策士


 あの日から脳にこびりついて離れない光景。


 当分見ていないやせた父親。

 今でこそブクブクと太っているが、このころは憧れだった。

 だが、そんな父親の顔は絶望に染まり、そばには女の影。


 姉の様にしたっていた女、そしてその女の腕の中にいるのは本物の姉。

 母親が死んでから続く不幸がついに行きつくところまで来たときの光景。


 そんな光景を脳裏に浮かべていたヘルマンは瞼を持ち上げて口を開いた。


「……ボスだ」

「何だって?」


 だが、不意に放たれたせいか、横で聞いていた冬廣は聞き返した。

 その言葉に嫌な顔をするでもなく、ヘルマンはもう一度言う。


「異能倶楽部のボス、ルカを討つ」


 そう宣言して見せた。

 だが、それに対して冬廣が黙っていられるわけがなかった。


「おいおい、待てよ。俺たちの任務は餌にした幹部の応援に来た幹部を討つって話だろう。下手なことをして目的が達成できなかったら……」

「わかってるさ。けど、目的と言うのなら、多分俺が何しようと変わんない。親父が見てるのは異能倶楽部なんかじゃないんだから。俺たちの目的は注目を集める事、いっそ俺が異能倶楽部ボスを倒せば、親父だって……」


「冬廣だってわかっているだろう。真正面からやりあえば陽炎の幹部じゃ異能倶楽部の幹部には勝てない。ボスを幹部の中では最大戦力の俺が倒せば一気に逆転も目じゃない」と冬廣の説得をするかのように言った。

 ヘルマンと冬廣の関係は、ヘルマンの暴走を冬廣が制止する形になることが多い。

 よって、ヘルマンが行動するには冬廣の許可が必要、そうどこかで思っていたための行動だった。


「それに、今ので二回目だ。ああも自分の居場所を伝えるかのようにピカピカ光られちゃあ行かないわけには行かないだろ」

「はぁ。わかった。わかったよ」


 ヘルマンの言葉に、諦めたように冬廣は言った。

 この男がここまで言う理由もなんとなく察しているが、確かに冬廣としても少し思うところがあった。

 なら、行かせてもいい。

 そんな思考になっていた。


「だがな、ヘルマン。奴とやりあうなら細心の注意を払え。そして勝負は一瞬だ。奴が異能を使う前に仕留めろ」

「わかっている」


 冬廣の言葉にヘルマンはそう返した。

 彼だって、相手を舐めているわけではない。

 だが、ヘルマンの能力は陽炎でも随一であり、他のからめ手を使わずして異能倶楽部の幹部に勝つ見込みのない者たちとは違う。

 正々堂々と戦うことが出来るのが彼だった。


「行くぞ」

「りょーかい」


 ヘルマンの声に冬廣が返事をすると、すぐに二人は理力による身体強化によって飛び上がった。

 相手の居場所は分かっている。

 バカみたいにバカスカと黒い稲妻を天に向かって売っていたのだ。

 どう考えたって誘っているのだろう。

 それにどうやら、陽炎ではなくそこらにいた中小の組織も先ほど徒党を組んで挑んだようだが敗走していたのが察せられた。

 だが、それに関してヘルマンは呆れることはなかった。

 自身の実力を見誤ることなく撤退を選べるのは大切な力だ。

 ああいう人間たちでこそ裏の世界で長生きできると言うものだ。


 そして、恐らく異能倶楽部のボスは敢えて追撃をしなかった。

 いらぬ禍根を残さずに実力の差を見せつける。

 流石と言ったところだろうか。

 中小組織といっても一斉に噛みつかれれば、面倒ごとは増える。

 取るに足らない学生を構成員として扱う組織の長だからこそ、そう言ったところには理解があるのだろう。

 

 見えて来た。

 待ち伏せをするには立地は最悪。

 建物に囲まれて相手に潜伏をするのを許すかのような場所、そんな場所にフードを被り影の中から青い瞳を覗かせる小さな少女がいた。

 あれこそが、異能倶楽部のボス、ルカだ。

 あの場所に陣取っている理由は恐らく、相手に潜伏を許す代わりに敵が寄ってきやすいと言う意図があってのものだろう。

 明らかに自分に不利な状況を作り出し、踏みとどまらんとする獲物の足を止めさせない。

 ボスであっても襲撃する側が有利なのだから、もしかしたら……なんて考えを頭によぎらせる。

 だが、それにしたって、ハイリスクローリターンが過ぎる。

 旨味なんてないに等しい。


 その自信は絶対的な力から来るのだろうか。

 それにしても、不気味な存在だ。

 一体どこまで見透かしているのか分からないほどの、眼光もそうだが、何より目に付くのはそのたたずまいだろう。


 まるで、警戒をしていない一般人のような気配。

 いや、正確に言えば、周りに注意を向けている様子は感じられる。

 だが、それは待ち合わせの人を待つかのような、そんな様子。

 注意は道の向こうにしか言っておらず、明らかに潜伏、奇襲に特化しているはずの周囲の建物には目をくれていない。

 何ゆえ、そんなことをするのか。


 答えは一つだろう。

 こちらの油断を誘うためではない。

 異能倶楽部の構成員は日常に溶け込む学生。

 で、あるならば、組織としての方向性をボス自らが示すのは当然のことだった。


 だが、そんなことに関心している場合ではない。

 今はルカをどう討ち取るかだけを考えればいい。

 あの黒い稲妻を出させる前に、仕留める。


 移動中の慣性をそのままに、地面を蹴った。

 突っ込むのはヘルマン一人だけだ。

 冬廣は待機。そして一番強いヘルマンが、隙をついて一撃を決める。

 狙うは空からの攻撃。

 まだ気づいていないのか、分かりやすくさらされた首を狙ってヘルマンは飛び降りた。



 即時にヘルマンは異能を発動する。

 六大組織幹部をも倒せるだろう陽炎幹部最強の力。

 異能「記憶」。

「記銘」「保持」「想起」からなる異能だ。

 能力の詳細は、単純に言えば他者の異能を覚え、使えると言うもの。

 他者の異能を見ることで独自に符号化し、それを記憶領域に貯蔵を可能とする。

 そして検索をして使用することが可能だ。


 無論、見た異能をそのまま使うと言っても力は制限される。

 オリジナルの威力を出せるはずもない。

 だが劣化版とは言え、オリジナルと対峙した時有利となることも存在する。

 それは、オリジナルに対しての特攻。

 理力を大幅に消費することで一度だけ優位をとることが出来る。


 ただ、そう都合のいい力があれば陽炎が六大組織に上り詰めなかったのも疑問に残るだろう。

 理由は簡単、それ以外にも制限は存在すると言う事。

 まず、「記銘」から「保持」には完全にオートであり本人の意思は介在しない。だから、能力の仕組みはわからない。

 そのため、能力を引き出しても、それを完璧に扱えると言う事はない。

 オリジナルの異能の過程が1から10あった場合、(例えば水を出す異能は1で放水、2で増量、3で収束となるとするとき)「記銘」した能力が5だったとしよう。

 そうすれば、5の段階で固定された能力の使用が可能だ。だが、それを扱うことが出来るかは別の話だ。

 オリジナルが克服したであろう数々の課題がその能力を制限する。

 だが、なによりも厄介なのは、「想起」の段階における所要時間だ。

「記銘」した異能に左右されるところはあるが、「想起」における「検索」段階では、少なく見積もっても三十分はかかる。

 これでは、すぐに異能のコピーから発動とまでは行かない。


 だが、「記銘」から時間が経っていなければ経っていないほど、その時間は縮まる。

 最短で十五分。

 ルカが異能を二回使い、一度目は丁度十五分ほど前。

 つまり、「想起」は完了している。


 絶好のチャンス。

 異能の特性も何もかもが、今の状況に適したかの状態にヘルマンは歓喜した。

 ギリギリまで、異能の発動を溜めて放つ。

 手の平には黒い電流が纏われる。

 そしてそれをルカに向けた。

 ルカはそれに反応することなく、これを受けた。


 だが、無傷。

 何故だ。そう考えた時、体に衝撃が走った。


「くっ!?」


 何だ?

 異能だろうか。

 空中で急に発光したかと思ったときには、爆発が起きていた。

 小さな爆発だ。

 中小組織の精鋭程度の実力の異能。

 六大組織幹部には遠く及ばない。

 だが、それは連鎖するようにヘルマンを襲う。


 トラップ系の異能。

 一つを避ければ、もう一つがそこに仕掛けられている。

 さらに、悪質なのはこの場所を囲うようにトラップが仕込まれていると言う事。

 一度入ってしまえば最後の最後まで避け続けなければ生き残れない。

 理力を使った超高速の移動、建物の壁面を蹴ってトラップが発動する前に避ける。


 だが、段々と被弾が多くなる。

 しかし避ければ避けるほどわかる。

 異能倶楽部のボスがどれだけいかれているのかを。


 すべてのトラップの配置がまるで自身を狙うかのようにして配置されている。

 だが、それは何一つ彼女に当たることはなく、すべてがヘルマンに向かってくる。

 どんな計算をして。

 いやそもそも、あの位置にいる彼女がどうやって?


「!?」


 そう考えた時気付いた。

 だが、その思考に気を取られたか。

 トラップに引っ掛かった。

 それで終わりだった。

 異能ではなく、完全な意識外にあった手りゅう弾。

 一気に跳躍するもその爆風を身に受ける。

 その場を出来るだけ離れたことと、理力による強化によって、何とか命を落とすことはなかったが、意識は完全に吹き飛んだ。


 そんな様子を、慌てるでもなく冬廣は少し離れたところから見ていた。

 確かにヘルマンと確認して待機していた場所だった。

 だが、普段の彼なら真っ先に飛び出していただろう。

 あのルカと言う化け物の前に身をさらすへまをしないまでも、どうにかしようと動いていたはずだった。

 だが、彼は醒めた目で地面に落ちたヘルマンを見て、指を耳に充てた。


「ちょうどいいタイミングですね。今、ヘルマンがやられましたよ」


 それは誰かと通話をしているような声だった。

 陽炎ではない第三者と。


「それにしても、携帯なんてろくに繋がらないのに、便利ですね。これ」


 ヘルマンのことなど今の一瞬で忘れてしまったかのように、冬廣は耳につけたインカムにトントンと爪を立てて鳴らした。

「それにしても」と冬廣は言った。


「あの異能倶楽部のボス、ルカと言う少女は危険ですよ。変に手を出せばこちらが滅びかねない。……ああ、貴方はそんなことは承知でしたんだっけ。結局俺のような莫迦は、見なきゃわからないんですよ。言われてもね」

 

 冬廣は先ほどのことを思い出す。

 時間にすれば、三秒ほど。

 ヘルマンが突撃して地に伏すまでの時間だ。

 一般人には到底何が起きていたかなど分からない。

 もし、あそこにいたのが異能倶楽部のボスでなく単なる少女だったら、いきなり空が光って人が落ちて来たとしか思わないだろう。


 だが、それにしても、何処まで見据えていたんだ?

 ヘルマンの交戦と中小異能組織による襲撃は、明確に彼女の頭の中では繋がっていた。

 精鋭部隊をおびき寄せることで、ヘルマンとの勝利にまでつなげていた。

 この惨状を見ればそうとしか言えない。

 

 あの二度の異能によって、中小の異能組織がおびき寄せられたとき、彼らは、利用されたのだ。

 ヘルマンとの先頭を見据えて土台を整える役割だけを押し付けた。

 ルカを取り囲むようにして配置されたトラップは恐らく中小の異能組織で編成された彼らが設置したものなのだろう。

 そしてそのトラップを一度も使わせることなく撤退させて、次に来るであろう陽炎の幹部に対して使う。


 ヘルマンが「記銘」した異能に威力がなかったのは恐らく意図してやったことだろう。

 威力をなくさずにあの規模の異能を放つことが出来るのかははなはだ疑問ではあるが、実際彼女はやってのけているのだからそれは事実なのだろう。

 そうすることで、トラップを反応させないのと同時に、ヘルマンの異能を無効化することに成功する。

 そして、今異能を使わないことでこれ以降のヘルマンの目を完全につぶす。

 いつヘルマンの異能を暴いたのかは知らないが、ルカと言う人物はそこまで見据えているのだろう。


 恐ろしいなんてものじゃない。

 陽炎の一員として動くにはあれと敵対が必須なのだから頭が痛くなる。

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