2-7 黄色い声の出し方
(あっれー! どうやって出していたっけ今さっき出したのに! ブライアンにはいつも通りキンキンした声出していたのに!)
まるできゅっと喉が絞められたかのように声が出ない。
あれ、本当にどうやって声援を送っていたっけ。
ブライアンみたいに軽ーく応援するつもりだったのに。
「きゃーオニキス様がんばって~」なんて簡単に言えるはずだったのに。
(…なんか急に恥ずかしくなってきた!)
リリスの小さな口がきゅっとなった。隣でソフィラが不思議そうな顔をしている。
ふと、オニキスの視線がこちらを向いた。
彼と至近距離で出会うまでわからなかった目の色が、蜂蜜色が、しっかりリリスを見ている。
「…………っ!!」
苦し紛れに手をぶんぶん振ったリリスに、オニキスは目を丸くしたようだった。しかしすぐに愛しげに蜂蜜色の目を細め、小さく手を振り返す。
黒薔薇騎士団応援団の方々から絹を裂くような悲鳴が上がった。オニキスは壊滅的にファンサしないので、こっそり手が振られたのも大変目立ったようだ。
黄色い悲鳴じゃなかった。命に関わりそうな悲鳴だった。
(そうね。オニキス様もとっても人気者だもの。ブライアンみたいにたくさんのファンがいるわよね)
恐る恐る
逸らしてから気付く。
(…あれ? 私オニキス様の応援をしに来たなら、あっちに座るべきだったんじゃ…?)
いつもの癖でいつもの場所に座ったけれど、座る場所間違えてない?
あれ?? それはそれで恥ずかしい!
「リリス、どうしたの?」
「ソフィラぁ…っ」
リリスは顔を真っ赤にして、ぷるぷる震えた。
場所の間違いもあるがそれより先に問題発生だ。
「オニキス様に高い声出すの、恥ずかしくなっちゃった…!」
「まあ…!」
ソフィラはさっと上品に口元を手で押さえた。その背後で数人のご令嬢がさっと口元に扇子を当てている。皆「まあ!(盛り上がって参りました)」と言いたげにこちらを見ていたが、自分の感情で一杯一杯のリリスは気付かない。
「どうしよう。応援するって約束したのに応援できない。ブライアンには平気だったのにキャアキャアした声が出せない。恥ずかしい。なんだかとっても恥ずかしいわ…!」
「わあ…!」
「まあ…!」
なんかソフィラ以外にも感嘆する声が聞こえた気がしたが、リリスは顔を真っ赤にして丸まっているので確認ができない。
「おかしい…! 散々高い声を出してきたのに。なんならブライアンを応援する声だって、オニキス様には聞こえていたはずで…あっそう考えるととっても恥ずかしいわ。なにこれ! どうしようソフィラ! 私変な声を出してなかった!?」
「えとえとえっと、可愛い声だったよ!」
「そうかなぁ!?」
「そうだよぉ!」
そうかなー!?
キンキンして邪魔じゃなかったー!?
リリスは頭を抱えてうごうご悶えた。頬と言わず耳まで真っ赤になっている。ソフィラはオロオロしながら一緒に頬を染めていた。恐らく自分が青薔薇騎士団の応援に黄色い声援を送れるかどうか考えている。出せるかどうかは、ソフィラの顔色を見ればリリスと似たり寄ったりだ。
「どうしよう…! 応援するって約束したのに果たせない…! 約束は…約束なのに…!」
「私リリスの義理堅いところ好きだよ」
「わーい!」
一瞬何もかも忘れて喜んだがそれどころじゃない。
ソフィラも一緒だからとスケッチブックを置いてきたのも悪かった。夢中になって描く暇もないのだから、応援に集中するしかない。つまり黄色い声を出して応援するしかない!
びゃあ! 恥ずかしい!! 心の中で絶叫した。
「えとえと、別に黄色い声援じゃなくても、いいんじゃないかな?」
「黄色くない応援って?」
「えとえと、普通にがんばれーって」
「今までブライアンに黄色い声援しか送ってなかったからわかんない。普通に応援しようとしても声が高くなっちゃうっ」
「えとえと、し、深呼吸しよう…!」
「私に落ち着きが…落ち着きが足りないばかりに…!」
大慌てのリリスを落ち着かせるため、ソフィラが小さい手を握った。リリスも落ち着くため、ソフィラの手を握り返す。
そして深呼吸。
何故かソフィラも一緒に深呼吸をしていた。
最前列のやりとりに、扇子で口元を隠したお姉様方の方はぷるぷる震えた。
なにあれかわいい。ずっと見ていられる。
二人一緒に深呼吸したリリスとソフィラだったが、演習場が騒がしくなったので思わずそちらを見た。
演習場の真ん中で向かい合う白と黒。
白い騎士服と銀髪。立っているだけで輝く麗しの白薔薇。
「お二人の演習試合ですわ!」
「対決するお二人が見られるなんて今日は付いていますわね」
その通り。騎士団長が合同演習中に、必ず対決するわけではない。
(まさか、私が応援に来たから張り切っているわけじゃないわよ、ね?)
まさかまさか。いい大人の男二人がそんなことをするわけがない。
「珍しいな黒薔薇。率先して俺のために立つとは…
「麗しの白薔薇をへし折るのは心苦しいがお相手願おう」
「花をへし折るな野蛮人め」
たとえ
(あるかも!)
男はいつまで経っても子供だって
(つまりここが応援のシドコロってやつでは!?)
ふんすと立ち上がったリリスは、うっかりソフィラの手も握っていたので二人一緒に立ち上がった。
「が、がんがえ…っ」
勢いはよかったが言葉がすんなり出てこない。リリスは小さく唸った。
(がんばれ…!)
ソフィラは騎士ではなくリリスを応援していた。お姉様方も息を呑んで応援している。
安定の、リリスだけが何も気付いていない。
(オニキス様を応援。オニキス様にがんばってって言わなくちゃ。言わなくちゃ。約束したもの。応援しなくちゃ!)
はくはくと喉を震わせて、ゴクンと唾液を呑み込んで。
リリスは頬を真っ赤に染めてぷるぷる震えながら、いつもの声援よりちょっとだけ低い声で叫んだ。
「がんばってー!」
言えたー!
ぱあっと表情を明るくして振り返るリリスとにっこり笑顔のソフィラ。お姉様達もよかったねと笑顔。
しかしその直後、演習場がから激しくぶつかり合う音と衝撃で彼女たちの髪とスカートが大きく靡いた。
ぶつかり合った白と黒。
演習場の真ん中で始まった鍔迫り合い。
武器の合間から視線を合わせた男二人は、大真面目な顔をして叫んだ。
「「今のは俺に言った!」」
確信しかない
二人はしっかりリリスの声援を受け取り、自分への声援だと認識し…相手も同じことを考えていると瞬時に理解し、初っぱなからクライマックスと言わんばかりの腕力でぶつかり合った。
あまりにも本気。
その余波で爆風が起り土煙も立ちこめ、一般人には何が起っているのかわからない戦闘が始まった。
わからないが二人同時に叫んだ内容はしっかり届いた。
(ブライアンには、言ってないー!)
残念ながら呆然としているリリスがそれを伝える間もなく、演習場は二人の騎士団長の大暴れに耐えられず崩壊した。
幸い応援席に影響はなかったが、演習場に穴が空く大惨事。
呆然と口を開けたリリスは、
その目がとても、哀れみを誘う視線で。
(わ、私の所為なのー!?)
心の中で叫んだ。
そんなことはない、はずだ。
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