第一話-4

「大天使のラザムです。細川裕さんの傍付き、立場としては従者ということになりますわ」


 彼女は、そう言って自己紹介した。何が何だか分からずに呼びつけられ戻されたばかりの細川には、まだ少々受け入れがたい存在だ。ありていに言えば、鬱陶うっとうしく思っている。


「俺に関しては、今更自己紹介も不要だろう。そっちで勝手に、何から何まで洗いざらい隅々まで遺漏なくご丁寧に調べ上げてくれたようだしなあ?」


 いくらか言葉に棘のある、いかにも大人げない台詞だったが、ラザムは別に、気を悪くした風でもなかった。


「私たちのしたことで気分を害されたのでしたら、申し訳ありません。ですが魔王様は、魔法能力者と戦われ、ある星の滅亡を免れさせたという過去がありますわ。そのような危険な魔法能力者を生み出さないためにも、事前に綿密な調査が必要だったのです」


「ふん、だったら魔力使用者という存在そのものを選任しなければいいだけのことだろう。賢しげに言い訳を述べるな、白々しい」


 実は彼は、このとき発言した以上に過激な発想をしていたのだが、さすがにそれを口にするのは理性が控えさせた。


「究極、お前たち天使や大天使が存在しなければいいのだ」


 という思想は、倫理的に問題がある。勝手にこちらを調べ上げたのはあの風船魔人であり、その配下だ。ラザム一人が悪いという話ではない。こういうものは、頂点をどうにかしなければ何も変わらないものだ。


「そういえば、魔力使用者は死んで入れ替わるんだろう? 前任はどんな奴だった?」


「ロシア連邦出身の男性でした。一ヶ月ほど前、アメリカ合衆国で死亡しています。ただ、私たちでも詳しい死因は分かっていません。彼の傍付きだった大天使フローツェルも再起不能で、未だに事情を入手できていなくて……」


「そいつはまた、変なものに巻き込まれたらしいな、俺は」


 前任者が急死、大天使も再起不能とは、なかなか穏やかな話ではない。穏やかじゃないどころか、とんでもない厄ネタだ。下手をすれば死亡リスクのある役に、拒否権なく放り込まれたということになる。細川は、本当にろくでもないな、あの風船魔人は、と呟いた。


「ですが、細川さんはそんな目には遭わせません」


「うん?」


「何があっても、必ず私が助けます。きっと、細川裕さんは死なせませんから」


「そこまでする理由が、お前にあるのか? 魔力使用者が何のために存在するのかは知らないが、俺はどうせ短命だ。大天使に守られようと、守られまいと、先は長くない。そんな人間を助ける理由が、お前にあるのか?」


 かなり意地の悪い質問だと、細川は自分で考えた。だが、これくらいのことに答えられないようであれば、細川はそんな相手の守護など必要ないと考えている。


 理由など、何だっていいのだ。極論、生きた状態で利用するため、という目的があるのなら、それを明かせばいい。であれば、細川に死なれては利用することができなくなるから死なせない、という明確な理由が残り、不利益を逃れるためという目的は、充分信用に足る。


 なのだが、ラザムから返ってきたのは、細川が思ったものとは別の角度で極端なものだった。


「私たちは、細川裕さんの言うとおり、勝手に個人情報を探りました。一つはその負い目です」


「理屈としては、分からない話ではないな。だが、他にもあるのか」


「はい。だって私は、あなたの従者ですから」


 そういえばそんなことも言っていたな、と細川は思い出した。


 風船魔人にでも言われているのかもしれない。二つも理由があれば充分だな、と納得して、細川はラザムの存在を、とりあえずは受け入れることにした。





主コメ

さっきまでの警戒心にしては、ちょろい。

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