開始


 とあるビルにある中華料理店の一室に計六つの組織からなる集団がテーブルを囲んでいた。

 中央には大きな円形のテーブルが一つ。

 そこに六つの椅子が囲むように置かれていた。


 その高級感のある黒い椅子に腰を下ろしているのは五人。

 六大同盟に名を連ねる各組織のボスである。

 そして、そのボスの後方に直立しているのは従者として来た者たちだった。


 従者の数は各組織最大二人。

 きっちり二人連れている組織のボスもいれば、一人も連れずにこの場に来た者もいた。


 だが、従者と言っても単なる異能使いではない。

 その組織においてのボスに次ぐ実力者。

 それも六大組織のとなればただの従者と言って捨てきれるわけもなかった。


 この小さな部屋に裏世界でもトップクラスの実力者が二桁を優に越える。

 中には指名手配されたものや、賞金を掛けられたものも多くいる。

 この状況を治安維持組織が見れば二度見するような光景であった。


 そんな中でより注目を集めるのは五人もいるボスではなく。

 とある組織の二人の従者だった。

 いや、正確に言えばその組織のボスが原因ではあったのだが。


 現在、すでに六つの内五つの席が埋まっている影響は大きく最後の空席に皆の意識は集まっていた。

 いや、それだけではない、その席に座る人物が持つ注目度を考えれば、それも必然だった。


 ネクサスと言う組織を率いながら今まで一切の姿を見せなかったボス。

 それが今集合時間が過ぎても現れないために集会は全くと言って進んでいなかった。

 通常であれば遅刻は当たり前、そんなことは気にせずに会は進行する。

 だが、今回の目的はネクサス改め異能倶楽部のボスを一目見る事。

 誰かが示し合わせたわけではなかったがそれが皆の共通認識だった。


 だから痺れを切らした人物が居た。

 その人物の名は四至本ししもとカズサと言い、この場では着物を着用していた。

 見た目こそ少女そのものであるが異能発現前から裏では名をはせていたことを考えれば活動歴からして明らかに見た目と歳があっていないことがわかる。

 いわば年齢不詳。

 そんな言葉が似あう人物だった。

 まあとは言え、仙人のように百年単位で生きているわけではないだろう。

 多く見積もって四十と言ったところだった。少なく見積もれば二十代後半と振れ幅があるがどちらにせよ少女の見た目をしているため容姿による年齢の特定は難しかった。

 

 そんな彼女は上品な所作で未だ空席の椅子の向こうに視線を移して、口を開いた。


白鞘シロサヤさん。貴方たちのボスはいつ来るのかしら」


 シロサヤ。

 そう呼ばれるのは黒い髪に橙色の瞳を持つ少女だった。

 本名は白津しらづツムギ。

 つまり、異能倶楽部のボスである御野間リオの幼馴染であった。


 シロサヤとは彼女についた異名のようなもので通称や二つ名としての側面が強いが裏社会で名前を晒さない人物たちにとってはもはや本人を表す固有名詞に他ならなかった。

 そして、シロサヤと呼称されているツムギ同様隣に立つユキナと言う少女にも名前はついていた。


 ちなみに余談だが、ツムギの苗字は白津であるがリオの苗字は御野間である。

 そして、彼らが通う学校の教室内の置ける出席番号順であるはずの席順でリオの後ろの席にツムギの席があるのはおかしなことであるのだがリオは幸か不幸かその事実に気付いていなかった。


「遅れて来る。それだけ聞いているわ」


 声を掛けられたツムギは昼間リオに話かける時とは違った口調で問いに答えた。

 

「そう。来るなら良いのだけれど」


 ツムギに問いを投げかけた少女はそれだけ返した。

 普段もっと遅れて来る輩がいるのだ、待つのはやぶさかではない。

 ただ、彼女もネクサスのボスが来るとあってのんきに待つことなど出来なかった。


 未だ集合時間は五分も過ぎていない。

 それでも、彼女はこの六大組織に名を連ねる一組織のボス、神経質になっていても仕方がなかった。


 だが、それに対してのんきに食事を続ける物もいた。

 こちらは大男と言った風貌の人物だった。

 大録オオロクと言い、カズサと同じく組織のボスであった。

 正装こそしているからか気品がある様に見えなくもないがそれが行動に伴っていなかった。


 ガツガツと豪快に料理を平らげてその皿の上の物がなくなってからやっと顔を上げる。

 そして意外にも話を聞いていたのか口を開いた。


「そう気ぃ立てんなや」


 いや、これは話を聞いて居なくてもわかることだった。

 ここに集まる相当な実力者であるはずの従者ですらも緊張するほどの威圧を出していた。

 明らかに空気が張り詰めこれに気付くなと言うのは難しいほどであった。


 無意識に漏れ出た威圧ではあったが気付いたカズサによってすぐに収められた。

 その様子を見たオオロクは自身の背後を伺った。

 そこにはほっとした様子の若い男が立っていた。


 未だ新参者であるその若い男を従者と選んでこの場に連れて来たオオロクだったが先ほどのカズサへの静止もこの男のためだった。

 実際、才能はあるもののこのメンツの中では一歩遅れを取るのはこの若い従者の男だった。

 先ほど一番カズサの威圧に充てられていたのがこの男だったためオオロクは気を回したのだった。


 とは言え、オオロクもカズサを責めることは出来なかった。

 未だ皆が同じ気持ちなのだ。

 正直実力を測りかねているところは多くあるが脅威になりえると考えていた。

 それにしても相当な実力者であるはずのカズサがこのような状態になるのは些か疑問ではあるが。

 何かあるのだろうかとここにいる者たちは邪推した。

 

 とは言え警戒するものがいる一方で逆にわくわくしている者もこの六人の中にはいるのだが。


 ただ、ついにその時が来たのかその場にいた皆が様子を変えた。

 気配を感じたのだ。

 皆が扉の向こうに目を向けた。


 有り得ないほどに無警戒な人物がこの部屋に向かっていることが分かった。

 周りへの警戒をしている様子は全く感じられず、その動きは最早一般人だった。


 とても一組織の長がするような気配ではない。


 だがそれでも、目的はこの部屋らしくまるで地図を見て迷いながら来ているかのように気配は近づいてきた。

 そして、ここの店の者がドアを開けた。

 皆が注目する中、その人物は姿を現した。


「……子供?」


 その場にいた誰かがそう呟いた。

 ドアが開き現れたのは言葉の通り子供だった。

 中学生どころか小学生くらいだろうか。

 サイズの大きなパーカーを着用し、フードを被っている。

 そこからのぞく脚や長い黒髪を見れば女性的な体つきであると見て取れた。


 だが、目深にフードを被っているわけでもないのになぜか顔が見えなかった。

 まるでそこだけ影が出来ているような。

 そうとしか言い表せない様な不思議な光景がそこにあった。


 不気味だ。

 明らかにおかしい。

 一組織のボスだとは思えない小さく非力そうな姿に不自然に陰のかかった顔。

 これを不気味と言わなくて何と言えばいいのだ。


 オオロクの従者が興味本位でその顔を覗こうとすれば鋭い青く光る眼光ににらまれる。


「っ!?」


 経験不足故か後ずさろうとしている自分に気付き咄嗟に抑えた。

 そうしている間にネクサスのボスだと言う少女は空いている席に向かっていた。







 ◆


 結局集合時間に遅れてしまった俺ではあったが何とか目的地に着くことが出来た。

 地図通りに行ってみればなんだか高そうなお店だったから二度見してしまったがツムギちゃんに教えてもらった店名と確かに同じだったので意を決して入ることにした。


 こんなことならみんなと一緒に来ればよかったと思うものの、遅れたら遅れたで気まずいなと思った。

 そうこう考えていると店員さんに声を掛けられて案内してもらうことが出来た。

 店員さんに異能倶楽部の名前を伝えるのはなんだが恥ずかしくもあったが結局のところ遅刻も名前も俺の撒いた種であることには変わりなかった。


 そうこうしている内に案内された俺はドアの両脇に控える人たちに扉を開けてもらって中に入った。

 中に入ってすぐに遅れた謝罪をしようと思ったのだが、皆の注目が集まってビビッて無言で入室してしまった。

 だって、怖かったんだもん。

 外部から来るにしても学生しか来ないと思っていたから体のでかい怖そうな人がこっちを見ているのを感じて驚いてしまった。


 そしてその後ろに立っていた人は俺の顔を見て驚いていたけれど今思えば異能で顔を暗くしたままだった。

 しかもそれに加えて何とか発光してしまわないようにと力んでいたせいで眉間に皺を寄せてしまっていた。

 確かに俺だって、なんか異様に顔に影が差した人を不思議に思って顔を見ようとして睨まれてしまえばあれくらい驚いてしまいそうだ。

 申し訳なかったと反省する。


 だが、どのタイミングで謝ろうか。

 今のもそうだが遅れて来たことへの謝罪もしなければならない。


 もうすでに椅子に座ってしまって今更な気もするけど、まだご飯会は俺待ちで始まってないようだし今なら遅くないかな。

 よし、今のうちに謝ろ──


「では、皆さん集まりましたので、これより集会を始めさせていただきます」


 始まってしまった。

 どうしよ。

 この司会みたいな人を遮るのも良くない様な。


 うーん。

 どうしたものか。


 謝罪のタイミングを逃してしまった俺は、頭を悩ませるのであった。

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