4人の魔女と守護騎士

案子丹子

プロローグ

第1話統一国家の歴史

世界統一国家オウラハ誕生から500年。


各地では民族間による小規模の領土争いによるいざこざはあるものの、国間による戦争はなくなり、世界では平和が謳歌されていた。


そんなある時、大気中にこれまでに存在しなかった新たな成分が見つかった。


それと時を同じくして、その新成分を体内に取り込む事で、様々な自然エネルギーへと変換する事が可能な特殊体質を持つ人間が現れ始める。


その変換された自然エネルギーは、それまでの人々の生活様式を一変させる程の影響をもたらし、その利便性はあっという間に生活の基盤となりつつあった。


世界統一政府は発見された大気中の新成分を「魔素まそ」、魔素から変換されたエネルギーを「魔法」、そして魔法を使用可能な特殊体質を持つ者は不思議と女性にしか現れなかった事から「魔女」と命名し、この一連の出来事は「魔法革命」としてオウラハ世界史の転換点に刻まれた。


魔法革命より年月が経つにつれ、魔法をより便利にするための道具である、魔具の開発技術も進み、中でも魔法を小型の瓶の内部に蓄積させる機能を持つ魔蓄瓶まちくびんの登場により、持ち運びも可能となり、ありとあらゆるシーンで活躍していた。


また、魔女の体質を持つ人間は増加の一途をたどり、栄えた都市以外にも魔女が散在する事が可能となり、地方の集落などにおいても人々の暮らしは魔法の恩恵を受けており、満たされたエネルギーで益々人間は豊かとなっていくと思われた最中、誰もが予期せぬ事が起きた。


突如として原因不明の病が世界中で発症し始めたのである。


その病は感染する性質こそなかったものの、高い致死率を有しており、一度発症すると発熱や咳、全身の倦怠感などから始まり、早い者で1週間、遅くても1ヶ月程で徐々に衰弱していき、最後には吐血や、全身からの出血が見られ身悶えながら死が訪れるという大変恐ろしい病気であった。


そして何より次世代を担うべき子供の発症率が高い事から、事態を重く見た統一政府は早急に専門研究機関を立ち上げ、原因解明を命じた。


次第に病気の特性が判明していく中で、この病気が魔法革命より前にはなかった物である事から、魔素と関係しているのでは?との疑問から改めて大気を調べる段階で、魔素とは別の、新たな成分が大気中にある事を突き止めた。


それは人が吸引し続ける事によって、体内に蓄積していき、個人の格差はあるものの、許容範囲となる一定の水準に達した際にこの病が発症する事がわかった。


子供の発症率が高いのはこの成分への許容範囲の水準が大人に比べて低いためである。


統一政府は新たにこの成分を「瘴気しょうき」と名付け、発症率の高い子供は瘴気濃度の高いエリアを極力避けるように民に向けて警報を発令した。


この瘴気が原因と思われる病はそのまま「瘴気病」と呼ばれる事になるが、早くも研究機関はこの瘴気病の解決の糸口を見つける。


そう、魔女である。


世界中で瘴気病の発症者が成人も含めて多数出ていながら、その発症者の中に魔女が一切含まれていない事がわかったのだ。魔女の体内にて、魔素をエネルギーへと変換する事ができる特殊な体質が、この瘴気に対してもなんらかの抵抗、作用をしている可能性に活路を見出したものの、そこからの研究は思うように進まなかった。


それから少しの年月が経ったオウラハ暦552年


一つの事件が起きた。


なんと魔女の殺害である。この事件には世界中が大きな衝撃を受ける事になる。


なぜなら魔法革命により生活に欠かせなくなった魔女は、統一政府はもちろん、各国王族に貴族、そして民にいたるまでが当たり前のように丁重に扱う文化が根付いてきており、あまつさえその豊かな暮らしの根源となる魔女が殺されるなど想像さえ出来なかった事だったからだ。


ところがこの殺害事件はそれで終わる事なく、その後も世界各地にて未遂も含めて連鎖的に発生していくのだが、その裏では事件の動機としてある恐ろしい噂が流布していた。


「瘴気病の原因は魔女なのでは?」


魔女は魔法を使う際に魔素を利用するのだが、その利用された魔素がまるで燃えカスのように瘴気となって、再び大気中に放出されており、それが普通の人間には有害になる。


だから瘴気病をなくすために魔女を殺してる者がいるのでは?という内容であった。


もちろん根拠も何もないものではあったが、実際に殺害事件は世界各地で起きており、何か目的を持った組織的な犯罪である可能性は非常に高かった。


これ以降魔女の殺害は「魔女狩り」と呼ばれ、なかなか解決しない瘴気病への苛立ちやいつ発症するかもしれない恐怖は、噂を真に受けた一部の大衆により殺害までは及ばないものの、魔女達への迫害や暴行といった形で表面化していき、魔女の中には自身の身を守るために、これまでの生活を全て捨てて、人目を避けるように辺境で暮らす者や魔法による自衛を行う者まで出てきた程である。


生活基盤である魔法を失うと言う事は、すなわち生活水準の低下を招く事である。


今さら便利な魔法エネルギーによる生活を大半の人間は捨てられない。


その受けていた恩恵が大きければ大きい程に。


これらを事件を受けて統一政府は、瘴気病の原因が魔女であるとの噂は、一切の根拠がないため、ただちにこれ以上魔女に危害を加えないよう声明を発表した。


また、それと同時に、これまではある程度の範囲内にて、各々の自主性に任せた活動を許可していた魔女全員をリスト化し、それを基に正確に管理、把握するための専門機関である「世界魔女統制管理局」(通称:魔局)と、民族間の紛争鎮圧や犯罪者への対応などの治安維持が本来の目的であった世界統一政府直下にあった統一騎士団の一部を、魔女の護衛を主な任とし、その傍らで殺害事件の全容解明捜査、組織的犯罪であればその組織壊滅及び犯人確保までの一連を専門に担当をする独立部隊として、「魔守護騎士団」(通称:ガーディアン)の2つを設立したのだった。


【オウラハ歴 557年】


アストリア国の小さな街ブーケルランド


「お母さん!」


男の子がお母さんと呼んだ若く綺麗な女性に駆け寄る。


「エルウィン、走ったらだめよ。危ないと何度も言ってるでしょ?人にぶつかったら自分だけじゃなくて、相手にもご迷惑をおかけするのよ?」


声を荒らげる事もなく、あくまで優しく諭すように叱る女性。


「ごめんなさい・・・気を付けます・・・」


反省した様子ながら、少しの不服さも含んだ目を一瞬女性に向けながらも、大人しく頭を垂れるエルウィンと呼ばれる男の子に、優しい微笑みを浮かべながら頭をグシャグシャっと撫でる女性。


「はい!やっぱりエルウィンはお利口さんね!何か欲しい物でもあったの?」


「うん!稽古用の木剣がもう折れちゃったから、新しいのが欲しかったんだ!行こう行こうっ!」


そう言うと女性の手を持ち、こっちこっちと言わんばかりにグイグイと力を込めて引っ張るエルウィン。


「早く強い剣士になりたいんだぁ!騎士団に入ったら、僕がお母さんを守ってあげるね!」


目をキラキラと輝かせながらいつも通りに未来を語るエルウィンに、優しい視線を向けながら手を引かれ武器店へと共に歩く女性。


「はい、期待して待ってるわね!」


大通りから少し小路へ入ると、人通りが疎らになるも、そこには年季が入るもなかなか立派な個人商店が建ち並んでいる。


カランコロン、と店の扉のベルが鳴り響く。


「はい、いらっしゃい!おや、エル坊じゃないか?今日はなんの用だい?」


瞬時に男の子を見て名前が出てきたところを見ると、この店の常連なのだろう。


「木剣がね・・・また壊れちゃったから新しいのを買いに来たんだよ!」


「なんと!もうかい?!先月買ったばかりだったじゃないか、どれだけ先生の所の訓練は厳しいのかね・・・おや、今日はアネットも一緒かい?」


「こんにちわ、いつもエルウィンがお世話になっています」


アネットと言われた女性は深々と腰を折って頭を下げた。


「いやいや、こちらこそエル坊はお得意さんだからね。あ、そうだ丁度いいや!アネットさん、お代をその分まけておくから、家の魔蓄瓶がエネルギー切れで火がつかなくなっちまって、魔法をチャージしてくれんかね?」


「あら?タイミング良かったですねウフフ。かしこまりました。ボトルをお持ちいただいても?それとも私が中にお邪魔しましょうか?」


「おお!ありがとう助かったよ、いやいや、もちろん今持ってくるよ!」


言い終わるが早いか、店主はそのまま大急ぎでドタドタと足音を響かせながら店の奥に姿を消した。


エルウィンはそんな2人のやり取りは露知らず、真剣な眼差しで練習用木剣の陳列品を眺めている。


「うーん・・・同じサイズでいいかなぁ?先生の距離が遠く感じるしもう少し長くても?いやいや、でも長くなったら今の僕には・・・」


ブツブツと何やら独り言を呟きながら長さの異なる木剣を交互に手に取り軽く素振りをするエルウィン。そんなエルウィンを少し遠くのカウンター近くから満々の笑みを浮かべて見つめるアネット。


店奥から再びドタドタと足音が近づいてきた。


「どうもお待たせしちゃって。よろしく頼むよアネットさん」


すると小脇に抱えてきた魔蓄瓶をアネットへと手渡す店主。


「ええ、かしこまりました。えーと、瓶はレベル2ですね。」


瓶側面のL2と記載された文字を確認するアネット。魔蓄瓶は中に蓄積出来る魔力量がある程度決まっている。その蓄積量を超過すると爆発する危険性があるため注意が必要である。確認作業を終えると瓶の注入口にあたる部分に手の平を押し当て目をそっと閉じた。


「魔素変換・・・フラムレベル2」


呪文を口ずさんだアネットの体は赤く光輝いたかと思うと、その光は手を伝い注入口から瓶の中に吸い込まれたように見える。


「はいっ!終わりましたよ!チャージは瓶一つでよかったのですか?」


そう言うと魔蓄瓶を店主に返す。


「いやぁ本当に助かったよ!瓶一つで大丈夫さ!お代から5,000シリン引いとこうかと思ったんだが・・・エル坊!もし迷ってるならこの木剣買っていかないかい?これはね、芯材といって木の芯を材料にして出来てるんだが、本当に丈夫だし、何より長い年月を経て乾燥させているから軽くて非力な子供でも扱いやすいよ?これをタダで持っていっていい!」


店主は陳列品の中から一本の黒塗りの木剣を手に取ってエルウィンに手渡そうとした時、慌ててアネットが間に入る。


「困りますっ!その木剣8,000シリンもするじゃないですか。チャージ分としても3,000シリンも余分ですよっ・・・」


木剣を渡そうとする店主にそのまま押し返そうとするアネット。だが店主は引かない。


「いいんですよアネットさん、チャージだって出張してもらったようなもんですし、お得意さんのエルウィンが立派な騎士になったらうちの店を目一杯宣伝させてもらうから!なっ!エル坊!」


困惑の表情を浮かべてエルウィンの顔と店主の顔を交互に見比べ、何かを言いかけそうになるアネットを余所に満面の笑みで


「ありがとう!僕誰よりも強くなったらおじさんのお店のおかげだよ!って皆にちゃんと宣伝するね!」


すみませんと苦笑いをしながら軽く会釈するアネットに、こちらこそと軽く手を横にふる店主。そんな大人達のやり取りの横で手にした木剣を見つめて目を輝かせながら、素直な思いを口にするエルウィンであった。

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