第7話失意の底から

「エルウィン君が目を覚ましましたよっ!」




ゆっくり目を開けると、そこには見慣れない室内の風景が飛び込んでくる。エルウィンは状況を把握できていなかった。どうやら自分はベッドで寝ているようだ。




「あれ・・・ここは・・・?」




辺りをキョロキョロと見渡すように、首を動かすと、身体のあちこちに痛みが走る。痛みに顔を歪めながらベッドのすぐ横にいた声の主は、なんとなく見覚えのあるような顔であった。




「あなたは・・・どこかで・・・」




その瞬間に、あの雨の夜の惨劇が鮮明なまでに映像となり、エルウィンの脳内を駆け巡った。




「あぁぁ・・・お 母 さ ん・・・う゛あ゛ぁぁあ゛ぁあ゛あ゛ぁ!!」




声にならない声が、部屋中にこだまする。




「エルウィン君!落ち着いてください!エルウィン君っ!!」




そばにいた男性の声掛け声も虚しく、エルウィンは泣き続けた。


僅か10歳の少年が目の前で母親を喪ったのだ。その悲しみは想像を絶するものだろう。




「エルウィンっ!俺だ!わかるか?!」




「ハン・・ス・・・先・・・生っ!先生!お母さんがっ!どうして!?先生っ!どうして助けてくれなかったんですかっ!どうしてぇ!!」




「っっ!エルウィン!俺のせいだ!アネットさんを救えなかった!!すまねぇ!!」




苦悶の表情を浮かべながらエルウィンを強く抱き締めるハンス。エルウィンもそんなハンスの胸を、泣き叫びながら叩き続ける。


十分にわかっていた。ハンスのせいではない事を。あの夜ハンスが駆け付けてくれなければ自身もあの男に命を奪われていただろう事も。それでもなお、何かに当たらなければその小さな心は今にも砕け散ってしまいそうな程、辛うじて堪えていたのだ。




ひとしきり泣き叫び続け、しばらくの間をおいて、ようやく少し落ち着きを取り戻すエルウィン。それと同時にハンスを責めた自身を反省する。




「先生・・・ごめんなさい。僕を助けてくれたのに・・・先生のせいなんかじゃないんです・・・僕が弱かったから・・・アイツからお母さんを守れなかった。」




「いいんだ・・・。俺の責任だよ。俺がもう少し早く、お前の家に着いていたら・・・。だからお前は自分を責めるな。」




「あの・・・お母さんの遺体は・・・もう?」




「あぁ、アネットさんはもう埋葬してある。あのままにはしておけないしな。後で退院したら墓に連れてってやる。」




「ここはブーケルランド病院です。エルウィン君はあの後に気を失って三日間も眠っていたんですよ。身体を強く打ったようで数ヶ所打撲があるようですが、幸いにも大きな怪我はありませんでした。」




ハンスとエルウィンのやり取りをそばで見守っていたダミアンが口を挟む。




「三日間も・・・。ダミアンさん・・・エミールさんは?今どこにいますか?あの人にも助けてもらったんです・・・」




エミールの名前がエルウィンから出た時、一瞬躊躇するも、首を横に振って状況を伝える。




「残念ながら、エミールは家の外で亡くなっていました。エミールと戦った男二人の死体もすぐそばに・・・。」




それを聞いて再び泣きそうになるのを必死に堪えるエルウィン。




「ッ・・・エミールさんまで・・・あの夜色んなお話しを僕にしてくれたんです・・・。あの日知り合ったばかりの僕達を守るために真っ先に外に出て・・・ごめんなさい」




ダミアンはそれは違うとまた首を振る。




「エミールは亡くなった時、家に這って向かった形跡がありました。瀕死の重傷を負ってもアネットさんやエルウィン君を守るために家の中に行こうとしていたのでしょう。彼は最後まで立派に義務を果たしました。騎士として、エルウィン君が生きて今この場にいることをきっと誇りに思っているはずです。」




それを聞いてエルウィンはあの日エミールが話してくれた話しを思い出していた。




「エミールさん、剣を手入れしてほしいって言ってました。子供の僕に・・・。ただの冗談だったかもしれないんですけど・・・。それが僕は嬉しくて・・・あの、エミールさんの剣はどなたか貰い手の人はいますか?」




「エミールは独身ですし、家族もないので、希望ならエルウィン君にお渡しする事もできると思いますよ?どうしますか?」




「ではお願いします!あの人の剣も、僕のお父さんの剣と一緒に。僕が騎士になった時には任務に二人を連れてってあげたいです!」




ダミアンは少し嬉しそうに微笑む。




「そうですか。ではエルウィン君の元にお渡しできるように手配をしておきますね。」




「ありがとうございます!ハンス先生・・・これからも訓練続けてくれますか?僕、力が欲しいんです。大切な人を守れるくらいに!もうあんな思いをするのは沢山なんです・・・。そして何よりも・・・母さんを殺したアイツに勝てる力が欲しいんです!」




ハンスの目付きが鋭く変わる。




「あの野郎が憎いのは俺も一緒だ。だが剣は誰かを殺すための武器じゃない。まぁ沢山人を斬ってきた俺が言えたあれじゃないんだが・・・。お前がアネットさんの仇討ちをしたいだけなら、悪いがこれ以上お前に剣を教えるつもりはない。」




一度話を区切ってあえてエルウィンの反応を見るように間を置いてから、再び口を開く。




「だが・・・お前が言うように、大切な人を守るために剣を振るうなら、俺は今まで以上にお前を鍛えて、世の中の誰にも負けないようにしてやる。」




エルウィンは少し俯くと考え込むような仕草をする。




「・・・正直、アイツが憎い。目の前にしたら、やっぱり殺してしまうかもしれません。でも・・・アイツ言ってたんだ。瘴気病で苦しむ人のために魔女狩りをしているって。僕はそれが本当かどうかはわからなかったけど、アイツにも譲れない事情があったのかもしれない・・・。絶対にアイツを許す事はできないけど・・・それでも、もし次に会う事があったら、僕はそれを聞いてみたい。」




ハンスとダミアンはその言葉を聞いて、この子なら大きな力を手に入れたとしても、必ず正しい事に使ってくれる、そんな確信が持てたような気がした。




「あの野郎は、正直向きあった時に得体の知れない雰囲気があった。これは勘でしかないが・・・あの場で俺と斬り合っていたら、俺もタダでは済まなかったかもしれん。」




エルウィンはあの男との戦闘を思い出し、ハンスと比較をしていた。




「僕が戦った時は手を抜いていたように思います。途中から急にアイツが強くなったと思ったらあっという間に・・・自分の家の中だったので・・・家具なんかも利用して上手く撹乱できたとは思ったんですけど・・・。」




「エルウィン君もその男と戦ったんですか?!」




ダミアンが少し驚いた様子で話しに割って入ってくる。




「はい・・・ほんの少しだけですけど。」




「話しもしたようですけど、何か他にも覚えてる事ないですか!?残念ながらハンスさんは全く覚えていらっしゃらなくて・・・。」




その言葉に申し訳なさそうに天井に視線だけを送りながら頭をかくハンス。




「なんでもいいんです!何か他に言ってた事とか・・・これまで魔女狩りは組織犯罪がずっと疑われていたにも関わらず、ガーディアンも私達魔局も揃って奴らの尻尾すら掴めない状況で・・・もちろん、これまでに実行犯を追い詰めた事もあったのですが・・・皆捕まりそうになると揃って最後は自決してしまって・・・。遺体から身元が割れても、組織にまで辿り着かない情報ばっかりで、正直お手上げ状態なんです。」




「そう言えば俺がヘイノを襲ってた連中と戦った時も・・・取り残された一人は躊躇なく自分の喉を貫きやがったな。ああいうのは大概強い信念でもなきゃ出来ねぇ事だ。」




エルウィンは、記憶を頼りに男の事を思い出しながら話し出す。




「そうですね・・・まず左目の上から下に、たぶん10cm位だと思うんですが古い傷がありました。顔の下半分は何かが模様みたいなものが入った布で隠してあって・・・」




ダミアンはエルウィンの話す特徴を漏らさぬよう必死にメモをとっている。




「おぉ、そうだ布な!俺が戦った奴らもそう言えば顔の下半分隠すような布をつけてたな!」




「傷ですか、なるほど・・・何か・・・布、と。ハンスさんは傷の事すら覚えてないんですね。」




少し呆れたような表情で浅いため息をつくダミアン。悪かったと苦笑いしながらまぁまぁとダミアンの肩を軽く叩くハンス。




「あと・・・なんだっけ?自然に戻るとか、魔法のない世界に?とか言ってたような・・・ごめんなさい。あんまりはっきりと覚えてなくて・・。」




「自然・・・戻る。魔法の・・・世界・・・ですね。いやいや、十分ですよ!これまで本当に手掛かりがなかったんですから。左目の傷にハンスさんの勘が告げた通りの腕前の剣士となれば、かなり絞られてくると思います。」




それにはハンスも同意と頷く。




「それに一つ気になるのが、その男の言っていた瘴気病で苦しむ人のために魔女狩りをしていると言う話。以前から魔女が瘴気病の原因であるという噂は、かなり大衆の間で広まっているのですが、噂の出所がまったくわからないんですよね。もしかすると、魔女狩りを行ってる組織により意図的に流されたものかもしれません。だとしたら、かなり以前から計画されてきたのかなと・・・」




そこまで話しながらハッと我にかえるダミアン。




「アハハ、すみませんっ!一度考え出すと止まらなくなってしまう性分でして」




ダミアンが二人に申し訳ないと頭を下げてるタイミングで病室に誰か入ってきた。




「エルーーー!大丈夫かっ!!」




「目が覚めたようですね。心配しましたよ。本当に。」




コーネルとホルガーの二人であった。


エルウィンの身に起きた出来事を聞きつけお見舞いに駆け付けてきたのだ。




「コーネル!ホルガー!来てくれたの!?心配かけてごめんね。」




子供同士とは言え、すでに10歳。コーネルもホルガーもエルウィンの今の状況がわからないわけではない。それでも同じ歳の友人同士で、会えば盛り上がらないわけはない。




「ハンスさん、私達はそろそろ出ましょうか?」




後は子供同士と気を遣いハンスに共に退出を促すダミアン。




「そうだな。おいお前ら。他にも病気の人がいるんだからあんまり騒ぐんじゃねえぞ。じゃあな!」




「さよなら先生!ありがとうございました!」




三人揃って手を振ると、ハンスも手を軽く上げ、ダミアンは丁寧に頭を下げて病室を出ていく。大人二人になった事で、廊下を歩きながら病室では話せなかった話しをハンスが切り出す。




「エルウィンの事だが・・・」




「はい?」




「両親がなくなったアイツはどうなる?」




「そうですね。いくら大人びていても、まだ10歳の子供です。孤児院などの施設に入るのか、もしくは里親か・・・どのみち一人では暮らす事はできないですよね。」




「アイツ・・・俺でも引き取れるか?」




予想もしてなかった一言に流石に驚きを隠せないダミアン。




「ひょっとして責任・・・ですか?」




その問いには首を横に振って否定する。




「あいつがまだ3、4歳の小さな頃から俺の元でスパルタで剣術を叩き込んできた。はっきり言って、俺は立派な人間じゃない。上に手を出して騎士団をやめるような人間だ。だがアイツは立派な騎士になれるんだ。誰よりも・・・。俺に教えられる事は全部教えてやりたい。」




「ハンスさんを慕ってるは今日の二人を見てるだけでわかります。ハンスさんの人柄についてはなんとも言えませんが、剣の腕前だけは噂でかねがね。エルウィン君はお父上も幼くして亡くしているようですが、お父上の影をハンスさんに重ねてるんじゃないですかね?」




少しだけ嬉しそうに口角が上がったのをダミアンは見逃さなかったが、あえてそれを指摘することはしなかった。




「まぁ、理由はそれともう一つ。アネットさんが殺られた時にそれを目撃していたエルウィンはもしかしたら、また狙われる可能性がある。そうなった時にエルウィンが俺のそばにいれば、今度こそ守ってやれる・・・。」




「やっぱり責任感じてるじゃないですか。でもそれは確かに・・・。今回ブーケルランド内で起きた魔女狩りで、エミールもそうですがザルシュブークからの応援で来ていた騎士もヘイノさんを含めて多数が遺体で見つかっています・・・。ガーディアンの魔守騎士を相手にここまで戦える連中ですからね。ハンスさんならエルウィン君も安心ですし、わかりました。必要な手続きは任せてください。」




「ありがとうダミアンさん。またエルウィンが退院する時は一緒に頼むよ。」




「わかりました。今回の件ではさすがに政府含めて上も動きそうですからね。魔守護騎士団も組織が大きく動くかもしれません。何かあればこちらからも連絡します。それじゃあ失礼します。」




病院の受付の前にタイミングよく着くと、ダミアンはハンスに深々と頭を下げて出口に向かっていった。




「さてと。俺も家に帰ってアイツの部屋でも準備しといてやるか。」




ハンスは自身も幼くして両親を亡くしており、孤児院で育った過去があった。先程のダミアンとの会話ではもちろんの事、今まで必要な場面を除いて誰にもそれを話してはいない。そんなハンスがエルウィンの境遇に、幼い頃の自分を重ねていた事は言うまでもない。身内がおらず、結婚もしていなかったハンスにとっては幼い頃から先生と自分を慕っていたエルウィンを、ひょっとすると我が子のように思っていたのかもしれない。


家路につくハンスの背中はそう思わせるには十分な程に、これから始まる二人の生活に期待を寄せている父親のように映っていた。

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