ライバル




 おまえに勝ったら俺と結婚してくれ。

 あいつが高校生で、俺がまだ幼稚園児の時だ。

 キラキラと輝きながら喧嘩をしているあいつに一目惚れをした俺は、そう一方的に言い放つと、幼稚園児の戯言だと諫められるのが嫌だったから、背中を向けて走り出した。


 あいつに俺が本気だと示す為に動かなければいけない。

 あいつに勝てると自信がつくまでは、視界に入れない。


 それから俺はあいつを勝つ為に、喧嘩教室に通って、喧嘩を習って、喧嘩をしまくった。

 喧嘩に負けまくった。

 痛い滅茶苦茶痛いもう喧嘩なんてしたくない。

 母親に泣きついたら、そうしなさいと賛成されてしまった。


『あなたが自分で気付くのをお母さんは待っていましたよ。そうです。喧嘩なんて、進んでしなくていいの。お互いに無駄に痛い目を見るだけなんだから。喧嘩ばかりしているろくでもない人の事なんかさっさと忘れて、今からでも、まともな人生を歩みましょうね』


 俺はすっごく怒った。怒り狂った。

 初恋の人を悪く言う母親とは縁を切ると家から飛び出して、喧嘩教室の先生にここに住まわせてくださいと頭を下げた。

 どうしても勝ちたい人が居るもう泣きませんお願いします。

 よしわかった一緒に暮らそう。

 喧嘩教室の先生は迷わずにそう言うと、母親からの了承も得て、俺と一緒に暮らしてくれた。

 喧嘩教室の先生は、とても尊敬できる人だった。

 誰よりも強くて、誰よりも優しくて、誰よりも所作が上品で、誰よりも辛抱強い人だった。

 そわりそわり、マイナスイオンはおしとやかに放出していた。

 けれど、キラキラと輝きを放ってはいない。

 あいつに先に出逢ってしまったからだ。

 あいつに出逢っていなければ、先生が俺の初恋の人になっていただろう。






(こえええええ)


 高校に進学した俺は早速喧嘩部を作って、清く正しく喧嘩に励んでいたのだが。

 俺が高校三年生になって喧嘩部部長になった時、新入部員である一年生が入部してから、喧嘩部が変わってしまった。激変である。

 喧嘩がえげつない一方的なものになってしまった。

 見た事がない武器を使うわ使う。防護用具を貫通するってどーゆー事なの。

 導くべき先生も、部長である俺も、もうただのサンドバッグ。しかも心身を鍛える為のサンドバッグではなく、ただ鬱憤を晴らすが為の、痛めつけるだけが目的のサンドバッグ。

 痛い痛い超痛いもう喧嘩部止めたい畳みたい。


 今も一緒に暮らしている先生に何度相談しかけた事か。

 けれど俺ももう十八歳、成人である。

 そんなにすぐに相談するのはいかがなものか。

 喧嘩部の顧問と一緒にまだ悶え足掻くべきではないか。

 喧嘩部がなくなったらあいつらは四方八方で暴力沙汰を起こすのではないか。

 そんな考えがあって、だが、何か妙案があるわけでもなく、サンドバッグの日々が続いた、そんな或る日の事である。


 初恋の人が、雅也が、俺の前に姿を見せたのである。

 顧問の高校の喧嘩部の先輩だったらしく、顧問がこの現状を打破してほしいと泣きついたらしい。

 俺は、俺は。

 こんな情けない姿を見せたくなくて、顧問に退部届を投げつけて、逃げ出してしまった。

 喧嘩部から、高校から。

 登校拒否者になってしまった俺が、今やまた、足が遠のいていた高校へと、喧嘩部へと駆け走っている。


 午後十時頃。

 いつもならば、走り込みをしている時刻である。

 俺は見知らぬ男子高校生を追いかけていた。

 正確には、ポメラニアン化してしまった見知らぬ男子高校生を追いかけていた。

 街灯がほぼない店もほぼない暗闇に満ちた細い道路をポメラニアンが駆け走っていたら、自転車や自動車、バイクなど交通事故に遭うかもしれない早く癒して人間に戻さなければと危機感を抱いていたからだ。

 まさか、高校へと綱がる道だとは思いもしなかったのである。

 まさかまさか。


「んだあ。元部長さんよお。またサンドバッグになりに来てくれたのかあ?」


 こんなヤバイ状況になっているとは、思いもしなかったのである。











(2024.7.15)



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