一年生

月音うみ

『一年生』

 今日は久々のアルバイトの休みの合間を縫ってショッピングモールに来た。

 土曜日だからか周りは家族連れや二人組ばかり。

 うわ〜わかっちゃいたけど、凄いアウェイ感。一人だと落ち着かないよ。

 ショッピングモールの案内掲示板を見ても、知らないブランドばかりで目が文字を滑っていく。


 大学生になったばかりで初めて大学に登校した日に私は衝撃を受けた。

 周りの女の子は髪を金色やピンクといった個性的でイカしたヘアスタイル、韓国アイドルのようなファッション、大人っぽいセクシーなファッション。

 これでいいやとその辺で買ったピまむらのTシャツにジーパンという、手抜きスタイルの自分の姿が恥ずかしくて下着を見せびらかしていような感覚になった。ツユという名前すらダサく感じる。

「……」

 苦しい、喉の奥がキュウうと閉まるのがわかった。

 何より韓国モード系の黒のセットアップで身を包み、モデルのようなスラリとしたセンター分けの男子学生から二度見されてから、凝視されてしまう始末。

 めっちゃ見られた、やっぱりこの格好ひどいのかな。

 あんなオシャレ男子の周りにはさぞかし天使のような笑顔の一軍女子とやらが沸いているんだろうな、足早に教室に向かう。

 部活ばかりやっていた私の私服はTシャツやジャージばかりだったのだ。

 年頃の女がこうではいけないっ。ツユよ服を買いに行くのだ。

自分の心の中に住んでいるおじさんが危機感を持った瞬間だった。


 そんなことを思い出しながら、洋服が売られているフロアをしらみ潰しに見ていく。

 生足が出るミニスカートやヘソ出しミニ丈のトップス、最近の流行りなのかなぁ、私にはなかなかハードルが高い服多すぎじゃ……。

 でんこうせっかのごとくオシャレなブティックの間をすり抜ける。

「あっここの洋服屋さんの服の雰囲気なら、顔が地味な私でも着れそう」

 この服かわいい、それはシンプルで露出の少ない黒のブラウスだった。

おへそから下の部分に切り返しがついていて、ジーンズにも合いそうなデザインだった。

 値段を確認しようとした時、後ろからの視線に気がついた。

 振り返るとそこには男性店員が立っていた。

 ミルクベージュパーマが細く骨格がしっかりした顔に似合っている。

 年は私よりも上に見えたが、犬のような人懐っこい笑顔が少年のような無邪気さを醸し出していた。

 大学にいる男子生徒たちとは全く別ジャンルの男性だった。

「お洋服、お気に召されましたか?」

 いきなり話しかけられて戸惑って声が出なかった。

 な、何か喋らないと……。焦りから商品のブラウスを持つ手に力が入る。

 男性店員は何も話さないお客に対し変わらず笑顔で話を続けた。

「その商品、今シーズンからの新作なんですよ。ブラックなので何にでも合わせやすいから使い勝手もいいですよ」

 ブラウスを鏡に映る自分の肩に合わせる。

「やっぱり可愛いかも……。これを着たら男性店員さんの好みの女性像に近づけられるってこと? この店員さんの彼女さんになった人って毎回こんな風に洋服を選んでもらえたりするのかな。それはちょっと羨ましいかも。」なんて思っていると。

「やはりお客さん、髪の毛の長さといい雰囲気といいとてもお似合いだと思います」

 鏡に男性店員さんの顔がニョイと映る。

バチっ。目がまともに合ってしまった。

うっ、こ、こっちみてる……!! 目が合ってしまった瞬間、プラグから火花が飛び出した時のようにビクッと体が動いた。

「お客さん、髪の毛が茶髪なので絶対お似合いだと思います。よかったら奥の試着室でお試しされませんか?」

「はい……。着てみます」

 試着室に入り、黒のブラウスを着てみる。

 肩幅も丈もぴったりだった。私服のジーンズとも相性がよさそうでいわゆる普通の大学生女子がそこに立っていた。

 ひとつ結びにしていた髪を試しに下ろしてみる。

 生真面目そうな雰囲気が少しだけ和らいだ気がした。

 試着室のカーテンに手をかける。

 店員さんなんていうかな……。友達ならまだしも知らない男性に現実的な言葉を突きつけられる気がして少し怖かった。

「試着されましたか?」男性店員のこちらを伺う声が聞こえる。

 できる限り髪を手櫛で梳かしてカーテンを開けた。

 ひどいならはっきり言って……! と思いながら店員さんを見る。

 目があった店員さんはニコッと笑った。

「やっぱり、すごくお似合いですよ!! 可愛いです! いや〜、僕の見立ては確かでしたね。お気に召されましたか?」

「はい……。すっごくいいです……!! これ買います」

「ありがとうございます。レジはあちらです。もうお会計なさいますか?」

「はい、今日は」

レジに行くために定員さんの後ろをついていく。

 さっきこの人私のこと可愛いって言ったよね!? 私の中の自分がリンボーダンスし始めるくらい舞い上がってしまっていた。

 定員さんの後ろ姿が見える。

 この人彼女さんとかいるのかな……。こんな素敵な人にいないわけないだろうけれど。

 それでも……。

 いいジャンか、彼女イルか聞いちゃえヨ。ほらほらと私の中のおじさんが茶々を入れてくる。

 今日初対面であっちはショップの定員さんなんだよ! 急にそんなこと聞くのただのヤバいやつじゃん! すぐさまチョップをかます。

 そんなんじゃいつまで経ってもお嫁にナンて行けないゾ。

 それはそうなんだよな、私の中の私も腕組みをしてこちら側を心配そうに見つめてくる。

「お会計が 4980円になります。支払い方法はいかがなさいますか」

「現金でお願いします。これで」

「五千円お預かりします」

 私の中のおじさんと、私が会話が終わってしまうと慌てふためいていた。

「あのっ、また今度洋服のアドバイスお願いしてもいいですか?」

 私にとっては精一杯の言葉だった。

「はいっ! いいですよ。 僕でよければ」

店員さんは爽やかに笑った。

「当店のポイントカード作っておきますか?」

「お願いします」

 ポイントカードの台紙を用意する店員さんを眺める。

 この人のためだったら私おしゃれ頑張れるかもしれない……。

「またお待ちしてますね」

「ありがとうございます」

 ポイントカードを受け取りながら定員さんの手を見る。

骨ばった白い手の爪が綺麗に切られていた、きっと丁寧な暮らしをしてるんだろうななどと想像した。

お店を出てすぐ動画配信サイトの広告で流れていた美容アプリをインストールした。

そしてそのままの足で私は美容室に即日予約を入れ髪を切った。


後日分かったことなのだがある日そのお店で買い物をした日、彼の左手にはシルバーのリングが付いていた。

私は告白するわけでもなくお客さんのまま失恋した。


「最近ツユ可愛くなったよね」

同じ学科選考のみうが話しかけてくる。

「そう? ありがとう。嬉しい」

失恋はしたもののおしゃれの楽しさを教えてくれたあの店員さんにはどこか感謝している私がいた。

私の中のおじさんも最近は一緒になってお化粧をしている。この前はビューラーでまつ毛がうまく上げられるようになったと喜んでいた。

「そういえば田渕くんって知ってる?」

「あのセンター分けの?」

一年の時に凝視された時のことがフラッシュバックしてくる。

「そう、あのセンター分けの。彼とアルバイト先一緒なんだけれど、彼がツユとこないだ話してみたいって言ってたよ」

「そうなんだ」

「今度ご飯一緒に食べようよ」

みうはニヤリとこちらを見ている。

「いい、けど……」

企んでることを隠そうとしないみうを訝しげに見つめながら答えた。


「そういえば、今日から後輩ができるね」

みうが興味津々になって掲示板を見て言う。

「そうだね、大学2年生になった気がしないよね」

一年はあっという間だったなと思いながら私は返した。


「オリエンテーション4階のホールだって」

「この大学ってエレベーターあるのかな」

新入生の子達だろうか、声にまだ十代さながらの高校生のような元気が残っているように思えた。

あっあの子。私の目に一人の少女が映った。

昔の私のような格好をして、居場所がないようにキョロキョロとしていた。

「あの子に素敵な出会いがありますように」と私は静かに呟いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一年生 月音うみ @tukineumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ