第2話
辺りを見回すと、目が合った瞬間に不自然なほどに視線を逸らす令嬢たちの姿があった。
(……嘘をついてまでマドレーヌの味方をするなんて。マドレーヌは彼女たちを救ったのかしら?)
結局はこのような結末になるのだとわかっていたからか、フランソワーズはさして驚きはしなかった。
(さて……ここまでは物語通りに進んでいるのかしら)
フランソワーズ・ベルナールは、前世で読んだ小説の悪役令嬢だった。
金色の美しい髪は腰まで伸ばしており、パーティーの場に合わせてキッチリと結えている。
吊り目とガラス玉のような赤い瞳はキツイ印象を受ける。
今日も深みのあるディープグリーンのドレスは胸元や裾に金色の刺繍が施されて上品だ。
マドレーヌや同じ年頃の令嬢と比べれば、華やかさに欠けて地味に映るだろう。
幼い頃から王妃になるためにと厳しい教育を受けていたフランソワーズの感情の動きはほとんどなくなってしまった。
彼女はずっと王家のために尽くしてきた。
ベルナール公爵家の人間として、完璧に振る舞うことを強制されて失敗すると厳しい罰を受けたからだ。
フランソワーズは抵抗しても無駄だと気付いて、自分の感情を押し殺してしまう。
人形のように無表情で感情のないフランソワーズを不気味だと言う人もいた。
しかし令嬢として完璧な立ち居振る舞いや、皆が羨む美貌を持っていたことで彼女は他の令嬢たちを圧倒していた。
そして当然のようにこの国の王太子、セドリック・ノル・シュバリタイアの婚約者候補となった。
国王から気に入られたことで、フランソワーズはセドリックの婚約者の座を得ることができたのだ。
父親のベルナール公爵が望んだ通りに……。
それにこのシュバリタリア王国には『聖女』と呼ばれる女性たちが存在している。
この国を建国したシュバリタリアという女神が力を与えたと言われており、その血を引く貴族の女性たちには多かれ少なかれ『聖女』としての力を持っている。
女神シュバリタリアは、この国にあるモノを封じた。
それは聖女の力で守らなければならない。
塔の最上階には見張り台の隣に、強大な悪魔を閉じ込めている宝玉がある。
それが完全に穢れてしまえばよくないことが起こるそうだ。
何もしなければ穢れは時間と共に溜まり宝玉を黒く染めていく。
その宝玉が黒く染まりきった時、邪悪な悪魔が解放されて国が滅びてしまう。
それを抑えることができるのは『聖なる力を持つ乙女の祈り』だけ。
つまり、聖女の力を持つ者だけということになる。
聖女が祈る時、邪心や欲がなく、心が清らかな女性が行わなければならない。
代々、王妃になる者は聖女としての力が強いことがもっとも重要視される。
王妃は国にとって大切な役目を担っているため、その令嬢を排出した家には名誉と様々な恩恵が与えられるのだ。
現王妃は伯爵家出身だったが、今では侯爵を賜っている。
そのため、跡を継ぐ男児も大切だが、聖女の力が強い令嬢も社交界では重宝されていた。
フランソワーズは元々聖女の力がとても強く、父の厳しい教育によって更に力をつけた。
その力は次第に歴代で最高と言われるほどに増幅している。
普段ならば国中の令嬢たちも力を合わせて、王妃と共に代わる代わる祈りを続けながら悪魔を抑えらなければならなかった。
だが、フランソワーズはたった一人でそれをこなすことができた。
国王や王妃に完璧だと称されるほど完璧な『祈り』を行なっていたのだ。
フランソワーズが十二歳の時にセドリックの婚約者になってから五年間、一人で祈っていたが宝玉は真っ白のままだ。
それはフランソワーズの自由な時間と引き換えだった。
五年もその状態が続けたためか、フランソワーズが一人で祈ることが当然になりすぎていたように思う。
重い負担を一身に引き受けていた彼女を労う言葉はなくなっていく。
それでもフランソワーズは何も言わなかった。
祈っている時だけは何もかも忘れられるからだ。
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