紅茶

掘故徹

第1話『紅茶』

妻が死んだ。

交通事故だった。


始まりは些細な価値観の食い違い。

今朝、俺は妻が淹れた紅茶にケチをつけた。

それが妻の最後の贈り物になるとも知らずに。


「なぁ、ちょっとこれ甘すぎないか?」


「何言ってるの、この前砂糖入れなかったら苦いって言ってたでしょ?」


本当は美味しかった。妻の淹れる紅茶は世界で一番美味しいのだ。

ただ、昨夜小さな喧嘩をしてしまった私は、愚かにも妻に食い下がった。


「俺はもっと苦味を味わいたいんだよ。」


そこからはもう、お察しだ。

油に火をつける様に、諍いの炎は止まることを知らなかった。

果たして妻は家を駆け出して行った。


しまった、ちょっとやりすぎたかな。

そんな風に、よくある出来事だと思っていた。


知らせがあったのは昼頃。

そろそろ飯だから、と妻に電話をかけようとしたその時。


受話器が鳴った。

妻の母からだった。

「ムスメガシンダ。」

確か、そう言っていた様に思う。

何を言っているのか理解できなくて、何度も何度も聞き返した。


n回目の質問に痺れを切らした義母に喝を入れられ、急いで家を出る。


妻は白いシーツの上に横たわり、薄い布に彼女の顔が薄く浮き出ていた。


妻が死ぬ直前に持っていたものは、いつもの紅茶のパックだった。


一旦家に帰り、最後の妻の遺品を握っていると、電話に留守電が一件。そこには、


「さっきは怒鳴ってごめん。紅茶買って帰るから、一緒に作ってみよ?」


初めて自分で作った紅茶の味は、


吃驚するほど不味かった。







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紅茶 掘故徹 @saketoba5te2

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