初めての伝話、あなたの声を聞きたくて
uribou
第1話
――――――――――ナンガース王国第三王女サブリナ視点。
「ふう……」
淑女らしくないため息とはわかっています。
近頃わたくしは、バルバリウス辺境伯家の嫡男エドマンド様との婚約が成立しました。
バルバリウス辺境伯家は我がナンガース王国の北方の守りを担う、重要な大貴族です。
わたくしのバルバリウス辺境伯家への嫁入りもまた、大事な役目と心得てはおります。
ただわたくしはエドマンド様とお会いしたことがないのです。
辺境伯領は遠いですからね。
王都から遠く離れた地に嫁入りするんだなあと、どことなく不安というか、ソワソワする気分なのです。
はしたないとは思いましたが、エドマンド様に伝話をかけてみようと考えました。
幸い婚約成立時にエドマンド様の通話コードも教えていただいたので。
お声だけでも聞かせてもらえると、わたくしの気持ちも少しは落ち着くのではないかなあ、と。
伝話ですか?
貴族の間で最近急速に普及した魔道具です。
遠く離れていても通話ができるという、便利グッズですね。
元々は軍事連絡のために作られたらしいですけれども、すっかり日常に溶け込んでいるのですよ。
ドキドキしますね。
深呼吸してから、エドマンド様の通話コードを打ち込みます……。
◇
――――――――――バルバリウス辺境伯家領、家令ギャレット視点。
リンリンと伝話の魔道具が鳴る。
珍しいな。
誰からだと思えば、表示にサブリナ王女とある。
えっ? サブリナ王女?
この度エドマンド様の婚約が成立した?
ははあ、エドマンド様と話したいのかな?
しかしまだエドマンド様は御帰宅なさってないし。
ああ、当主モーゼス様がいらっしゃるか。
モーゼス様とお話いただくのもいいかもしれないな。
受話器を取った。
「はい、もしもし、こんにちは」
『もしもし、エドマンド様でいらっしゃいますか? わたくしサブリナです』
「わざわざの伝話連絡ありがとうございます」
『あの、何と言いますか、一度エドマンド様とお話したくてですね……』
「申し訳ありません。少々お待ちいただけますか?」
サブリナ王女殿下はやはりエドマンド様とお話したいらしい。
婚約が決まったばかりだものな。
しかし現在エドマンド様はいないのだ。
「モーゼス様、今よろしいでしょうか?」
「どうしたギャレット」
「今、サブリナ王女殿下から伝話がかかってきているんですよ」
「伝話? ほう」
「私が出たのですが、エドマンド様とお話したいようで。と言いますか、私とエドマンド様と勘違いされているようなのです」
「王都では一人一台のペースで伝話が普及しているというからな。やむなきことだろう」
なるほど、王都では伝話が完全に個人同士のコミュニケーションツールになっているのか。
田舎では思いもよらぬことだ。
「面白いではないか。エドマンドはまだ帰っておらぬのだな?」
「はい」
「ではそなたがエドマンドのふりをして、サブリナ姫と会話せよ」
「は?」
何を言い出すのだろう?
まったくモーゼス様はお茶目なことが好きなのだから。
「いや、我らもエドマンドの嫁になるサブリナ姫のことを通りいっぺんしか知らぬではないか。情報収集の絶好の機会を逃して何とする」
「……」
仰ってることはごもっともなのだが、ニヤニヤしている顔が完全にエンタメ志向だ。
サブリナ王女殿下もこんな舅で可哀そうに。
「スピーカーモードにせよ」
「えっ? 皆に聞こえてしまいますが」
「侍女達だって仕える主の情報は欲しかろうが」
理屈は正しいのかもしれないが、プライバシーというものはどこに?
田舎にはそんなものない?
ああ、そうでしょうとも。
侍女達の目も好奇心で一杯だわ。
再び受話器を取る。
「大変お待たせしました」
『いえ、わたくしこそ急に伝話なんかしてしまってすみません』
「私も初めて姫とお話できて嬉しいですよ」
何と呼びかけようか迷ったが、『姫』なら問題あるまい。
「今日はどうされましたか?」
『あの、エドマンド様とは顔合わせもせずに婚約ということになったでしょう? 声くらい聞いてみたいなあ、と思いまして』
「ああ、なるほど」
『声を聞かせてもらいまして、少し安心いたしました』
くうっ、可愛い!
侍女達が悶えてるわ。
でもエドマンド様の声じゃなくて私の声だ。
罪悪感があるんだが。
しかしモーゼス様が『そのまま続けろ』とフリップを出してきた。
いいのかしらん?
「姫も大変お可愛らしい声で」
『ありがとうございます』
「不安でいらしたのですか?」
『……少しだけ』
王家とバルバリウス辺境伯家の結びつきを強化するために、エドマンド様に王女のどなたかが降嫁するのは必須と考えられている。
が、顔合わせすらなしで婚約というのも、近頃ほとんど聞かないケースだ。
ここはぜひとも不安を解消して差し上げねば。
『エドマンド様はわたくし達の婚約について、物思うことはありませんでしたか?』
「特には」
『何故ですか? わたくしという人間の本質を御存じではないでしょう?』
「姫は陛下御夫妻を信頼していらっしゃいますか?」
『もちろんです。お父様もお母様もわたくしを愛してくれています』
「私も同じです。両親を信じています」
モーゼス様が『いいぞ』のフリップ。
こんなお方を信じているって言っちゃってるのか。
ウソです、ごめんなさい。
「姫のお相手として、片手に余るくらいは候補がいたと思うんです。その中で私が選ばれた」
『……お父様とお母様が選んでくださった』
「姫が幸せになるだろうと信じてです」
『……なるほど』
「自分の信頼している人がいいと思っている婚約ですよ。そう考えてはいかがでしょう?」
おうおう、侍女達がメッチャコクコク頷いている。
モーゼス様が『グッジョブ』のフリップ。
それいらないです。
『わたくしは心配することないのですね?』
「ええ、バルバリウス辺境伯家一同、姫を大歓迎すると誓いましょう」
これはウソじゃない。
使用人一同、全力でサブリナ王女殿下に仕えよう。
ん? 『辺境伯領について』のフリップ?
サブリナ王女殿下にもこっちの情報を与えておけということかな?
「姫はバルバリウス辺境伯家領にいらしたことはないのですよね?」
『はい、ありません。あの、魔物が多い地区だとは聞いておりますが……』
魔物の話が真っ先に出てくるということは、一番気にしているポイントなのかな?
これは対応を間違えると、王女殿下を怖がらせてしまうのでは?
『アピール』のフリップか。
「姫は魔物をどういうものだと考えていますか?」
『人類の敵ですよね? 怖いです』
「確かに魔物は凶暴で、人を襲い農作物を荒らす、厄介な存在だとは思います。一方で私達は魔物を資源とも考えているのですよ」
『資源、ですか?』
「はい。毛皮や魔石等の魔物由来の素材は売れます。しかも魔物がいる地区というのは魔素が湧きますので、魔物もまた恒常的に出現します。魔物を狩り尽くすということがないのです」
『……魔物を残らず駆逐することはできないのは、わたくしには不穏に思えます。しかし資源と考えるならば、悪いことではない、という意味ですね?』
「はい」
ちょっと魔物に対する意識を変えられたかな?
『もっと行け』?
了解。
エドマンド様は狩りがお好きだから……。
「私は狩りをよくするんです」
『ええと、それは魔物狩りということですか?』
「はい」
『危なくはないですか?』
「危険が全くないことはありませんね。辺境伯家の嫡男として、魔物ごときに怯んでいられないということはあります。魔物を適当に間引いておくことは住民のために必要ですし、軍事教練を兼ねているということもあります」
格好つけすぎたかな?
エドマンド様は単純に狩り好きなだけなのだ。
でも『バッチリ』のフリップが出てる。
『大変なのですね』
「いえいえ、楽しんでやっているのです」
『尊敬いたします』
「ハハッ、姫には一度、辺境伯領に遊びに来てもらいたいものですね」
『ええ、学院の夏休みにでもお伺いしてよろしいでしょうか?』
「ぜひともおいでください。おいしい魔物肉料理を御馳走しますよ」
『は?』
空気がヒヤッとする。
侍女達から小さい悲鳴が上がる。
そして『バカめ』のフリップ。
えっ? 魔物肉を食べるのは辺境伯領だけ?
まずい、フォローを入れねば。
『魔物を食べるんですか?』
「いただきます。魔物とはいえ命は命。貴重な命をいただくからには感謝をせねば」
『違う、そうじゃない』のフリップ。
何となく格好いいこと言ったけれども、食べるのは草食魔獣と一部の魔鳥だけだとすぐに気付いた。
あわわ、スライムなんか食べないわ。
ゲテモノ食と思われたらどうしよう?
『……わかりました。わたくしもバルバリウス辺境伯家に嫁ぐ身。覚悟を決めましょう』
「実際には毒を持っている魔物もいます。全ての魔物を食べるわけではありませんよ」
『そうなんですね?』
「ええ、魔物かそうでないかは味に関係がないのです。少々毛色の変わったジビエだと思っていただければ。美味いことは保証いたします」
『ありがとうございます。楽しみになってきました』
ふう、挽回したのではなかろうか?
ええと、『話題変えろ』か。
「姫の御趣味は何ですか?」
『読書と刺繍です』
ふむ、インドア派か。
えっ? 『セールスポイント』? 『売り込め』?
「いいですね。辺境伯領はオーレヘム王国やイブホ商業同盟と国境を接しておりますので、王都で手に入らない本も入荷するはずです」
『素敵ですね』
「辺境伯領特産の糸と染料があるんですよ。刺繍でも満足できるかと」
『エドマンド様は糸や染料にもお詳しいのですか』
あっ、つい宣伝してしまったけど、エドマンド様は知らないことだったかもしれない。
ええと、『構わん』か。
『長々とわたくしの話に付き合ってくださり、ありがとうございました』
「とんでもないです。楽しい時を過ごさせていただきましたよ」
『そう言っていただけると嬉しいです。あの、またお伝話差し上げてよろしいですか?』
「もちろんです。お待ちしております」
モーゼス様と侍女達が揃って親指を立てている。
合格点か。
うむ、何とか乗り切った。
『最後に一つよろしいでしょうか?』
「何なりと」
『サブリナ、と呼んでくださいませ』
これはよろしくないのでは?
モーゼス様と侍女達が皆バッテンサインだ。
「ハハッ、次回の伝話の楽しみにしておきましょう」
『そうですか……』
王女殿下が残念そうだ。
しかしさすがに私が勝手に『サブリナ』呼びは不敬も過ぎる。
冗談ではすまなくなってしまうから。
「おやすみ、お姫様」
◇
――――――――――サブリナ視点。
『……というわけなんだ。本当に申し訳ない!』
三〇分後くらいにエドマンド様から伝話がかかってきました。
あれ、声が違うと思ったら、先ほどは何とバルバリウス辺境伯家の家令の方だったようで。
御当主様や侍女も聞いてたんですって。
恥ずかしいです。
『王都の貴族は、一人に伝話一台が常識なんだろう?』
「はい」
『田舎ではまだそこまで伝話が普及していなくてね。うちでも一台しか設置してないんだ。返す返すも申し訳ない!』
先ほどの家令の方は理性的な声だと思いました。
エドマンド様は勢いがあって力強さがありますね。
ドキドキします。
「いえ、わたくしも辺境伯領の事情を存じませんでした。お恥ずかしい限りです」
『僕のふりをしてサブリナ姫と話すなんて、全く許せん! 詐欺師のやり口だ!』
エドマンド様の口調は小気味いいですねえ。
リズム感があると言いますか。
『会いに行く!』
「えっ?」
『今すぐ君に会いに行く! 家中で最初にサブリナ姫と話す栄誉は奪われてしまったからな。実際に最初に会う栄誉は僕のものだ!』
パワーがすごいです。
「ええと、学校は大丈夫なんですか? そちらの事情はわかりませんけれども」
『試験は終わった。単位は足りてる。問題はない』
「エドマンド様は優秀でいらっしゃるのですね」
『一〇日あれば王都に着く。よろしくね』
ちょうど夏休みに入る頃にいらっしゃるようです。
わあ、楽しみですねえ。
『先ほどの伝話を聞いていた父上や侍女どもが、サブリナ姫と会いたいと言うのだ』
「光栄ですわ」
『しかし王都には連れていかない。僕と偽りサブリナ姫を騙した罰を受けてもらう』
「ええ?」
子供っぽいところがおありなのか、独占欲が強いのか。
でも求められてる感が心地よいです。
『伝話をくれてありがとう。うちの連中もサブリナ姫のことを知りたがっていてね。だから僕がいないのに伝話応対しろってことになってしまったんだ。キッチリ叱っておくから許してね』
「いえ、お気になさらず。わたくしが不安になってしまっただけなんです」
『ハハッ、おかげで可愛らしい姫様だと大評判だよ』
「どうしてもエドマンド様の声を聞きたくて」
『うん、すまんね。明日から王都に向かうから、しばらく伝話が繋がらなくなるが』
あっ、そうでした。
少し寂しいですね。
『待っていてくれ、サブリナ』
先ほどの伝話、サブリナと呼んでくださいというのを聞いていらっしゃったようです。
胸がジーンとしますね。
「はい、お待ちしています」
『おやすみ、サブリナ』
伝話が切れます。
ああ、やはり伝話してよかったです。
昨日までの不安な気持ちがウソのよう。
きっといい夢が見られることでしょう。
今夜も、今後も。
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