第31話 女神さまとおしゃべり

《百六十五日目》


 領都に到着してからあたしたちは領主館に滞在することになった。

 日中はシンと二人で領主サレドの様子を診たり、施療院を訪問して病の人たちを診たりして過ごした。

 サレドはあたしたちが領都に到着して診た、次の日には意識が戻った。

 家宰のフライセスに呼ばれて、サレドの部屋に入った時にクレアに抱き着かれてお礼を言われた。

 その様子を伺っていたサレドの表情が、まだ憔悴しきっているがとても和やかだったのが印象的だった。

 シンの見立てで、もう大丈夫と太鼓判を押すと、双子も、家宰も何故かアルマンもホッとした様だった。

 サレドからも弱々しくもシンとあたしに手を差し伸べられ、お礼の言葉を貰った。

 もう後は栄養をつけて回復を待つだけだ。

 施療院の方は街の人口が多いこともあって、患者数もこれまでと比較にならない位多かった。横紋斑病患者や、魔物との戦闘で出た怪我人、その他原因不明の病人たち。だが、さすが領都と言うところだろう。治癒師や看護人が充実しているおかげで、清潔さは保たれ、横紋斑病以外では重篤な患者も出てはいないようだ。

 その横紋斑病も、シンとあたしはこれまで経験を積んで来たおかげで、対処の仕方が分かっている。

 二、三日の治療で明らかに病状が改善していく様子を診て、患者のみならずそこの医療従事者たちからも、あたしたちは感謝と興味を向けられた。

 中でも意外なのは、あたしが聖女認定され始めたことだ。

曰く、

『あの方に手を翳されただけでとても楽になった。』

曰く、

『あの方に頂いた薬を口に含んだだけで一瞬で横紋斑が消えた。これは噂に聞く〝聖水〟なのでは?』

曰く、

『あの方の歌声は荒んだ心を癒す。一度だけ聞いただけだが、是非ともまた聞きたい。まさに聖女の歌声!』

 確かに聖女だけれども! どこで聖女像と結びついたんだか。

 前の世界では歌の練習は毎日欠かさずやっていたものだ。こちらに来てからはそれどころではなく、ここに来てやっと余裕らしいものができたので、領主館の主に部屋のバルコニーで歌を歌い始めた。

 あたし自身、歌は生活の一部だったので、自分らしさを取り戻せたような気がしていた。最初はどこからか聞きつけ、シンがどこからともなくやってきて、あたしの歌を聞いてくれた。それから、クレス、クレアが顔を見せ、次には凡そあたしが過ごしている部屋に出入りできる人たちがいつの間にかギャラリーとなっていた。

 〝愛歌〟のスキルを持つ身としては控えた方がいいのだろうけど、好きなものはやめられない。ましてや人前で歌うことは天職とまで思っていたのだからそこは変えずにいたいかな。

 因みに〝愛歌〟を調べるとこうなる。

『愛歌。任意の相手の心に癒しを与える。上位スキルに聖歌。任意範囲に生ける者の心に癒しを与える。がある。』

 けど、〝聖光天臨〟に統合されてないところをみるに、聖女スキルじゃないみたい。不思議だ。

 そんなこんなで、久しぶりにゆったりとした時間を過ごしていた夜に、あたしは女神さまに話しかけることにした。

 これまでは何やかやとシンや双子ちゃんと過ごすことが多かったし、一人きりになる機会はなかなか無かった。個人としても充実していたので、女神さまに特段問いたいこともなかったかな。

 けど、な~んか女神様って話しかけられたい雰囲気があった気がするのよね。気のせいかもしれないけど。話すことが禁忌とか言ってたくせに相談してね。って言ってたし。

「女神さま、女神さま。聞いてますか? お話がしたいな~。」

 そうすると、暫くしてヒソヒソ声が頭の中に語り掛けて来た。

「・・・ゆりさん、久しぶりやね。よし、誰もおらんようやね。ごめんなさいね。他の同僚に聞かれたくないんよ。前にも話したけど、下界の子とお話しするのは禁忌やし。バレたら始末書どころじゃすまないんよ? けど、私おしゃべり好きやし、ゆりさんとも話したかったんよ。もう存在バレとるしね。」

「始末書って・・・ 随分と現実的な話ですね。」

「ああ。まあ、多少ゆりさんに分かるように翻訳されてる部分はあるけど、バレたら最悪担当から降ろされると思うんよね。あ、そうそう。私女神なんて認識されてるけど、分かり易く言うと、管理者って立場なんよ。この世界、アークシードには三人の管理者がおってね。三つの大陸を見守ると共に、召喚者を見守るお役目なんよ。あくまで〝見守る〟。ここ重要。けど、アークシード世界の人たちにスキルを渡すんも仕事の内なんよ。見守ってるだけやないやん! って突っ込みはやめてね? 私にも分からんのよ。個人の適性が整った時点でスキルを取得できたりレベルがアップしたりってのは殆ど自動化してるから。私にもよく分からないことが多いんよね~。そして現地の人々はこのシステムに則ってる。聖女であるゆりさんはあたしが見守ってるけどね。あ、けど前にあげた〝蘇生〟のスキルは内緒にしといてね。あれは私が独断であげちゃったヤツなんで。できれば使わないで?」

 この女神さま、相当おしゃべりだ。あたしが訊きたかったことどんどん話してくれる。

「女神さま。じゃあ、シンを見守ってるのも女神さまなんですか?」

「私のことはティアちゃんとでも呼んで? あたしもゆりちゃんって呼ぶから。実は〝勇者〟の担当はガラナウアなんよ。私はナアちゃんて呼んでるけど。彼女が担当するのはお隣ガレリオ大陸なんやけど、勇者が私の担当のユリアナ大陸に来ちゃったもんだから、結構こちらを気にしてるんね。だから私がゆりちゃんと接触してるの、バレ易いかもかもしれんのよ。けど、まあ、その時はその時ね。私、あまり深く考えるの得意やないから!」

 大丈夫かな? この女神さま。けど、シンは別の理で動いてるのか。

「じゃあ、女神・・・ ティアちゃん? もう一人の女神さまって、誰担当なの?」

 ティアちゃん呼びにしたら、自然に言葉が砕けてしまった。そうすると何か嬉しそうな声が返って来た。

「ふふ。ご存じやと思うけど、もう一人はルーナエンド。私はルナちゃんと呼んでるけどオスレニア大陸担当で、召喚者〝賢者〟を担当してる。尤も賢者って、凄く発現率低くって、私もお目にかかったこと無いんよねぇ。あの子無口すぎて、何も教えてくれんし? 能力は勇者と聖女の能力を併せ持った感じで凄いんだけど、総じて勇者と聖女の下位互換って感じみたいやね。」

 賢者っているのかぁ。会ってみたいかな。

「ティアちゃん? スキルってあたしやシンみたいな召喚者は破格に貰えるみたいなんだけどどうして?」

 友達みたいな口調で訊いてみる。

「ふふ。それはねぇ。召喚者の魔力構造のせいなんよ。召喚者って基本魔力を持ってないんよね。けど、この世界では魔法が使える。何でかっていうと、世界に満ちている自然の魔力を使用できるからなんよ。基本、この世界の人たちは自分が保有する魔力しか使えんのよ。使ったらじわじわと回復するのを待たんといけんのよねぇ。つまりゆりちゃん達は魔力使いたい放題なので、言ってみれば経験値荒稼ぎ状態なんよね。それで、自然とスキルが速く受け取れる状態になる訳なんよ。あ、けどこれも内緒やからね。他の人に言わんといてね。」

 なるほど。やっぱり魔力は使えば使うほどスキルアップするのね。双子ちゃんを特訓した方法は間違ってなかったようだ。

「ティアちゃん、ティアちゃん。他にも召喚者っているの? 前の勇者って、確か何百年も前に現れたって聞いたけど。」

 すると弾んだ声が返ってくる。どうやらティアちゃん呼びが嬉しいようだ。

「うふふ。実はねぇ。召喚って結構されてるんよ。今はこの世界にあなたたち含めて十人くらいいるんやないかな。召喚自体には私たちが関わることは無いから、純粋に召喚した人の目的に依るものなんやけど。あ、因みにゆりちゃんを召喚したサンクトレイルの国王ヨシュアね、あの人も召喚者なんよ? あんな性格やけど、要所要所は詰めてちゃんと国をまわしとる様やし、当たりの部類かなぁ。可哀そうやけど、召喚者の大半は初期スキルの習得に失敗して人生持ち崩すことが多いんよ・・・」

 まじか! あのおっさんが召喚者だったなんて。それにしても、シンも半年もの間何も分からず彷徨ってたって言ってたなぁ。それを思い出して背筋がぞくっとした。

「じゃあ。せっかく召喚したあたしたちを、何で追い出すような真似をしたんだろ。ずっと気になってたんだよね。」

「私も前に言った様に人の心を読めるわけでは無いから、そこらへんはちょっと分からんけど。直感的な? 魔物が増えるこの事態を何とかしてくれる存在としてイチかバチかで召喚したんやないんかなぁ。」

「けど、おっさ・・・ 国王様だって召喚された以上〝勇者〟ではないの?」

「それはそうなんやけど、あの子は自分が勇者とは知らんのやないかな。ゆりちゃんはどうやって自分が〝聖女〟って認識した?」

 それを聞いてあたしは記憶を辿った。

「あっ! ステータスボード。もしかしてこれを開けなかった?」

「そうそう。それに辿り着く人って相当稀なんよ。ゆりちゃん、こっち来てすぐに開いてたやん? 私びっくりしたんよ? 本当に。因みに前に現れた勇者ってのがそれに気づいた一人ね。」

 あたしって相当運が良かったんだと、今更のように背筋に冷汗を垂らした。

「けどけど! 召喚されたお城ではジョブが分かるっぽい水晶玉使ってたよ? あれで分かるんじゃ?」

「あ~ そうね! けど、ジョブって上書きされることがあるんよ。ヨシュアの今のジョブは〝先導者〟。勇者スキルが育つ前に先導者スキルが育ったから上書きされたんよね。勿論本人は気付いとらんけど。やから召喚されるんは勇者、聖女とは限らんというのが今の認識になっとるんね。」

 はあ。それで何も持たなかったあたしは追い出されたのかも。ハズレってやつ? あれ? 最初はみんな無職なんじゃない?

「でもでも! 召喚された直後ってみんなジョブ持ってないんじゃないの?」

 その言葉に女神さまは少し考えるような様子が伝わって来た。

「それなぁ。持ってる人もいれば持ってない人もいるんね。なんでかよく分からんけど。けど、最初から勇者ジョブ持ってたからと言って強くなるとも限らんのよねぇ。」

 女神さまだからと言って全てを把握している訳じゃないようだ。

「あと、スキルって何か系統があるの? あたしなら聖女っぽいスキルが今の段階で統合されてたりするんだけど。」

「そうねぇ。詳細は私にも分からんのやけど、それでは私達にも困ることがあるから、勝手に分類してるのはあるんよ。勇者とか聖女とかは結構特徴的やから分かり易いけど、例えばクレアちゃんね。彼女のスキルは〝精霊系〟って呼んでる。実際、この世界は魔力によって色々な力を構成したり、物質を象ったりしてるんやけど、魔力自体は認知されても視えることはないんよね。それを視える形で認知できるのが精霊系。魔力の形作る光景が精霊のようだと言うのが由来ね。それを操ることができるのが聖女だから、聖女スキルに近いものかもね。ゆりちゃんも魔力視えるでしょ?」

「はあ。なるほど! 明確な境が無いってことでいいのかな? 例えばクレアちゃんも聖女スキルが使えるようになる?」

「ん~ 可能性はあると思うんよ。けど、スキル取得には膨大な経験値を積まんといけんし、アークシード世界の住人が聖女スキルを取得した例は無いなあ。それに、スキルの取得し易さは個人の適性に依るものが大きいんよ。例えばクレスくんね。彼のスキルは〝隠密系〟って呼んでる。目立つのは好きじゃないんやないかな?」

「え? あたしも持ってるけど。〝隠密系〟スキル。目立つのはどちらかと言うと、好きなんじゃないかなぁ。」

「ゆりちゃんの場合は理由が違くて。演技、誤魔化し、化けることが好きなんよ。最近取得した〝虚像〟って、まさにそれやと思うんよね。」

 そう言うと、女神さまはクスっと笑った。

「え~。それじゃあたしって詐欺師みたいじゃん。」

「ふふ。それは受け取り方、使い方次第で、本質的には同じものなんよ。逆に言ったらゆりちゃんは凄腕の詐欺師になれるってこと。ならんと思うけど? ふふふ。」

(なるほど。クレスくんも今後の成長具合では道を外れる可能性が無いこともないってことか。)

 クレスの人の良い顔を思い浮かべながら、それはないか、とあたしは思った。

「あ。あと、双子ちゃんのお母さまが病気ってことなんだけど、これってやっぱり〝精霊系〟スキルの影響なの?」

「あ~ そうかぁ。確かに〝精霊系〟は魔力の影響を受けやすくって、体の中に魔力を溜めやすい体質の人が多いんよねぇ。で、体調崩しやすいんよ。うまく放出できればいいんやけど、精霊系の人の持つスキルは魔力コストは小さいんよね。ゆりちゃんは経験無いかもしれんけど、この世界の人たちが魔法を使う時って、体力も持ってかれるんよね。だからあまり使いたがらない傾向はあるんよ。ゆりちゃんがクレアちゃんに施した修行みたいに、魔力枯渇するまでやるってのは、実際魔力枯渇より体力無くなってへばってたんやないかなぁ。ふふふ・・・。 話戻るけど、クレアちゃんのお母さんは魔力過剰で、放出が間に合ってなくて体調崩してるんやと思う。病気の身で更に体力使うことはせんやろうからねぇ。」

「むぅ。人を鬼畜みたいに・・・ てか、全部見てたの! でもそうかぁ。名前付けるなら、〝魔力中毒症〟ってとこかな。なら、お父さんのサレド辺境伯様も形は違っても魔力中毒症ってことなのかな。」

 あたしは結構単純な答えに辿り着いて、妙に納得してしまった。

「そうやね。尤も辺境伯サレドの外傷由来の魔力中毒は、人の体の魔力回路から外れたところに溜まったものやったから、自力で放出するには限界があったんよ。ゆりちゃんがいなかったら全快は難しかったかもねぇ。」

 なるほど。何となく納得できる答えだった。最後にどうしても訊いておきたいことを言った。

「あと一つ。あたしたちって元の世界に帰れるの?」

 あたしが質問すると、一拍置いて申し訳なさそうな声がした。

「・・・ ごめんなさい。さっきも話した通り、召喚自体は私たちの管轄ではないんよ。そして、こちらに召喚されて戻った例も無い。正直私には分からんのよ。ゆりちゃん、帰りたいん?」

 女神さまの答えに、やっぱりかという想いが付いて来た。

「う~ん。正直向こうの世界に置いて来たものに未練が無いとは言えないけど、何かこっちの世界であたふたしてるうちに慣れてきちゃって。まだ短い間だけどこっちで大事な物もできたしね。無理にでも帰りたいって気持ちは無いかな。」

 あたしはシンの顔を思い浮かべながら頬が赤くなるのを自覚した。

「うん。それを聞いて安心した。正直召喚は私のせいや無いけど、関係者としては気になるとこなんよ。旦那さんにもさり気なく訊いといて? 答え貰ってもどうしようもないけど、気になるんよ?」

「だ、だん、旦那って! あ、あたしたちって、ティアちゃんからどう見えてるのかな?」

 女神さまのストレートな言いように、思わず反応してしまった。

「どうって・・ そのままやん? 仲のいい夫婦?」

 何で疑問形? 夫婦かあ。考えないではなかったけど、人に言われると、あ、人では無いけれども、言われると何か現実味が増すというか。

 とにかく話を逸らそう。

 それからは他愛のない雑談をして暫く過ごした。

 今日の話は秘密ね。と、女神さまには言われたけど、どこまで本気なのか。女神さまはおしゃべり好きで、とても禁忌に触れている感じでは無かったな。勿論、あたしは他所でしゃべる気はないけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る