黒い稲妻
「聞こうと思ってたんだけど」
屋内に入ったことで多少落ち着きを戻した俺は口を開いた。
「どうしたの?」
ツムギちゃんは何かあったのかという雰囲気を見せながら俺の方を向く。
「何で、こんな姿なのに、俺だってわかったの?」
それはずっと気になっていたことだ。
女体化のことは俺の自室で起きたことだし、一人暮らしだから家族すら知らない。
外出こそしたがそこから女体化には結び付かないだろう。
「ああ、それはね」
俺はどんな手品を使ったのかと考えて問うたが、何でもないとばかりに彼女は答えた。
「女の勘ってやつだよ」
んな莫迦な。
「この扉の先に少しだけだけど集まって貰ったの」
「?」
集まってもらったと言うよくわからない言葉を聞き流してついていく。
と言うか、並んで歩く。
この子、手を放そうとしないのだ。
筋力差や体格差などで、逆らうのも難しいし仕方ない。
と言うか、女の子と手を繋げるなら悪くない気もする。
ツムギちゃんは廊下を進んで一つの扉の前に立つ。
階全体が何も入っていなテナントなのだろうか。
というか、そもそもこのビルって最近建ったばかりの物のようだからビル全体がまだ手付かずなのかもしれない、などと思っているとツムギちゃんは扉を開ける。
扉の向こうには……人か?
コンクリートがむき出しの壁を背景に数人の人影が見える。
ドアをくぐり視界が開けるとさっきよりはっきりと輪郭が見える。
男三人、女三人、計六人の人影だ。
俺をここに連れて来たツムギちゃんを含めると七人の集団と言う事になるだろうか。
なんか危なそうな雰囲気だな。
何というか、ガラの悪そうな感じ。
異能の発現のせいでチンピラみたいな人たちが増えているけど、もしかしてツムギちゃんはこんな奴らとつるんでるのか?
ちょっと悪い奴に憧れちゃうみたいな奴だろうか?
俺がボッチ生活を送っていた間にこんな不良みたいな人たちと彼女がつるむようになってたと考えると悲しいな。
と言うか、犯罪とかしてたら止めないとな。俺でどうにかなるかは分からないが。
「おい、誰だそいつは?」
不意に一人の男が俺の方を見てそう言った。
ツムギちゃんの行動も突発的なものだったから情報がいってないのか。
「予定にはなかったけど連れてこさせてもらったのよ。彼はこの組織のボスよ」
なんだか俺と話す時とは雰囲気を変えたツムギちゃんは手を繋いだ俺を見てそう言った。
それを聞いた男は信じられないとばかりに俺を見た。
俺も信じられないが。
「ねぇ、組織ってなに?」
紹介するだけとかなら黙っていても良かったけど、よくわからない地位につかせられるのなら黙ってはいられない。
てか、なんかやばい感じの集団かと思ったけど意外と中二病患者の集まりとかなのだろうか。
異能蔓延る現代だと、それに伴う力を手に入れてしまう可能性すらあるから怖くもあるけど、格好つけたいだけの集団なら俺が現実を教えて引き換えさせることが出来るかもしれない。
イキって犯罪に手を染めてしまえば元も子もない。
それに何故かみんな美男美女だから普通に生活すれば充実すると思うよ。チッ。
「昔、約束したでしょ。組織を作るって」
「ん?ああ、そう言えば」
そうだっけと思い返してみれば、そんなこと言ってた気がする。
ちょうどその時ハマってたアニメの影響でツムギちゃんに延々とその手の話をしていたような。
いや、でも本気にはしなくね?
幼少期からその手の話を毎日聞かされると洗脳的な感じの効果でもあるのか?
なんか怖くなってきたな。
「でも、それは昔言ってたやつで──」
「待て、そもそもお前がいつも話していたボスってのは口ぶりからして男じゃなかったか?」
やめるよう説得しようとした俺の言葉を遮るように男はそう言って疑わしい目を俺に向ける。
いや、被せてくんなよ。
それと、そんな睨むように見ないでもらいたい。怖いし。
「組織のボスが姿を変えられないとでも?」
「は?そんなことできるわけ……いや、異能か?」
男は勝手に何かに思い至ったような顔をする。
勝手に話進めんなよ。
「ちょっと待ってって。やめようよこういうのは」
空気読めないと言われようとも仕方ない。
それでもこのままだと収拾がつかないと考えて俺は口を出した。
「俺の話を覚えてくれてたのは嬉しいんだけどさ。やっぱ、ダメだと思うんだよね」
「あ?」
おい、睨んでくんな。
「異能ってそりゃ凄いけど、君たちの力じゃたかが知れてると思うんだよね。ほら、ちょっと悪いことして治安組織に目をつけられたら終わりじゃん」
異能が発現して暫くそれに対抗する組織が現れた。
それが治安維持組織だ。
正式名称は「異能対策治安維持組織」と言って、大抵治安組織とか治安維持組織とかよばれている。
まあ、異能の使用許可が出た警察みたいなもので、異能犯罪者は基本的に捕まる。
異能は四年前に現れたものとは言え、まずそれ以外の体術など諸々の面でこちらを圧倒している。
さらに所属する人たちの異能が強いとくればまず学生のお遊びチームなどすぐに壊滅させられるだろう。
「俺も異能をちょっとは使えるけど、結局頑張っても少し綺麗に光る程度だよ」
異能発現からわずか少ない間だけど俺も練習をしてみた。
光の玉の色を変えたり形状を変えたり出来るようになったことは多いけど、攻撃性なんかは皆無だった。
そもそも、攻撃性のある異能じゃない方が熟練度が上がりやすいという性質があって、多分俺が一日で異能を伸ばすのと攻撃性の異能を伸ばすのでは難易度が違う。
それに恐らく、俺は攻撃性の異能ではないこと以外は才能があったようで異能の上達はとても早かった。
それは、この数日で様々な芸当が出来るようになるほどに。
だが、それでもたかが知れている。
そこに攻撃性のある異能は更に強くなりにくいという事実も合わされば、もう結果は分かるだろう。
それにボスと言うが、俺の異能では務まらない。
それも教えなければならない。
だから、精々少し格好つけるくらいしかできないのだと俺は実演して見せる。
威力はないがそれっぽい演出なら簡単に出来るだろう。
突き出した手のひらから、異能を発動する。
彼らのために少し中二チックにしてみる。
まず、行うのは形状の変更。
光の球じゃ恰好が付きにくい。
だから出すのは稲妻のような形状の光だ。
これは恐らく俺の異能の最小単位がそういう形のようで造形しやすいのだ。
そしてちょっと色も変える。
黒とかにしてみようか。
そんな工程を瞬きをする間に完了させる。
異能に慣れればそのくらいは簡単だ。
後は、顕現させるだけ。
小規模ではあまり盛り上がらないし、窓から見えるビルを貫くイメージで発動する。
瞬間、俺の手からあふれるように出る稲妻(モドキ)。
それは威力がなく本質は只の光であるためガラスを通過する。
そして今いるビルと同じくらいの高層ビルを三つ貫くようにして夜空にきらめいた。
「まあ、結局この程度なんだよ、異能なんて。えーとじゃあそう言うことで。……ごめんね態々連れてきてもらったのに」
ツムギちゃんに謝罪だけすると、俺は入って来たドアを開けて外に出た。
男が俺の背中を睨みつけているような気がしたので速攻でドアを閉める。
「犯罪に関わるよりはい──」
「良いよな」と言おうとして、俺の前進に揺れが走った。
足に力が入らない感覚に、地面が揺れていることに気付く。
「おっと。……地震か?いや、異能の可能性も……まあ、どっちでもいいか……はあ、イベントフラグを自ら折らなきゃならないのか」
これが健全な活動だったり異能のない世界だったら話は違ったけど、今の時代力は簡単に手に入って犯罪につながることも多い。
少し気は引けるし、せっかくツムギちゃんとまた仲良くなれそうだったのにと言う気持ちもあるけど仕方ない。
何か問題を起こせば、一人暮らしをやめさせられる可能性もあるしな。
少し肩を落として俺は帰途に着いた。
◆
その言葉は聞いたこともない轟音によってかき消された。
窓から目を離し退出していった少女の背中を目で追おうとして、自身の背中に爆風を受けた。
地面にはガラスが散り、振り返ると仲間の一人がボスだと言った少女の異能が貫いたビルが爆発していた。
先ほどまで、突然現れた少女に懐疑的な目をむけていた男──梶野桐雅は状況の把握を上手くできないでいた。
仲間が連れてきたとはいえ、そもそも聞いていた話と性別すら一致しない少女をどうして信用できようか。
自分たちを集めたのは彼女だが、そんな彼女でも小学生か中学生か分からないくらいの年の少女を連れてきてボスだと紹介されても受け入れることが出来なかった。
だが、今の異能はなんだ?
性別や姿の差異を異能でごまかしていると推測していたが違うのだろうか。
それとも異能を二つ持っているか。
いや、ありえない。そんな人間はいない。
それに元の姿を見たことがあるわけじゃないのだ。
連れて来た彼女が嘘をついた可能性もないとはいえない。
だが、そんなことよりも今の異能の威力だ。
何でもないように放った黒い稲妻はビルを三つも破壊した。
自分だったら出来るかと言われれば出来ると言うが、そういう話ではないのだ。
今の異能の異常性は、そのムラににある。
まるで発現してから数日しかたってない様なずさんなエネルギーの操作。
あれでは、どんなに強力な異能でもビルを壊すことなどできないはずなのだ。
そのはずなのに、この少女はやってのけた。
つまり、本気を出して精密な異能の操作をすれば想像もできないほどの威力を出せると言う事だろう。
これを見れば先ほどの「君たちの力じゃたかがしれないと思うんだよね」と言う言葉もわかってくる。
組織でも実力が上位であり幹部に身を置く自分たちを前にして弱すぎると言っているのだ。
それに自身の異能の威力を「少し綺麗に光る程度」だと言うその発言からはもっと力をつける気だろうと言うのは想像できる。
今の現状に満足しかけていた幹部にとってはものすごい衝撃だった。
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