた。

 その頃には側にいても何もうつらないとわかっていたが、それでも唯一近所に住む友達なので私は彼と一緒にいた。

 私がピンピンしているからか、いつの間にか大人達もエヴァンを肌と目が弱いだけの普通の子どもとして扱うようになっていた。


 大量の馬車を見た私は慌てた。大事な友達が引っ越してしまうのではないかと、いつものごとくお隣に突撃をかました。

 大人達が忙しそうにしているのをいいことに、私は屋敷に堂々と侵入した。

 勝手知ったる他人の家とばかりに、エヴァンの部屋へ向かっていると廊下に身なりの良い紳士がいた。


「おはつにおめにかかります。ごしそくの友人のクリスティナ・ラザラスともうします」


 勝手に家に上がり込んでいて、よくも堂々と挨拶できたものである。


「……小さなお嬢さん。何故私があの子の父親だと?」

「お顔がそっくりなので」


 目の前の紳士を子どもにしたら、エヴァンの顔になる。簡単な話だ。


「そうか……」

「かみの毛は夫人ににてます。ロイドきょうは、かみが真っ直ぐなので!」


 複雑そうな顔をされたので、似ていると言ったのが駄目だったのかと、髪質は似ていないとフォローした。



 何故かそのまま私は家族の食卓に招かれた。

 暗い顔をして俯いているエヴァン、顔をこわばらせてつんけんした夫人、そして無言のロイド卿。

 久しぶりの家族団らんなのに重い空気に耐えられなくなり、私はしゃべり倒した。

 子どもの話題なんて、日頃の遊びくらいのもの。

 私はエヴァンと毎日何をして遊んでいるか、ひたすら話し続けた。


 当時二人のお気に入りの遊びは秘密基地だった。

 エヴァンは太陽が苦手だ。

 晴れた日は調子が悪く、曇りもあまり外に出たくない。

 姉のように日焼け対策をすれば肌はなんとかなるが、長時間外にいると目がチクチクするらしい。


 なので私たちの秘密基地は、ロイド家の広い敷地内にある木が密集した一角にある。

 なんと夫人は私たちのために木の上に小屋を作ってくれたのだ。ツリーハウスというらしい。

 外だけど屋内なので、エヴァンの目は辛くならない。

 ハシゴを登り、木で作られたシンプルな空間で本を読んだり、お絵かきをしていた。やっていることは屋敷の中と変わらないのに、木の上でやっていると思うだけですごく楽しかった。


 立派なツリーハウスはお気に入りだが、それとは別に自分たちで作った秘密基地も欲しい。

 不要になったシーツやカーテンをもらい、秘密基地第二号をつくる計画を立てていたので、エヴァンの両親にも熱く語った。

 私が頻繁に同意を求めたからか、エヴァンも最後の方には喋るようになっていた。



 主に私が隣に入り浸る形だったが、成長するにつれ比率が逆転した。

 私もエヴァンもそれぞれ勉強が始まり、幼い頃ほど自由な時間がなくなった。

 要領の悪い私と違って、なんでもそつなくこなせるエヴァンの方が時間に余裕があるので次第に彼が我が家に来るようになった。


 私が課題に頭を悩ませていると、肩に顎を乗っけてノートを覗き込んでくる。

 勉強中に後ろから体重をかけられるとイラっとするけど、答えを教えてくれることもあるので無碍にはできない。

 この頃にはエヴァンの背はぐんぐん伸びて、そっくりだった父親を追いつけ追い越せの勢いで美形に成長した。

 既に嫁いでいた姉は、里帰りで成長したエヴァンを見た後に「国宝級の顔面」と評していた。



 幼馴染みとして共に育ってきた私たちだけど、いつまでもこのままではいられない。

 私は誰かと結婚し、エヴァンもいずれは首都に戻って父親の後を継がなければいけない。


 そんなわけで、私は出会いを求めて若者の集まりに顔を出すようになったが、成果は芳しくない。

 私のような田舎貴族の娘は自分で結婚相手を探すのと、親が相手を見繕うのが半々だ。

 年頃の娘に相手がいるのか確認するのが普通なのに、何故か両親はなにも言わない。

 縁談をもってきたりもしない。

 もしかしたら末娘の持参金が用意できないのかもしれない。

 いくら私が図太くても親に対して「お金がないの?」とはとても聞けない。

 こうなったら持参金が少なくてもいい、と言ってくれる人を自力で探すしかない。



 華やかで繊細な美貌のエヴァンは、いつの間にか話術も巧みになり、物腰柔らかな青年に成長していた。

 彼が参加するのとしないのとでは、参加者の人数が違うので、この辺りの家はどこもエヴァンに招待状を出す。


 私が参加するパーティーだって全てエヴァンも出席予定なので、どうせだからと毎回一緒に行くはめになる。

 同じ馬車に乗っているのだからとそのままエスコートされ、結局会場でもずっと一緒。

 人々はエヴァンに群がり、私はその隣で透明人間になる。

 エヴァンと話したい人たちの間に割って入るのは気が引ける。

 私は毎日のように彼と会っているので、空気を読めるようになった私はそのまま空気になることにした。

 席を外した方がいいかな、とさりげなく離れようとするとエヴァンが一言二言話して人々は散るので、結局最初から最後まで幼馴染みの隣にいることになる。

 知り合いを作って、未来の旦那様を探すのが目的なのに、私の交友関係は一向に広がらなかった。



「この後、みんなでボートに乗るのはどうだろう?」と、誰かが言い出した。

 今日の会場は湖畔なので、桟橋には二人乗りのボートがいくつも繋がれていた。


「男女ペアになるようにして、どのボートに乗るかはくじで決めよう」


 なにそれ面白そう!

 未婚の男女の集まりなので、この場にいるのは婚約相手を探している人たちだ。

 ボートで一緒に過ごすことで、何組かカップルが成立するかもしれない。テンションが上がる。


「駄目だよ、ティナ」

「どうして?」


 エヴァンに止められて、私は首をかしげた。

 私をティナと呼ぶのはエヴァンだけだ。家族はクリスと呼ぶ。

 愛称は統一した方が便利だと思うけど、エヴァンが嫌がったので好きにさせている。

 ちなみに私はエヴァンのことを、今も昔もそのまま呼んでいる。


「十八分前にチキンとほうれん草のパイ、十分前にお茶を飲んだでしょ。二十分以内にお手洗いに行きたくなるはずだから、船遊びしたら困ることになるよ」


 おっと危ない、社会的に死ぬところだった。

 長年一緒に生活していたからか、この幼馴染みは、私の体の状態について持ち主以上に詳しかったりする。

 私がいつお手洗いに行きたくなるかも把握しているのだ。

 こっちはエヴァンがいつお手洗いに行っているかも知らないのに。

 彼は細かいところに気がつく男だ。


「それに楽しみにしすぎて、昨日はいつもより寝るのが遅かったよね。睡眠時間が短いんだから船酔いするよ」


 小さな船の方が揺れるらしいので、その危険は充分ある。胸のときめきではなく、ムカつきを感じるなんていやだ。


「……あ、あのっ」


 まだ船には乗ってないのに、船酔いしたように顔色の悪い少女が声をかけてきた。

 確かエヴァンをお気に召したのかグイグイ話しかけていた子だ。

 お人形のようにかわいらしい容姿だけでなく、ロイド家とも縁のある家のようであれこれアピールしていた。


「クリスティナ嬢は、今の言葉になんとも思わないのですか?」

「え?」

「その、……」


 言葉を濁されて困惑した。なにかって、なんだろう?


「ああ! 私が理由を聞いてしまったせいで、エヴァンに人前でお手洗いの話をさせてしまったことですね。私の察しが悪いばかりに、エヴァンにも皆様にも気まずい思いをさせてしまい申し訳ございません」


 聞く分にはなんともなかったけど、いざ自分で「お手洗い」と口にすると恥ずかしい。

 私が鈍くて、エヴァンにもこんな恥ずかしい思いをさせていたのか。申し訳ない。


 ストレートに言い過ぎたのか、私の答えを聞いた少女が気絶した。

 周囲が慌てて介抱する。

 すごいな。一人に対して男女合わせて七人が介抱するとかモテモテじゃないか。

 運ぶのに二人いれば充分だと思うのに、全員で彼女を連れて行ってしまったので、その場には私とエヴァンだけが残された。

 待てよ。これって私も一緒に行った方が良かったのかな? でも何をしに? 手持ち無沙汰で近くをチョロチョロするのって迷惑じゃない?


「彼女モテモテだね。うらやましい」

「ティナはモテたいの?」

「大勢にモテたいわけじゃないけど、私のことが好きな人がひとりくらいは欲しいな」


 不特定多数にモテても、どう対応したらいいのかわからない。

 嬉しさよりも、戸惑いの方が勝つに違いない。


「僕はティナのこと好きだよ」

「ありがとう。私もエヴァンのこと好きだけど、それとこれとは別問題ね」

「同じだと思うよ」


 わかってないな。大きくなっても、子どもの頃の無邪気さを持ったままの幼馴染みに、内心でため息をついた。


「そうだ。話が変わるけど蓄音機を買ったんだ」

「!? それってあの歌を記録できるやつ?」

「正確には音だね。興味ある?」

「うん!」

「じゃあ貸してあげるよ。お風呂に入るときにつかってみて」


 最新型の高価な機械をいとも簡単に貸してくれるとは。お金持ちなのは知っていたが、なんて太っ腹なんだ。


「なんでお風呂?」

「広い部屋だと音を拾いにくいんだ。濡らさなければ大丈夫だよ」

「確かに。浴室は音が響くもんね」

「歌ってくれてもいいよ」


 今日も恋人どころか新しい友達すらできずに終わりそうだけど、こんなに面倒見が良くて、気前のいい幼馴染みがいるのだ。

 あまり欲張りすぎてはいけないのかもしれない。

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