第一章 ゆりかごの村
第0話:プロローグ
ゴオォォォォッ!
体長20mを超す暗黒龍の吐き出した巨大な炎が、僕達のパーティに迫る。しかし、その炎がこちらに到達する前に、小さな老騎士が杖を振り上げて既に結界を貼っていた。光るドーム状の壁に阻まれた炎は、すぐに霧散して消えていく。
この老騎士はべべ王。僕等のクランマスターであり、このパーティのタンク(防御担当)でもある。
ドドウッ!
ガタイの良い魔法使いが結界の中からドラゴンに向かって両手をかざすと、大きな爆発が暗黒龍を包む。
こいつは大上=段【ダイジョウ=ダン】。このパーティのメインアタッカー(攻撃担当)にしてクランのサブマスター、大きなつばの黄色い帽子がトレードマークだ。
ブォン!
不気味な音と共に戦闘ステージ中央にブラックホールが現れ、黒い雷が天からまき散らされる。この闇魔法こそが暗黒龍最大の攻撃だ。
ブラックホールの重力は結界でも防ぐことができず、また降り注ぐ雷を避け損なえば大ダメージと共にブラックホールの力がドンドン増してしまう。当然、ブラックホールに吸い込まれてしまえば一撃死だ。
が、僕等のパーティは何百回とこのクエストをクリアしているのだ。全員が雷の攻撃パターンを把握している以上、今更誰もこんなものに引っかかったりはしない。
ザシュッ!
暗黒竜の鱗が裂かれ、鮮血のエフェクトが舞う。
雷をかい潜り、先に暗黒龍に辿り着いたのは東風【トンプウ】だった。3メートルというアバター最大身長の巨体と大きく突き出た腹からは鈍重な印象を受けるが、東風のジョブは忍者だ。体系とは無関係にその動きは全ジョブで最も早い。
東風は数メートルもジャンプして、巨大な暗黒竜の体にしがみつき、両手に持った巨大な短刀で暗黒龍の羽を、背を、首を斬りつける。その手際は慣れたもので、振りほどこうともがく龍の爪を器用に飛んで避けている。
ドゴッ! ガンッ! ガガンッ!
続いて暗黒竜の足元に辿り着いたイザネが、メイスを連続で振るう。背が小さく、赤いパンツとさらし姿の女性がメイスを振るう様は、まぁよからぬ妄想を生みそうなものだが、その体を覆う筋肉はむしろ彼女の野性味を主張して止まない。
怒り狂った龍は尻尾でイザネを狙うが、それを踏み台にして飛び上がったイザネは、暗黒竜の顎をメイスで一撃する。
(楽勝だな、このゲーム最後のボスなのに……)
今日は僕が夢中でプレイしていたネットゲーム「ドラゴン・ザ・ドゥーム」のサービス終了日。この暗黒竜退治のイベントクエストが、一緒にプレイした仲間達との最後の冒険なのだ。
それなのにモニターの向こうで倒れる暗黒竜の姿を見ても、いつもと違いクエストクリアの達成感などまるでなかった。
そして、それから30分も経たぬ内の事だった、モニター中央に「ただ今の時間をもちましてドラゴン・ザ・ドゥームのサービスを終了しました」というメッセージが現れたのは。最後の龍退治の後に味わった空しさの意味に辿り着く間さえも、僕には与えられなかった。
自在にその中を駆けまわる事ができた剣と魔法の世界は、もうピクリとも動かす事はできない。ほんの数分前、最後の暗黒龍討伐クエストにみんなで行った事すら遥か遠い過去のものだ。
よくあるラノベの展開だとここで異世界召喚が起こり、僕がゲームの中に入っていったりという事が起こるのであろうが、現実にそんな奇妙な事が起こる筈もなく残されたのは喪失感のみであった。
(今夜一緒にサービス終了の瞬間を迎えた仲間達も、きっと同じ気持ちだろうな)
手に持ったゲームのコントローラを置いて、僕はそんな事をボーっと考えていた。
時間はまだ余っているが、今夜はもう別のゲームをやる気にもなれない。僕は今日、慣れ親しんできた楽しい冒険に溢れた世界を失った。ただそれだけが現実だ。
しかし、ふと考えてしまう。
我々は異世界に行けずとも、このゲームの中に僕等が作ったアバター達……僕達と共に冒険してきたアバター達の内の幾人かは、もしかしたら異世界に行ってまだ冒険の続きをしているのではないか……、と。
(あのアバター達なら、どんな異世界に行こうとも無敵だろうな。
例えそこにどんな怪物がいようが、例えどんなに恐ろしい魔王がいようが、相手にもならないだろう。あれだけ手塩に掛けて僕達が育て上げたのだから……)
当然ありえぬ事だと分かっている。
彼等は1と0の組み合わせで出来たハードディスク内の磁気信号に過ぎない。そんな希薄な存在が異世界に召喚されるなど、僕等以上にありえぬ事だ。
そう、ありえぬ事なのだが、それでも僕は彼らがまだ冒険を続けている事を望んでいる。
無情にもブラックアウトしていく目の前のモニターは、そんな夢想をする僕を容赦なく現実へと連れ戻していった……
~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~
→ 第一話:お手洗い狂騒曲(https://kakuyomu.jp/works/16818093080650481630/episodes/16818093080650798713)
→ 0-2Ka:(カイル視点)(https://kakuyomu.jp/works/16818093080650481630/episodes/16818093085270709869)
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